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【8】赤い宝石は甘く美味

アルバイトの賃金で送料を稼いだプルメリアは、村人たちに今日のお礼にと倒れた村人の馬車を出してもらえることになった。


(……思った以上に、いい収入になってしまった)


 故郷に肉も送れて、小マンドラゴラを手に入れて、更には帰り道で見つけた咳止めをいくつか手にして、さらに帰りの馬車代まで浮いてしまうとは、予想外の出来事だ。


「これは……今日はちょっとした贅沢も許されるはず……!」


 自身に言い聞かせるように言ったプルメリアは辺りを見回しながら商店街を歩いた。

 御褒美は一体何にしようか――そう思って歩いていると、とても魅惑的な商品がプルメリアの目に飛び込んできた。


「赤い、宝石店…!!」


 それはこれでもかというくらい様々なベリーを零れそうなほどに載せたケーキだった。

 目がくぎ付けになってしまったプルメリアは、思わず両手で口元を抑えた。これは、とんでもない逸品を見つけてしまった。

 白いクリームのステージの上に輝く果実はこの上なく輝いている。


 ちらりと見た値段に一瞬怯んだが、これほどの品であれば当然の価格である。

 それでも普段なら、一つ買うのも躊躇う値段だ。


(でも……これ、きっと一人で食べるより、みんなで食べた方が絶対美味しい)


 そして思い浮かべるのはルドベキアとシオンの二人だ。

 今、プルメリアがこの稼ぎをしたのは王城に住まわせてもらっているからだ。

 それもルドベキアを助けたからと言われてしまえばそれまでだが、ルドベキアがしたってくれる様子は可愛いし、東の森を勧めてくれたシオンがいなければ今日の稼ぎも得られていない。単に寝床を提供されているだけでは、少なくとも今日あの村には行っていない。


「よし」


 プルメリアは息を吸い込み、そして意を決して口を開いた。


「ケーキ、三つください」



***



「あ、プルメリア! ずいぶんはやかったな!」


 城に戻ってルドベキアに時間があるか尋ねよう……そう思っていたプルメリアだが、自室に戻る途中にルドベキアが待ち構えていたかのようにやってきた。

 王子相手に失礼かとは思いつつ、故郷のきょうだいを思い出してしまうほどの素直な表情にプルメリアの心はほんのり温かくなった。


「な、今から暇か?」

「ということは、ルドベキア様もお時間があるんですね?」

「時間はあるけど、その『ルドベキア様』って、今更だからやめてくれてもいいんじゃないか。シオンだって言ってないだろ」


 シオンは従兄で、プルメリアは一般庶民である――ということはルドベキアも重々承知で、その上で言っているのだろうからとプルメリアは苦笑して誤魔化した。

 だが、そこでふと気が付いた。


(……私が嬉しいからって買ってきたけど、これ、王子様の口に合うものなの!?)


 プルメリアから見ればとてつもなく豪華な品だが、果たして王子が食べるものなのだろうか? そもそもシオンの分もと思って買ってきたが、シオンは今は仕事をしていてもおかしくない時間帯だ。


(シオンさんの分は後から届けることも――っていってもシオンさんもルドベキア様と同じような食生活かもしれないし……! そもそも一個だけ届けるとか、この箱のサイズからして見栄え悪いし……!)


 いや、今の問題はシオンよりも目の前にいるルドベキアだ。

 きっと喜んでもらえる――そう思って買ってきたが、自信が急になくなった。

 しかしそう思案するプルメリアをルドベキアはじっと見ていた。


「なあ、プルメリア。もしかして、疲れてる?」

「え?」

「今、上の空って感じがしたから」


 そう心配そうに見上げるルドベキアを見たプルメリアは慌てて首を振った。


「ううん、全然疲れてないよ!」

「そう?」

「うんうん。今日の晩御飯は何かなーって思っただけ」


 実に即席くさい嘘ではあるが、ルドベキアは呆れたようにプルメリアを見ていた。


「まだ夕食まで時間があるだろ。食いしん坊だな」

「ごめんごめん」

「……でも、それ、おやつじゃないのか?」


 そしてルドベキアは窺うようにプルメリアが持つ箱を見ていた。

 プルメリアは心臓がはねた気がした。ルドベキアの瞳はきらきらと光っている。


「いや、その、そうだけど」


 この期待に応えられるようなものであるのか、自信はない。自信はないが、ルドベキアが箱に向けるまなざしは期待以外のなにものでもない。プルメリアにはここでごまかすことなどできるはずもなかった。

 プルメリアは息をのみ、決意した。


「……一緒に、食べる?」

「いいのかっ!? なぁ、中、見てもいい? 見せて!」

「ど、どうぞ」


 そして、要望のままに箱の中身をルドベキアに見せた。

 ルドベキアは目を見開いた。


「うまそう!」


 その声で、プルメリアは心からほっとした。

「よかったです。一緒に食べられたらきっと美味しいって思っていましたから」


 プルメリアの声でじっとケーキから目を離していなかったルドベキアはばっと顔を上げた。


「お土産ありがとな、プルメリア。早く食べよう」

「そこまで喜んでもらえたなら、本当に嬉しいです」


 そしてその表情を見て、プルメリアはきっとルドベキアはこのケーキ以外でも喜んでくれていたということに気が付いた。少し違うかもしれないが、養護院時代に弟分や妹分が自分のために集めてくれた木の実を食べるのは、特別な気がした――そんな、風に受け取ってもらえたのかもしれない。


「これ、みっつあるよな。もしかして、もういっこはシオン?」

「え、あ、はい」

「なら、俺が呼んでくる! プルメリアは先に噴水のところの東屋にケーキを持って行っておいて!」

「え、ちょ、ちょっと待ってください、シオンさんお仕事中じゃ」


 ケーキのために呼び出すなんて申し訳がなさすぎる。

 しかしルドベキアは意に介する様子も見せなかった。


「大丈夫だって、シオンどうせ今日休みだし。さっき鍛錬終わってシャワー浴びてさっぱりしてたし」

「え」

「大体休みなら休んでおけばいいのに、朝は仕事してさぁ。あいつはもっと休憩の仕方を学ぶべきだって父上も言ってたの、その通りだと思う……って、急いで呼んでくるから先行っててくれな!」


 そう言いながらルドべギアはその場から走り去った。


「まあ、結果オーライってやつ、かな……?」


 疑問形になったのは、休みで予定も立てているだろう中に勝手にお茶会をねじ込んでしまってよかったのかということが引っ掛かったからだ。しかし、ルドベキアは喜んでいたし、シオンもルドベキアのことを大事にしている。それなら、きっと問題はないはずだ。


 そう思うのに、どこか不安はむくむくと沸き起こってくるので、プルメリアは軽く首を振ってまっすぐ東屋に向かうことにした。

 そして道中、やっぱりルドベキアは達者でしっかりした子供だと思ってしまった。シオンのことを働きすぎだと子供ながらに心配している。王子がこの様子であれば、将来の国も楽しみだなと思ってしまった。


***


しかし、だ。

ルドベキアは城門を大きく抜け出すくらい大胆な面も持ち合わせているという意味を――要は目的のためなら手段を選ばないということを、プルメリアは忘れてしまっていた。


「ルドベキアが急用だと飛び込んできたときには、一体何が起こったのかと思いました」

「す、すみません……」

「なんだよ、大事な用事だぞ」


 東屋に到着したプルメリアよりやや遅れて二人は現れたが、そのときのシオンは少し焦った様子だった。そう、プルメリアがテーブルに置いていたケーキの箱を見るまでは。それを目を見開いて見たシオンの顔は、たぶんしばらく忘れられないだろうとプルメリアは思った。


「シオンを呼びに行くついでに皿とか飲み物とか手配したから、すぐくると思う」

「あ、ありがとうございます」

「だってプルメリアに直接ここに来いって言ったのに用意してなかったら格好がつかないし」


 食器類のことなどすっかり失念していたのだが、そこは見事なルドベキアのフォローにプルメリアは感謝した。そしてしばらくして皿とフォーク、それからシロップを水で割った飲み物が女官によって配られ、お茶のないお茶会は始まった。

 フォークをケーキにつきたて、まずは一口。一番大きなベリーをつつくとケーキにまで到達させることはできなかったが、そのベリーだけでも甘く、けれどすっきりとした味わいが口いっぱいに広がった。


「美味しい……!」

「これ、うまい……!」


 プルメリアとルドベキアは互いに顔を見合わせ頷いた。

 これは大正解の選択だった。そうプルメリアが感動していると、正面でシオンも笑っていた。そのことにプルメリアは急に恥ずかしくなった。いくら王子とはいえ、ルドベキアはまだまだ子供。たいして自分は一人旅をする立派な大人だ。同じような行動は少し子供っぽかったかもしれないと、急に羞恥心が沸き起こった。

 けれど、ルドベキアはそんなことは気にもかけていなかった。

 ただ、彼はほかの点において不満を抱いていたのだが。


「シオン、その反応、感動が薄すぎる。好きなんだろ、甘いの」

「え? そうなんですか?」


 プルメリアの重ねた問い返しに、シオンは少し困った表情を見せた後緩やかに笑った。


「はい、好んでいます。身体を動かすと特にほしくなります」

「なにかっこつけてるんだよ、いっつも食べたいっていってるじゃん」

「ルドベキア」


 余計なことを言うな、という声色のシオンにプルメリアは思わず笑った。やはり二人は本当に兄弟みたいで、見ているだけで幸せに感じてしまう。

 ただ、そんな中だからこそ――プルメリアにはひとつひっかかることがあった。


「あの、シオンさん。唐突ですが、一つお願いごとがあるのですが……」

「どうなさいましたか?」

「あの、その、私に丁寧語、やめていただけませんか?」

「え? すみません、不快ですか?」


 シオンにとっては予想外の言葉だったのだろう。


「その、ルドベキア様と仲良くいらっしゃるのはとても素敵だと思うのですが、ルドベキア様に対するお言葉より丁寧だと、その……私、ほら、一般庶民ですので……」


 正直、どことなくいたたまれない。


「しかし……あなたはルドベキアの恩人です」

「お、恩人だと思われるのであれば、ぜひ私の願いを聞いてください……!」


「プルメリア、シオンって頭硬いからこういう礼儀にはうるさいんだ」


 それは、今、軽く受け入れる様子がない辺り重々承知している。


「だから、言ってやればいいんだよ。いうこと聞く気がないなら、返事しないって」

「え?」

「俺もそう言ったら、今こんな感じで接してくれてるし」

「……」


 ルドベキアならともかく、自分が言うのは少し子供っぽいのではないかとプルメリアは思ったが、果たして大丈夫だというのだろうか? それにルドベキアと違い、シオンの呼びかけに対してプルメリアが返事をしなかったところでルドベキアが困ることはないだろう。

 だからそれを言ったところでうまくいく見込みなんてまったくないのでは――。


「……わかりました。いや、わかった。これで、いい?」

「え……あの、いいんですか?」

「ルドベキアの顔をみていたら、ここで妥協しておかないともっと妙なことを言い出される気がしている」


 肩を竦めたシオンを見てから、プルメリアはルドベキアのほうを再び見た。ルドベキアは実に楽しそうだった。


「だって俺もプルメリアが楽しそうなほうがいいもん」

「まあ、私も嫌がられてるのを無理に続けるのも失礼かなとも思うし」


 それに、プルメリアもほっとした。


「ありがとうございます」


 だが、そのプルメリアの声を聞き、ルドベキアとシオンは顔を見合わせて頷いた。そして、ルドベキアが言った。


「プルメリアもそれ禁止。人前は……まぁ、妥協するけど、シオンに言ったんだから俺もシオンも普通にしゃべってくれよ」

「え……でも、それは……」


 プルメリアの願いの前提条件は相手は王子とそれに近しい者で自分は一般人ということである。交換条件といわれても、それを素直に受け入れるのは難しい。


「俺、『お姉ちゃん』っていうのがいたらプルメリアみたいな人がいいからって思ったんだけど……なんだか敬語だと、ちょっと薄れるような気がするなって……」

「う……」


 その表情が、まるで街角で家を探す子犬のように見えたプルメリアは断るのを躊躇った。これは、ずるい。しかも姉と言われていることに、根っからの姉の根性がうずいてしまう。しかし、ルドべギアは王子だ。人前ではないとはいえ、王子に向かってそのようなことを言ってもいいものか――?


「……だめか?」


 どれだけ考えたところで断られるわけがなかった。


「わかりました。……わかった、わ」


 しかしそのプルメリアの答えにシオンは笑った。


「プルメリア、ひとつ言っておくけど……ルドベキアの、演技だよ」

「え?」

「見てみなよ、今の顔」


 促されるままに首を動かせば、そこには企みが成功したとしか言えない表情が浮かんでいた。


「いまさらやっぱりなしとか言わないよな? 最初はそうやって話してくれてたんだからさ」


 浮かべられたルドべギアの笑みに、取り消しだなんて言えるはずもなかったことだ。

 そして同時に苦笑するシオンを見て、彼がためらっていた理由のひとつにこれもあったのだろうと気付いてしまった。しかし困りはするものの、シオンが言った通り相手が困るというのなら、やはり相手に合わせることも必要になるだろう。

 それに「な、お姉ちゃんだろ?」と嬉しそうに言われれば、肩をすくめるくらいしかできなかった。



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