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【7】雄叫びくらいじゃ怯えません

村に戻った後、プルメリアは六名ほどの村人とともに再度森の中へと入っていった。入口は最初に入ったところと異なり、今進んでいる道も非常に細く地図にものっていない。ただ、それは村人たちが隠しているというわけでもなく、単に『よそからくる人が知らないだけ』ということらしい。ちなみに森もそもそも村の持ち物ではないので、協力要請には応じなかったものの、いままで旅人が入ることには特に厭っていないし、禁止もしているわけではないらしい。


「もしもチルプ草以外のもので必要なものがございましたら、薬師様は遠慮なく採集してください。薬師様の行動を妨げるようなことは致しませんので」

「え、いいんですか?」

「もちろんです」


 道中そう告げられたプルメリアの気持ちはより弾んだ。

 地図にも載らないような道を地元民の案内で歩き、そこに生えている薬草はアルバイト中でも自由に採ってもかまわない――そうなると、もう幸せだという以外になんと言えようか?


 道中でいくつかの薬草を摘みつつ、やがてプルメリアは一行とともにやや開けた空間へとたどり着いた。そこには目的のチルプ草がところどころに集まって生えており、とても収穫はしやすそうだった。これを籠にいっぱい詰めて戻ればいいというのなら、とてもありがたいアルバイトだ。


「えっと、燻製に使うってことはチルプ草は根っこから全部引き抜くんですよね」

「はい。むしろ葉はおまけといってもいいのですが……さすがですね、薬師様は」

「薬草が大好きなので、その地域地域で使われている用法の違いをいろいろ覚えるのが楽しいんです。まだまだ知らないことも多いですけど、やっぱり、行商するときは知識があればあるほど高く売れますし」


 そんなプルメリアの言葉に、正面にいた村人は目を見開いた後、ゆっくりと笑った。そして、和やかに採集を開始する――はずだった。


「うわああああああああ」

「ニッキが倒れた!!」

「こ……これ、マンドラゴラじゃない!?」


 それらの叫びを聞いたプルメリアは思わずそちらを向いた。


 マンドラゴラ。

 それは死亡以外のすべての病を治すと言われる、伝説の薬草の名前である。人型をしたマンドラゴラの根をすりつぶして作られた薬こそエリクサーやら賢者の石やらと呼ばれるものだと言われている。言われている――というのも、実際まだプルメリアがそれに出会ったことがないからである。伝説級の代物があれば、養護院の建て替えなどたやすいことだろう。


 しかし、仮に見つけたとしてもそれを引き抜くことはとても大きな賭けになる。過去数度しか歴史に姿を現していないマンドラゴラは、しかしそのすべての時において引き抜いたものとその周囲にいた人々を死に至らしめたらしい。それゆえに魔物ならぬ魔草とも呼ばれているという。


 だから、今引き抜かれたものはマンドラゴラではないとプルメリアは思い、肩さげのカバンから薬を取り出しつつ倒れた村人のもとに近づいた。そして、その手にあるマンドラゴラと言われたものを見た。


「……これ、マンドラゴラとよく似てるけど、小マンドラゴラね」


 この短い間にもそれは予想していたが、想像通りの結果にプルメリアは胸をなでおろした。村人たちはパニックでニッキという村人が死んだと思い込んでいたようだが、気を失っているだけだ。胸に手を当てれば心臓が動いている音がする。

プルメリアはカバンから取り出した薬を少量手に取り、倒れたニッキという村人の額の中央に塗った。これは以前倒した妖鳥の魔石を使った気付け薬だ。

 塗り付けると数秒でニッキは目を覚ましていた。


「に、ニッキ!!」


村人たちは本当に死んでいたと思っていたのだろう。

その驚きようは普通ではなかった。


「頭もぶつけているかもしれないから、このポーションも飲んでおいて」


 見たところ外傷は見えないが、もしかするとたんこぶができているのかもしれない。しかしポーションを差し出すプルメリアに、ニッキどころか村人たちも固まってしまっていた。


「……あの?」


 手に取られないポーションをどうすればいいのかとプルメリアが思っていると、ニッキから「聖女様だ……」という声が漏れていた。


(……聖女?)


 その単語はおそらく聞き間違えたのかとプルメリアは思った。

 しかし、そう簡単に聞き間違えるような音でもない。さらにその証拠とでもいうのか、周りの村人たちも「聖女だ」とざわめき始めた。


(聖女って単語だけ聞くと、お話に出てきそうだけれど――)


 すべての起点がイノシシを倒したことになっていると思えば、今後『イノシシ聖女』なんて呼ばれ方をする危険も思い浮かぶ。それはだめだ、絶対に見過ごすことができない案件だ。

 プルメリアは軽く咳ばらいをして、それから告げた。


「私はただの薬師です。いつか聖女様といっていただけるようなものになりたいと思いますが、成長中ですので見守ってくださいませ。まだ聖女は早いです」


 だから今は言うな。

 その想いを込めて、プルメリアは極上の笑みを浮かべた。


 その想いまで村人たちに伝わったかはわからないが、村人たちからは反論の声はでず、プルメリアから見ればただほんわかとした空気が流れているような気がした。


(よし、ひとまずOK)


 聖女は憧れの単語だが、それこそ変な言葉が追加されるような状況では呼ばれたくない単語でもある。嘘はなにも言っていないし、問題などないはずだ。

 しかし、ニッキの目が覚めても村人はやや不安がった様子を浮かべていた。


「……?」


 一体何が原因だろうか?

 プルメリアは首を傾げたが、それでも理由はすぐに思いついた。


「小マンドラゴラは、気絶はしますが命を奪われることはありません。マンドラゴラとまではいきませんが、その名をつけられるほどとても高価な薬草ですし、大丈夫ですよ」

「しかし……もしかすると、このどこかにマンドラゴラが埋まっている、かもしれませんよね」


 その村人の懸念に、プルメリアは眉を寄せた。

 小マンドラゴラは周囲の草に擬態することができる魔草だが、擬態はよく見れば見破れる。ニッキの持つ小マンドラゴラとチルプ草であれば、わかりにくいがやや小マンドラゴラのほうが葉脈が太い。葉の切れ味はチルプ草のほうがやや鋭い。


(でも、これを村人が見極めるのは難しい、のかな)


 しかし、それならプルメリアも役に立てるというものだ。


「じゃあ、私がこのあたりのチルプ草にこれが混ざってないか、確認します」

「見分けがつくのですか!?」

「はい。それに、私は小マンドラゴラには耐性がありますから、もし見つければ自分で掘り返します。耐性がなくても、小マンドラゴラなら気絶だけですから、心配はいりませんよ」


 小マンドラゴラの叫びはほぼドラゴンの叫びで、たいしてドラゴンに深い恐怖心を持たないプルメリアには効果がないのだ。確信しているわけではないが、本能的に近距離でドラゴンに食われると思ったからこそ、頭がパンクして気絶するのではないか――と、プルメリアは思っている。


 しかしこの言葉だけでは信じてもらえないかもしれない――そうプルメリアは懸念したが、村人たちは一様に頬を緩めた。


「薬師様が仰ってくださるなら安心です」

「薬師様が問題ないと仰ってくださったものを、私たちは掘り返します」


 その言葉を聞き、プルメリアもほっとした。

 ニッキの件が信頼を預けるに足る人物だと認定されたということだろうか。


(……でも、小マンドラゴラ、本当にあればいいんだけど)


 小マンドラゴラもマンドラゴラよりは多いとはいえ、市場に出てくることは皆無といっていい。つまり、それだけ見つからないのだ。プルメリアが前に小マンドラゴラを見つけたのは十二歳の頃で、それも養護院で重い病を患っていた子供に使っている。薬草を学び始めてから今までに出会えた小マンドラゴラがその一回きりなのだから、このような場所に群生しているとは思えなかった。ただ、あればラッキーというものだ。


 しかしプルメリアの期待も空しく、カゴに大量のチルプ草を詰め込んでもなお、小マンドラゴラを見つけることはできなかった。村人たちも最後のほうには恐怖心が和らいだのか、「死なないんですよね?」とプルメリアに確認をとってから、自分たちでもチルプ草を引き抜き始めた。そして――まったく、何も見つからないまま無事に収穫は完了してしまった。


 だれも倒れなかったことは喜ばしいが、やはりそこまで美味しい話はなかったかと、プルメリアは少しだけため息をついた――が、その目の前に非常に悲鳴を上げそうな顔をし根っこを差し出され、プルメリアは目を瞬かせた。いうまでもなく、それは小マンドラゴラだった。そしてそれを差し出しているのはニッキだった。


「薬師様、これ、差し上げます」

「え? あの、でも」

「薬師様はいろいろなことをこれでできると仰いました。助けてくださったお礼です」

「でも、あなたは気を失っていただけだから、時間がたてば問題なくおきれたわ」


 だからこんな高価なお礼をもらうわけにはいかない。

 そうプルメリアは両手を身体の前で振ったが、ニッキは首を軽く横に振った。


「だから、です。時間が長ければ長いほど、皆が私を心配し、不安な思いをしていたと思います。でも、薬師様がすぐに起こしてくださった。それに、オオイノシシの不安も取り除いてくださっとことも、ポーションをくださったこともあります。ですから――もらってください」


 しかし、プルメリアはためらった。

 自分が引っこ抜いたものであれば遠慮はしないが、人が見つけたものを横取りするのはやはり気が引ける。

 だが、ニッキは真顔でこう続けた。


「これ、今も持っているとなんだか悪夢を見そうなんです。一刻も早く投げ捨てたいのですが、高価だと聞けばそれもためらわれて」

「……」


 その告白が本気で言っているのか、プルメリアに気を使ってのものなのか、プルメリアには判別がつかなかった。しかし、本気で捨てられてしまえばそれこそもったいない話である。

 ニッキの顔は真剣だった。


「では……いただきますね?」


 プルメリアが受け取ると、ニッキも満足そうに笑っていた。

 ポーションと気付け薬でこんな高価なものがもらえるとはまったく思っていなかったが、それでもニッキやほかの村人の満足そうに笑っている様子を見ると、断ってこの笑顔を消えさせるのはもったいないと思ってしまった。


「かわりに、また困ったことがあったら言ってくださいね。たぶん、まだ何度もこの森には私もお邪魔しますから」


 だから、今プルメリアが言えるのはこれだけだった。



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