【4】『プルメリア』という少女
夜も更けた時間。
国王の私室にシオンは呼ばれていた。
「あのプルメリアという少女、素手で邪竜を倒したというのは、本当か?」
「ルドベキア殿下は、そう仰っています」
「世の中には驚くべき娘もいるものだな。武器があっても、一人で倒せる人間などそう多くはないだろうに」
そう言いながら、晩酌のワインを飲む国王は肩をすくめていた。
おそらく、ルドベキアが言っていることに嘘も見間違いもないだろう。
ルドベキアがプルメリアに贈った石は、ルドベキアが誕生した際に先王から与えられた宝石だ。ルドベキアはそれを自身の半身であるかのように大事にしていたので、死ぬかもしれなかった自分を救ってくれた礼としては一番ふさわしかったのだろう。
最後まで困っていたプルメリアに、無理にでも渡そうとしていたのが、良い証拠だ。
「しかし、魔物も多く出ている。人が良さそうなあの子なら、ここに留まっている間になにかあっても、色々手伝ってくれるだろうね」
「陛下。失礼ですが、彼女は客人です」
「わかっているさ。でも、城に留まってくれている間はとてもいい予備戦力になってくれるだろうね」
その言葉を発した国王に、シオンは眉根を寄せた。
「大丈夫だよ、シオン。そう怖い顔をしなくても『万が一』のときだけだから。私も国王だ。彼女が城に留まってくれるというのなら、このようなことを考えるのも仕方がないことだろう?」
「『万が一』にならないために戦力を整えているんでしょう」
「手厳しいね。でも、それはその通り。ただ、私も彼女が旅立つ前に正式にここにいてくれるように、いい条件を考えるつもりだ。なぜ薬草売りをしているのかはわからないが、見る限り、間者に向くようなタイプでもない。私を陥れようと送りこまれたわけでもないだろう」
もっとも、あれが演技だというのなら末恐ろしいというものだが、国王から見たプルメリアにはどうみてもそのような才は見いだせなかった。はっきり言えば『世間の価値観を知らない村娘』という印象だったのだ。
そもそも、妹の願いを叶えるために抜け出したルドベキアが邪竜に襲われるところまで計算することなど、一体誰にできようか。
「お前も国利に繋がるなら喜ばしいだろう。しかし気に食わぬというのなら、もしや、あの娘のことが気に入ったのか?」
「なっ」
「それならそれでちょうどいい、ほら、ここに留まるよう、はやいとこ口説いて来い」
「冗談を仰らないでください!!」
そのシオンの態度に、国王は笑った。
普段であれば、冗談だと言って相手にしないくせに、どうやら口説くかどうかはさておき、気になる存在ではあるらしい。
「まあ、楽しませてくれ、我が甥よ」
「……もう陛下は飲み過ぎているご様子ですね」
「わ、悪かったシオン、だからボトルを下げないでくれ……!」
「まったく。これでしばらくは反省してくださいね」
しかし、それでもシオンがボトルを戻すことはなかった。
おそらく国王に対しこれほど強く出ることができるのは、ルドベキアの腕白っぷりに慣れているからだろう。
***
それから、いくらか日が経過した頃。
王都から徒歩で三十日ほど離れた場所にある、小さな村に配達人の声が響いた。
「養護院へのお届け物でーす! 差出人はプルメリアさんですー!」
「はいはい、ちょっと待ってちょうだいね」
今にも崩れそうな養護院から姿を現したのは、四十歳半ばくらいの女性であった。
女性が配達人から手紙を受け取ると、多くの子供たちも建物から姿を現した。
「メリア姉ちゃんからの手紙!?」
「今日、おやつの日になる!?」
「もう、あんたたち! そんなに引っ張らないの!」
そう言いながらも、女性は届けられた小包を不思議だと思わずにはいられなかった。
無駄に厳重に梱包されているものは、いつもの送金と同じだとは思えない。
女性は子供たちを適当に追い払うと、そのまま自分の部屋に戻っていった。
プルメリアは生まれて間もない頃、養護院の前に捨てられていた。
理由はわからないが、一輪の虹色草と共に籠の中に入れられていた。
もしも家庭が困窮しているのなら、虹色草をわざわざ置いておくこともないだろう。これを一つ売れば、一般家庭でもひと月の食費にはなる。
それをわざわざ餞別として置いていたということは、困窮が理由ではなかったのではないかと予想もできるが、詳しい理由はわかっていない。
プルメリアも経緯は知っているが、その花を大事にしているくせに、出自については誰にも尋ねようとすることは今まで一度もなかった。どちらにしろ、調べたところでわかるものではないのだろうが。
そんなことを考えながら女性が荷を解いていると、ノックの後、別の女性が姿を現した。
「あら、その荷物。またメリアが届けてくれたのですか?」
「そろそろ自分のために使うべきだって言ってるんだけど、実際ありがたいことこの上ないわ」
「でも、メリアはこの養護院が建て替えられるまで送金を続けるっていってるんですよね?」
「ええ。そんな無理は、させたくないんだけれど――」
しかし、荷を解いていた女性の手と言葉は不自然に止まった。
「どうかしました?」
「これ――」
そこにあるのは、巨大な宝石だった。
この村で目にすることなど、普通ならあり得ないほどのものだった。
一緒に入っていた手紙を見ると、たまたま王子様を助けたので王子様から与えられたと書かれている。普段なら冗談だと思ってしまうような一文だが、この宝石がそれを冗談だとは言わせない状況だ。
「『子供たちにあげてください』ですって? え、でも……これは……?」
「え、これを、メリアが!?」
女性は二人で顔を見合わせ、そして目を潤ませた。
「これがあれば建て替えなんて……まったく、あの子ったら……」
「それも、『使い道がないから』だなんて……気を遣わせないようにって思ってるんだろうけど、まったく、ばればれね」
「『薬草が扱えるようになればお金になる』って教えてしまってから、それ以外は一切興味を持たない子に育ってしまっていると思っていたけど、知らないところで子どもは成長するものなのね」
「もしかして、この宝石もただの石だって思っていたり――」
「さすがに薬草しか興味を持たなかったっていっても、それはないわよ。もう、笑わせないでよ」
そして、女性二人は念願の建て替えができることになったという手紙を、可能な限りの謝辞を並べてプルメリアに送った。
建て替えが終わったら、プルメリアの銅像も必ず作ると、言葉を添えて。
**
そして、数日後の王城でプルメリアは首を傾げていた。
「……ずいぶん派手な冗談が続いているなんて、珍しいわね。まあ、作りたいって思ってもらえるくらい、私は頑張るつもりだけど」
なかなか包みにくかった石はかなり適当なまま送ってしまったが、文章から察するに、子供たちにはとても歓迎されたということなのだろう。それならよかったと思うのだが、プルメリアにとって一番意外だったことは『しばらく王城に滞在している』という連絡を信じてもらえたということだ。
「届いたからいいんだけど……でも、ちょっと変な感じかも」
そして本気にしないまま、手紙をカバンの中にしまい込んだ。