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【3】謁見と、思いつく限りの贅沢と

 国王との謁見を人生で経験するなど、王都に足を踏み入れた瞬間でさえプルメリアは想像していなかった。もちろんそれはルドベキアやシオンといった王家の関係者に出会うということもなのだが――その正体を知らずに話をした二人と違い、国王に対しては出会う前からただならぬ緊張感を抱いてしまった。


 だから、謁見の間に通されたプルメリアは足を進めながらも、腹の中身がすべて口から出てしまいそうになると思ってしまった。

 だが、絶対にそのようなことを起こすわけにはいかない。


 しかし幸いなことに国王の元まで辿りついたあとは、シオンとルドベキアが状況報告をすべて行ってくれたので、プルメリアがあえて何かを言わなければならないということはなかった。

 そのことに対しプルメリアは助かったと思わずにはいられなかった。普段ならまだしも、今は少々緊張の度合いが過ぎている。


「――以上が、本日の殿下の”社会見学”の流れでございました」

「まったく……私に似すぎるのも困ったものだな」


 国王は、わざとらしいため息をついていた。その様子からは邪竜に遭遇したとはいえ、すでに息子が難を逃れたことに安堵しているということが見て取れた。


「ルドベキア。お前は死んでいたかもしれないということを理解しているか?」

「……はい、父上」

「再びこのようなことはないように。以降、己の身の程を知り、無謀な振る舞いはしないことだ。お前になにかがあれば、私たちを悲しませる。ビオラも同じだ。あれも兄を殺したと、自分を責めよう。よく、理解しておくように」

「はい」

「ならば、よい。次は、そこの薬師殿だ。プルメリア、といったな」

「え!? あ、はい!」


 てっきりルドベキアへの注意が終われば解放される――ではなく、退出できると思っていたプルメリアは目を白黒させた。

 なにか自分も注意されることがあるのだろうか?

 そうこわごわと返事をすると、国王は笑っていた。


「そう緊張するでない。褒美を授けるだけだ。何がよいか、申してみよ」

「え、御褒美ですか!?」

「何を驚いている」


 たしかに王子を一人救ったのだから、御褒美があってもおかしくはない。

 むしろ王子でなくとも、今までにも旅の途中で迷子の子供を助け、お礼をしてもらったというようなことは経験がある。


(あの時は、確か夕飯をごちそうしていただいたのよね)


 大変美味しい肉料理を振る舞われたことを思い出したプルメリアは腹の虫が鳴きそうになったので、ぐっと堪えた。

 先に寄った村では非常に美味しい川魚や茸料理を食べたが、肉に関するものは少なかった。だからしばらく食べられていない肉を食べれば、あのときのような幸せな気分を味わえるだろう。

 だが、プルメリアはためらった。


(でも、国王陛下にお願いするのよ。もしかすると、もうすこし我儘を言っても聞いてくれるかもしれない……!)


 プルメリアは息を飲んだ。


「それは、なんでもよろしいのですか?」

「まずは、申してみよ。たいがいのことなら聞き届けよう」


 つまり、無理なら却下してもらえるということだ。

 それなら遠慮なく、一度願いを言ってみるべきだろう。叶うのなら、自分では絶対にできないことを言ってみたい――。

 そもそも、国王の好意をはねつけるのも、失礼にあたるかもしれない。

 プルメリアは意を決した。


「で、では……食事つきの宿を望みます……! できれば、温かいお風呂のある宿がいいです! それから食事にはお肉があって、お部屋にはふかふかのベッドと肌触りのいい毛布があれば、なお嬉しいです……!」


 プルメリアは国王にありったけの思いを込めて伝えきった。


(王様からの御褒美なんて絶対に二度とないし!! 私も意地汚いのかもしれないけど、なんでもいいって言ってくれているんだから……!)


 この贅沢も、金銭を注ぎこめばプルメリアにもできなくはない。しかしもったいないとの思いが先行し、与えられなければ絶対に体験することない事柄だ。

 そもそも、全部が叶わなくとも、夕食が与えられるだけで満足なのだが――。


「ぶはっ……」

「え」

「私を前にいきなり冗談を言った娘は初めてだ。くくっ、そなた、なかなかやるな」

「あの、いえ、本気なのですが」

「本気なのか?」


 その眼光は、非常に鋭かった。

 思わず身震いしそうになる身体に我慢を言い聞かせ、プルメリアもその目を見返した。


「はい、もちろんです」

「ならば、認めよう。幸いここは客間に困っていないし、食事も一人増えたくらいでは問題ない。ただ……そなたは滞在日数を言わなかったな」

「あ、それは」


 もちろんそんなことは一泊二日で――と、言おうとしたのだが、その前に国王は楽し気に笑っていた。


「好きなだけいるといい。私が食事と宿は保障する。旅をしているようだが、たまには羽根を休めるのも悪くないだろう」

「え!?」

「なんだ、不満か?」

「逆です、本当にいいのですか!?」


 そのプルメリアの反応に、国王は今度こそ遠慮なく笑った。


「お前はずいぶん謙虚な娘だな。宿どころか、家が欲しいと言っても用意するものを」

「あ、それはいらないです。持ってても、管理できないし……」

「くく、そうか。部屋はすぐに用意させよう」

「ありがとうございます!」


 何泊でもいい――その言葉は、もちろん冗談も込みだということはわかっている。

 しかしそれでもしばらく滞在していいというのなら、ここを拠点に薬草を摘み、薬を売ればお金を使わないまま、お金を増やすことができるのだ。養護院へ送る送金だって、積み増すことができるだろう。


「ただ、ひとつ――これは条件ではないのだが、個人的な願いをしても構わないか?」

「え、はい、それはもちろん!」

「できれば、たまにでいい。ルドベキアと遊んでやってくれ。これは命令ではなく、父親からのお願いだ」

「そういうことでしたら、喜んで」


 さすがに養護院の子供たちと同じ遊びをすることは難しいかもしれないが、ルドベキアが妹思いのいい子だということはすでに充分わかっている。


(とりあえず、次の旅の目的地と、旅費がある程度安心できるくらい溜まるまで、滞在させてもらおう)


 ルドベキアにすればプルメリアの登場は幸運だったが、プルメリアにとっても予想だにしていなかった幸運だ。


「父上」

「なんだ?」

「父上からのお礼とは別に、私からお礼をしてもよろしいでしょうか?」

「それはお前の好きにするといい」


 すると、ルドベキアはプルメリアの前に走り寄った。

 そして一つの石を差し出した。それは光る綺麗な石だった。


「これ、あげる。邪魔なら売ってくれていいから」

「え? 売るって……」

「だって、持ってても仕方ないだろ。旅をするなら邪魔になるだろうし。でも、俺が渡せるお礼なんてこれくらいしかないし。何かの役に立てて欲しい」


 小石大のものは邪魔とまではいかないが、プルメリアにとって使い道は思い浮かばない。

 プルメリアも子供の時に石集めをしたこともあり、ここまで綺麗な石ではなくとも、いくつか持っていたことがある。そして、気付いたら紛失していた。


(……失礼だけど、私が持っていてもなくしそうだし、絶対もったいない。こんなに綺麗で宝石みたいだし。きっともう見つけられないよ)


 あとはルドベキアが言う様に、旅の荷物は最低限にしておきたい。


「あーもう、俺が受け取ってくれと言ってるんだ、素直に受け取ってって!」

「けれど、このようなものはもう手に入らないですよ」

「……プルメリアよ、受け取ってやってくれ。ルドベキアも命令するのではない……と言いたいところだが、それが今のこの子ができる最大限の礼のつもりなんだ」


 国王にそう言われれば、これ以上固辞することも難しい。

 おずおずと、プルメリアはその石を手に収めた。

 するとルドべギアは笑った。


「いい使い方、してくれよな」

「いい使い方って……本当に構わないのですか?」

「いいっていってるだろ! 何回も言わせるな! それとも迷惑か?」

「え、あの、その、迷惑じゃないですけど……!」


 いや、ある意味困ってもいるけれど。

 しかし石のいい使い方など、プルメリアには思い浮かばなかった。


(売っちゃってもいいて言ってくれてるけど……それは、ちょっと、ね。でも、私に使い方なんてわからないし……。今持ってる薬草を売ったら、送金と一緒に養護院に送っちゃおうか?)


 これだけ綺麗な石だ、見れば子供たちも喜ぶだろう。


「えっと……じゃあ、これ、子供たちのために使ってもいいですか?」

「え? あ、うん。プルメリアがそれがいいって思うなら、それがいい。絶対にそれがいい」

「ありがとうございます」


 『いい使い方』についてルドベキアにも了承をもらえたのなら、プルメリアも安心だ。

 国王は満足気だった。


「では、プルメリア。滞在を楽しんでくれたまえ」

「ありがとうございます」


 部屋に案内されたら、手紙を書こう。

 そしてなんと城に泊まることになった、と、養護院の妹弟たちに自慢の手紙をしたため、この石と、薬草を売った代金と一緒に送ろう。

 多分信じてはもらえないだろうが、きっと元気でやってることは伝わるだろう。


 そう思うと、プルメリアの笑みは深まった。



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