【29】結果はオーライ!
「あの……」
「きみが強いのはもう充分しってるけど、一般人だ。一人で無理をしにくるなんてこと……煤汚れているけど、怪我は?」
「怪我はないです。というか……シオンさんも本当にどうしてここに?」
本来はただ魚釣りに来ただけなので、一般人もなにも本当に関係ないはずだ。しかし隊服をきっちりと着こなしているシオンを見ると、どうも彼の任務に関係することがこの近辺であったのかもしれないと思わずにはいられない。
いずれにしても反応に困るプルメリアに、シオンは大げさなほどため息をついた。
「もう、きみが倒してしまったみたいだから言うけど。鋼の骨を持つ魔物が発見され、その討伐作戦が決行されていた。定期討伐の時期だから通常だと山に入る人もいないし、極秘で」
「それってもしかして……さっき私が倒しちゃったかも」
「……だろうね」
だが、納得したシオンは次の瞬間両手ばっと広げて一歩下がった。
「ごめん、その、いきなり抱き付いて」
「あ、いえ、それは気にしないんですけど、私いまちょっと埃っぽいんで」
「そんなの以前の私の汗臭さに比べれば……って、気にしないんだ」
「え?」
「いや。なんでもない」
不自然に上げていた手を下ろしながら、シオンは肩を落としていた。
だがそれでもがっかりしたというわけではなく、すぐに表情を元に戻した。
「でも、まさかとはおもったけど、やっぱり作戦が漏れていたわけではないんだね。なら、どうしてここに?」
「その……魚釣りに……」
「このあたり、というより山道の入り口に人を配置して、夜間演習中っていうことにして立ち入り制限をしていたはずなんだけど。街でもそういう話、聞いてない?」
「たぶんユウナに乗ってきたから、横から入ったのかと……。街の噂は気付いてなかったです」
立ち入り禁止になっていたと聞き、プルメリアは少し申し訳ない気分になってしまった。山は入口から入らなければいけないという決まりはないが、わざわざ山道を外れて入山するものもそう多くはいないだろう。街での話は、おそらくお達しがでていたのだろうとは思う。ただ、気にしなさ過ぎて気づけていなかったのだろうとも思う。
しかしそれを聞いて一瞬不思議だとも思ってしまった。ガンセキウオを狙うということは、国王にも伝わっていたはずだ。だが、そこで止められることはなかった。もしかすると討伐期間は避けるもので、釣りをするのは後日だと思われていたのだろうか――? 確かに国王が一庶民に注意を促すのも妙な気はするが、一言くらい――。
(いえ、知ってて当然のことだと思われていたのなら、あえて保護者のように仰ることもないわね)
国王のことを不自然だと感じることこそ失礼だとプルメリアは思い直した。そもそもルドベキアもごくごく自然に送り出してくれたのだから、忘れていただけという可能性もある。
「でも、本当に知らなかったなら仕方がなかったんだね。もしもきみが自分から危ないことに首を突っ込んだりしてたら、無茶しないでって言おうと思ったのに」
「あの、でも私そこそこ強いと思ってるんだけど」
確かに作戦の邪魔になる可能性があったなら、立ち入らないのが一番だっただろう。心配されるのは嬉しいが、無茶をしたつもりもないし、なにより無事討伐することもできている。迷惑にもならなかったはずだ。
だが、シオンの眉はつりあがったままだった。
「知ってる。でも、それとこれとは別。民衆を守るのが、騎士の勤めだからね。まあ、プルメリアが魔物退治を生業とする冒険者で自分からそこに飛び込むんだっていうなら、話は別だけど――君は薬師でしょう? それは戦いが好きじゃないからじゃないのかな」
「え、あの、その……」
まさか鉄拳少女という風に周囲から思われるのがいやで魔物討伐に積極的にかかわるような職業を避けていたと、どうやって言えようか。
いや、それだけではない。
一度魔物討伐で得られる褒章の噂を聞いた時には、つい好奇心に負けて魔物討伐の紹介所に登録したことがあった。しかし普段であればわりと頻繁に出会える魔物に、登録してからは出会えなくなった。それでもひと月ほどは粘ったのだが、緊急出動に備えて拘束時間が長い上に、討伐が行えなければ給料はほんのわずかで、養護院への送金どころか自分の生活さえままならない。おまけに懸賞金の取り合いになるとのことで、なかなか同じ登録者同士の仲は複雑でぎすぎすしていて居心地の悪さは最悪だった。
(まぁ、人については場所にもよるかもしれないけど――魔物に出会えなくて飢える可能性がでることにはかわりないし)
しかし、そのようなことはやはりプルメリアの中の乙女願望が邪魔をして言えなかった。
「……とにかく。無理にお人よしになろうとしなくていいんだから、嫌なら首を突っ込まない。今回のことは仕方ないってことになるけど……約束しようか」
「え?」
「ほら、できる? できない?」
「それは、できるけど……でも、今までも無理にお人よしになろうとしたことなんて一度もないよ」
やりたいようにやってきただけだし、運悪く戦闘に入ったのも無理をしてではなく、本当に偶然だ。だから約束をしても何も変わらないと思い、プルメリアはためらった。
だが、シオンは首を振った。
「無意識なことまでは約束には入らないよ。でも、もしも――そんなことがあっても、無理しないって約束しておいてくれれば、私が安心だから」
「えっと……じゃあ、わかった」
それでも約束してもよいものかどうかとは悩んだが、断る理由も見つけられない。それならば交わしても問題ない約束だろう。
やがてシオンの同僚だろう騎士たちが現れ、現場の状況を検証していた。その傍らでプルメリアは状況を見つつ、釣り竿と魚を回収して帰ろうとしたのだが――シオンにその魚が見つかった。いや、シオンだけではなく周囲の騎士も二度見していたし、目に入れないというほうが無理だろう。
「……プルメリアって夜釣りをするほど、釣りがすきなのか? しかも、こんな場所で」
「あー……いや、その」
本当なら驚かせたかったという思いもあるが、これはもうごまかせないとプルメリアは覚悟を決めた。
「実は、シオンさんが巨大魚の丸焼きが好物だと聞いて……その、お礼を用意しようと釣りに来てました」
「え?」
魚を抱えたままで言うのはなんだか恥ずかしいし、そもそも生臭いような気もするが、ちゃんとお礼になっているか反応を確認するのも緊張する。
様子を窺っているとシオンは目を見開いて瞬きした後、急に膝を折りうずくまって笑い出した。
「え、あの、ちがった!?」
「いや、あってるけど……なんだか、想定外で面白かった」
「どこが!?」
「ガンセキウオの丸焼きプレゼントされるなんて、たぶん人生でそうそうないでしょう。焼き上がり、楽しみにしてる」
ツボにはいってしまったのか、くつくつと笑うシオンに、プルメリアもやがてつられて笑っていしまった。なにがそこまで面白かったのかはわからないが、それでも喜んでもらえたのなら何よりだ。
「きみって、何もかもが想定外だね」
「え」
「いや、楽しいっておもっただけ」
それは何よりだと思ったが、果たして喜んでいいことなのかとプルメリアは少しだけ戸惑った。ただ、その笑顔があまりに綺麗だったので深くは考えないことにした。それに、今は優先的に考えなければいけないことがある。
そう、宣言したからには丸焼きを上手に焼き上げなければいけないのだ――。




