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【20】もったいないは、大事です

 館長の許可を得たプルメリアは、毎日ユウナとともに出勤している。ユウナは人型ではなく猫型でプルメリアの頭や肩にのぼっていたり、研究室に置いているバスケットで昼寝をしたりと、わりと自由に過ごしている。


 一方プルメリアは採用試験時にポーションの改良普及を任されたものの、未だその研究には参加できていない。なぜなら――予想以上に書庫の片付けに手間取られる羽目になったからだ。


「さすがお城の中の研究施設というべきなのでしょうか。書庫、多いですね。四か所もあるとは思っていませんでした」

「書庫っていうか、あれ館長の趣味だよ。城の書庫ってもっと大きいし」

「へぇ……って、あれ全部ですか!?」

「まあ、予算で都合つけてるから私物じゃないけどな。趣味と仕事両立しているというより、仕事が趣味の人だからあれでも相当厳選してるんだぜ」

「へ、へぇ……」


 先輩薬術師のクンシランの話を聞きながら、もしもジニアが金に糸目をつけなくてもよい状態になったならどれほどの山が出来上がるのだろうと顔をひきつらせた。


 しかしその書庫の整理も無事昨日で終え、ようやく薬草園の手入れも始められる。気合いをいれて頑張るぞと、プルメリアは命じられた薬草園の一角を見渡した。


「綺麗な色した薬草たちですね!」

「一応、いままでは臨時で俺が引き受けてたけど、あとは任せる……って言いたいところなんだが、実はあの端のほうのリュリュ草、改良種が順調に育ってるから植え替えようってことになったんだ。それだけ引き継ぎ前に手伝うわ。引っこ抜いて捨てるだけだけど」

「え、捨てるんですか?」


 リュリュ草は特別高い薬草ではないが、相性がよい薬草が多いので使う機会も多い薬草だ。ポーションにも使った中和剤作りにも使えるものなので、引き抜くにしてもできれば保存しておきたいもののはずである。

 だが、それを聞いたクンシランは頭をかいた。


「あー、本当ならそうなんだけどな。けど、それちょっと痛んでるんだわ。ここの前任者から引き継ぎらしい引き継ぎがなかったし、うっかり雨で水が跳ね返ってしまってな」

「あ、本当ですね。ウッドチップが敷かれてないや」


 もしくは麻袋でもよいのだが、汎用性が高いわりに病気には弱いリュリュ草はドロの跳ねかえりに弱く、下の方がしなびてしまっており、そのせいかやや全体的にみても元気がない。


「もったいないですね」

「まあ、どうせ植え替えるやつだからな。結構な量にはなるけど、ストックもそれなりにあるからっていうのも理由だろ。……って、見落とした俺がいうのも悪いとは思うけど。ま、早くやっちまおう」


 そう言って根から抜き始めたクンシランの横でプルメリアも作業を開始した。弱ってしまっている以上、泥をおとしても薬草としては少し評価が下がってしまう。それは、わかる。


 だが、やはりもったいない。


「もしもこれ、要らないなら私がもらっても構いませんか?」

「え? そりゃもちろん問題はないと思うけど。でも、何に使うんだ?」

「服用するものじゃなくて、塗布するアイテムを作りたいと思います」


 多少しおれていてもプルメリアにとってはお宝の山に見えている。

 やる気がどんどん満ちてきたと気合いを入れて引き抜き続けていたが、やがてクンシランから若干距離を置かれるような目で見られていることに気が付き、慌てて笑顔で誤魔化した。どうやら、想像以上に欲望に忠実になってしまっていたらしい、と。



**



 一通りリュリュ草を引き抜き、土の手入れをしているとあっという間にプルメリアにとっての定時がやってきた。


「なので、さっそくこの捨てられそうだったリュリュ草を活用していきたいと思います!」

「……プルメリア、誰に言ってるの?」

「時間まで待てなかった私自身、かな」


 少し恥ずかしいような気持ちになりながらも、プルメリアは引き抜いてから水切りをして、水瓶にどっさりと入れたリュリュ草を適度なサイズにカットした。その際にできるだけ草の上の方を選び、流水で汚れを落としてしまう。軽く振って水気を切った後は葉だけを千切り、ポーションを作るときと同じように乳鉢ですり潰す。そして満足いく量が得られた後、プルメリアは自分の荷物の中から一つの紙袋を取り出した。その中に入っているのはサラサラの土だ。


「なんで土なんて持ち歩いてるの?」

「今日の出勤前に、配達屋さんのところに寄ったでしょう? そのときに預かったんだけど、故郷に頼んで送ってもらったのよねぇ」

「わざわざ土を送ってもらったの?」

「えーっと、これは土は土でも粘土なの。水をふくませてしばらく混ぜれば、こやってなめらかに粘度があがっていくでしょ? それでここにリュリュ草をすり潰したのを入れれば、美容パックの完成よ!」


 王都付近ではまず見ないが、プルメリアの故郷では一般的な女性の肌のケアで使われており、なおかつ無料で採取できるこの粘土は、王都で買おうとおもっても売っていない。

 そう頻繁に使うわけではないのだが、それでも普段であれば薬草を入れるのは勿体ないと思ってしまう。だが、こうやってもらえるというのならは話は別だ。


「お肌がつるつるになるといいなぁ。とりあえずお風呂行こうか」


 プルメリアの自宅には浴場がないので、城から出ても職員用の浴場を使っても構わないと教えられたときは喜んだ。ユウナは水に浸かることが嫌いらしく嫌がるが、諦めて連行されてくれるのでプルメリアとしても問題はない。

 幸いにもこの時間であればほぼ貸切なのは間違いないので、顔をパックしていてもユウナ以外に不審に思われることはないことだろう。


 そうして荷物をまとめて部屋を出ようとしたプルメリアは、ドアの前でにやりと笑う館長の陰があったことにようやく気づいた。


「わっ、驚かさないでくださいよ!」

「ごめんごめん、あんまり楽しそうだったから。それで、随分面白そうなものを作ってたみたいね?」


 そう言うジニアの視線はプルメリアの薬草パックに向いている。


「……館長もご興味がおありですか?」

「そりゃ、こう見えても美容にはものすごーく興味があるわ」

「じゃあ……その、お試しになられます?」

「もちろん!」


 その言葉と同時にプルメリアの手の中の乳鉢はジニアの手に渡ってしまい、プルメリアは驚き唖然とした。が、嬉しそうにしているジニアの姿を見れば、まぁいいかとも思ってしまった。土はまだまだたくさんあるし、今日の分は擦っていないが、リュリュ草も明日擦りなおせばいいことだ。それに、ジニアには今の家を探してもらった恩もある。


 だが、次の瞬間、プルメリアが予想していなかった声がそこに響いた。


「あらあら、ジニアったら。一緒に盗み見していたのに、あなたばかりずるいのではないかしら?」


 その上品そうな声の女性は、やはり上品なドレスを着用し、上品な仕草で優雅に微笑んだ。それは少なくとも薬術館では見たことがない女性だが、そもそも明らかにこの場所の職員と纏う空気が違っている。特に――親しそうに呼ばれていたジニアとは対照的な雰囲気である。

 だが、ジニアにはそのようなこと気にした様子はなかった。


「あら、私は先に試用してレポートでも上げようかと思っただけですよ」

「それは心配いらないわ。だから、先に私に試させてくれてもいいんじゃないかしら?」


 女性の方も女性の方で、自分が使えることが前提になっているようであり、優しそうな雰囲気の中にもなかなかの押しの強さが窺える。


(でもこの御方は誰なんだろう……?)


 プルメリアは自分が先だと互いに主張し合う二人を眺めていたが、しばらく経ってようやくジニアがプルメリアを放ったらかしにしていたことを思い出したようだった。


「ああ、プルメリア。こちら、カトレア王妃様よ」

「あの、初めまして。私はプルメリアで、こちらはユウナで――」


 す。と、最後の一文字をプルメリアが声にすることはできなかった。

 いま、ジニアは目の前の女性のことを何と言ったのか。あまりに衝撃が大きい言葉が聞こえてきた気がするのだが、それがどうにもこうにも信じるには少々突飛な気がしてしょうがない。

 しかし戸惑うプルメリアの様子など、目の前の二人には関係がなかった。


「初めまして、プルメリアさん。私はルドベキアの母、カトレアと申します」


 なぜなら、優雅に笑むカトレアも、そして薬草パックを混ぜて楽しそうにしているジニアも、まったくプルメリアをからかっているわけではなかったのだから――。



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