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【19】お引越し!

 ジニアの計画通りプルメリアの新しい住まいは翌日のうちに決まり、さらにその翌日には引っ越しが完遂された。元々大した荷物がないので引っ越すといっても時間がかかることはなかったのだが、不足している生活用品はいくつかかいたす必要があった。


「できるだけ最小限って思うけど、鍋とフライパンは必要だし、それからコップとお皿とフォークとナイフもユウナ用に買っておかないと……」

「ねえ、プルメリア! この鍋敷きとっても可愛いよ」

「可愛いけど今の私の財布は予算不足を訴えているから却下かな」


 ネコマタそのままの姿でフードで猫耳を隠すユウナは非常にはしゃいでいた。

 ユウナは猫に変化したりケルベロスに変化するのは得意なくせに、人間に変化するのは不得手らしい。いわく『全然違う姿になるのはわかりやすいけど、耳だけなくすのは難しい』ということらしい。当然プルメリアにはその感覚はわからないのだが、ユウナが言うのならそうなのだろう。


「さて、そろそろ帰ろうか」

「今日はケーキないの? 引っ越しのお祝いは?」

「お祝いはしたいけど、この荷物で持ち帰るのは難しいかな」

「ユウナ、力持ちだから持てるよ!」

「いやいや、すぐに振り回すでしょう」


 喜びで手を振り回すのが目に見えているので、「大丈夫!」というユウナの力強い言葉はどうしても信用することが難しい。ついでにいうと、ユウナが使う予定の皿やコップはできるだけ可愛いものを選んだので、プルメリアの今日の買い物の予算もオーバーしているので可能であれば見逃してほしいという思いもある。そもそもプルメリアだって甘味は大好きなのだから、買えるものなら率先して買っている。


 しかし涙を飲んで我慢しユウナを諫めながら帰宅したプルメリアは、新居のドアの前に人影がふたつあったことに驚いた。


「おかえり、プルメリア、ユウナ」

「おそかったなー! 引っ越し祝い持ってきたぞ」

「シオンさんとルドベキアくん!」


 思いがけない来訪にプルメリアは驚いた。二人が来るなど思っていなかったのでゆっくりしていたが、待たせてしまっていたことに慌てて駆け寄りドアのカギを開けた。


「どうぞ、入って。ちょっと……で済むかわからないけど、狭いけど!」


 ベッドルームとリビングにキッチンという、割とコンパクトな部屋ではあるが、荷物が少ないおかげでそこまで狭いとは思わない。少し年季が入っているのの、最初からソファーとテーブルセットやサイドボードがあったのも助かった。


「なんかこう、スパイが隠れ住むための部屋みたいだな!」


 はしゃぐルドべギアにとっては、秘密基地のサイズに見えているのだろう。部屋に入っただけで楽しんでくれているのであればなによりだと思っていると、今度はシオンの側でユウナが歓喜の声を上げていた。


「これ、ケーキ! しかも丸くて大きい!」

「うん、買ってきたから」

「ねえ、プルメリア、早く切って!」

「ユウナ、先にお礼言わなきゃ。シオンさん、ありがとう」

「ありがとう、シオンさん!」


 先程買えないと思っていたものの登場に、プルメリアもユウナも感動していた。だが、皿は揃いのもでなければ数は揃うものの、客人用のカップがない。プルメリアもユウナも何も飲まずとも美味しくケーキを食べることはできるが、それではシオンもルドベキアも遠慮してしまことだろう。


(どうしようか)


 客人がくるケースを想定していなかったことにプルメリアは焦ったが、そんなプルメリアにシオンはもう一つの荷物を差し出した。


「ケーキと合わせて、これも引っ越し祝い」

「え?」

「カップとソーサー、あとポットのセットだから。よかったら使って」


 あまりにタイミングのよいプレゼントに、プルメリアは目を見開いた。


「ごめんなさい、何から何まで……紹介もしてもらったのに!」

「これはごめんより、ありがとうって聞きたいかな」

「ありがとう……! すぐにお茶も淹れるから!」


 基本的に高級品は揃えられないが、薬草茶だけは自作なので美味しいものが用意できる。そのほとんどは納品するものにしては少し虫食いだとかそのような理由のB級品だが、自分で使う分には何ら問題もない。

 そして湯を用意し、ケーキを切り分け、そしてテーブルを囲めばお茶会の開始となる。


「だいぶ館長に気に入られたみたいだね」

「うん。シオンさんのおかげだよ。そろそろお邪魔になるかなって思ってたから、お部屋紹介してもらえたのも助かった」


 昨日の帰り際にシオンと会った際に結果は伝えていたのだが、その後シオンもジニアと何か話をしたのだろう。ただ、その表情は喜ばしそうではあるものの、本の倒壊まで知っているかのような苦笑にも見えた。

 しかし祝福するシオンの隣で、ルドベキアは口をとがらせていた。


「けど、薬術館で働くんなら城のほうが近いじゃん。ずっと城にいればよかったのに」

「そういうわけにもいかないでしょう」

「面白くない」


 寂しがってくれるのは嬉しいことだとは思いつつ、これにはプルメリアも素直に頷くわけにはいかなかった。ただ、ルドベキアも拗ねているだけではなかった。


(う、上目遣いかわいい……!)


 それは名前の呼び方の時も見たような気がする表情だが、子犬を思わせるかのような雰囲気にプルメリアは思わず息をのんだ。


「なあ、薬術館に遊びにいってもいいか?」

「もちろん、館長さんがいいって言ったときは構わないよ」

「やった!」


 今回のことは名前の時とは違ってプルメリアが困ることなど何一つない。

 ほっとしながら喜ぶルドベキアを眺めていると、プルメリアのとなりでユウナがすました顔で薬草茶を飲みながらぼそっと呟いた。


「王子さまって聞いてたのに、子どもなのね」


 その言葉にルドベキアはぴしりと動きを止めた。そして見えないが、まるで青筋が立っているような笑顔を浮かべてユウナを見た。


「なんだケーキばっかり見てたちびっこが」

「なによ!」

「なんだよ!」


 二人が互いにかみつき合ったと同時に、その場で怒りの火花が飛び散った。

 プルメリアとシオンは同時にため息をついた。


「ルドべギア、あまりに品がないぞ」

「ユウナ、やめなさい」

「「だって!!」」

「だってじゃない」

「だってじゃないの」


重なる反論の声と、重なる諫める声に二人の子供は収まったが、互いに納得した様子ではない。しかたないとプルメリアはひとつ咳ばらいをして二人を真剣な表情で見た。


「ちゃんとしたほうに、果物ひとつあげようか?」


 その言葉に二人そろってきちっと姿勢を正した。

 あまりのシンクロ具合に苦笑しながら、プルメリアはひとつずつ更に果物を乗せようかとおもったのだが、ルドベキアのほうにはシオンが置いてくれていた。そしてケーキを楽しみ、薬草茶のお替りを入れていると、ルドベキアが思い出したように声を上げた。


「あ、今日、俺もお祝い持ってきたんだ。見て驚いてくれよな」

「わあ、作業着!」


 ルドベキアが広げたのは、まっさらな作業着だった。 


「ありがとう」

「これならいくつあっても大丈夫だろうって、ジニアも言ってたし」

「館長さんにも聞いてくれたのね。ありがとう」


 何が喜ぶかと真剣に考えてくれたからこその行動にプルメリアも感動した。しかし、そのプルメリアの言葉に照れくさそうにしているルドベキアに向かってユウナは頬を膨らませた。


「プルメリア、私もなにかあげる!」


 突然の発言にプルメリアは驚いた。

 ユウナがそんなものを用意していないことなどプルメリアもよく知っているし、今までそのようなことを必要だと感じている素振りもなかった。そもそも、張り合おうにもユウナは金銭を所持しておらず、何かを買うということもできないはずだ。


(あああ、そうだ。ユウナのお小遣いも決めなくちゃいけないけど……でも、今、渡すのもちょっとよくないよね……!)


 事前に渡されていたわけではなく、プレゼントを渡したいと宣言した相手から直後にもらったもので選ぶというのもユウナの希望に沿った結果になるのかわからない。そもそもユウナも金銭のやりとり方法は覚えただろうが、まだものの価値をよく知っていない。


(そのうち適正なお小遣い価格も考えてあげなきゃいけないんだけど、そもそも王都の適正なお小遣い価格っていくらなの……? 養護院だとおやつの現物支給だったんだけど!)


 買い物を通して王都で取引されるものの価格は理解できつつあるが、それでも子供の小遣いの相場はプルメリアが考えてもまだまだ予想をつけることができない。

 しかしこの場にいる目の前の二人に聞いたところで、基準は明らかに一般庶民とはずれているだろうということが想像できる。


(これは後日お買い物のときにいっぱい聞いて回らなくちゃ……って、今はそんなこと考えてるんじゃなくて!)


 そう、いかにユウナを納得させられるかが問題だと思っていると、ユウナはフォークを勢いよく動かし、そしてプルメリアのほうに突き出した。


「このチョコ、あげる!」

「あ、ありがとう」


 頬を膨らませながらも精一杯のプレゼントをくれるユウナにとても癒されながら、プルメリアはチョコを頬張り、後日一般的なお小遣い事情と、お手伝いの関係性をちゃんと調べようと心に決めた。

 そうしているとくすくすと微笑ましく見ている様子のシオンと目が合った。


「出遅れたけど、私からはこれも贈るよ」

「わ、かわいい」


 ケーキにティーセットももらったのに申し訳ないという思いが浮かぶ前に、プルメリアは素直な気持ちを口に出してしまった。それは髪留めで、綺麗な布を重ねて作った花がついていた。


「髪をまとめるのに便利かなって。端切れで作ったもので悪いけど、ドレスの生地だから」

「え、これ、もしかしてシオンさんが作ってくれたの?」


 プルメリアにドレスの生地を扱った経験はないが、普通の生地よりもずいぶん扱いにくそうだというのははっきりわかる。それをなんでもないように扱ったシオンはずいぶん器用だと思うのだが――いくら姫の頼みだとはいえ、シオンのような立場の者が針仕事をするとなるとなんとなく不思議な感じもする。

 そんなプルメリアの心の内を知ってか知らずか、シオンはいたずらっぽく笑った。


「あと、ルドベキアが冒険ごっこ好きでよく破いてくるから」

「……なるほど」


 むしろ、それが主な原因であったのではないだろうか。

 毎回ではなくとも、ルドベキアとシオンの表情からはかなりの頻度であったことがうかがえる。そして少し居心地悪そうなルドベキアの表情を見て、もしかすると繕いながらお説教でもされたのだろうかと思えばプルメリアもまた笑ってしまった。

 ただ、そのおかげでこの髪飾りをもらえたというのなら、それはとても嬉しいことだとも思ってしまった。




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