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【1】助けた少年、その正体と招待と

 街に入ると、それまでやや不安を残した様子だったルドベキアの表情は完全に明るくなっていた。慣れた街の中の景色はようやく彼に安堵を与えたらしい。


 ただしほっとした様子であるとはいえ、邪竜に遭遇した後だ。やはり保護者まで送り届けようと、プルメリアは少し速足のルドベキアの後ろを歩いた。


「プルメリアって歩くの遅くないか?」

「今はちょっと疲れているからね。旅人だし、普段は普通の人よりは早いよ」

「ふうん。なあ、プルメリアはなんでそんなに強いんだ?」

「……ねぇ、ルドベキアくん。私、一応君より年上なんだけど」

「うん。だから、なんで?」

「なんでって……」


 どうもルドベキアの中には『プルメリアさん』という呼び名は可能性すら浮かんでいないようだ。なかなか小生意気な雰囲気も漂わせるルドベキアに、プルメリアは軽く息をついた。


(まぁ、いいか)


 子供は元気が一番だとも言うし、これも王都流の対応なのかもしれない。

 それに、養護院ではきょうだいたちに『メリア』と呼ばれており、やはり『さん』は付いていなかったのだから、慣れていると言えば慣れている。だからあえて強要するほどでもない。


「プルメリア?」

「あ、ごめんごめん。えーっと、強い理由ね。……できれば私が知りたいかな」


 気づいたときには今の状態だったので、プルメリアには戦闘訓練をした覚えもない。


 唯一思い浮かぶ可能性は、幼い頃から王子様に憧れ、まずは手近なスライム、ウルフ、ベアーなどととにかく魔物の前に飛び出し、もちろん助けなどこないので自分で倒してしまっていたためか。いや、あれはあくまで”ごっこ遊び”だったのだから、強くなった理由としてはカウントしてはいけないはずだ。


「じゃあ、プルメリアはなんでここに来たんだ? 旅人だったら、他にも行くところもあるんだろ?」

「薬草を売りに来たの。ここのほうが、買い取りが高いって聞いたから」

「ふーん。じゃあ、それ、俺が買うよ」

「え」

「いいだろ?」

「いや、子供に売りつけるほどお金に困ってるわけじゃないから大丈夫だよ」


 効能も聞かずに買うというルドベキアに、プルメリアは苦笑した。

 しかしそれにルドベキアは不満をあらわにした。


「なんで子供扱いするんだよ?」

「え、どう見ても子供でしょ!? しかもルドベキアくんもお小遣いは大事に使わないと! いらないものに使っちゃだめって教わらなかった?」


 あまりの睨まれ具合にプルメリアは思わず後ずさったが、ルドベキアの形相は戻らない。


「確かに俺が使うのは難しいかもしれないけど、薬師に渡せば薬にしてもらえるし、それはきっと誰かが使うなら問題もないはずだ」

「誰かって……薬草があっても薬師に薬を作ってもらうならまたお金がかかっちゃうよ。もったいないでしょ?」


 なにより、プルメリアが持ってきているのはよそなら安く買える薬草だ。

 需要と供給があってこその価格だとは思うが、子供に王都特別割り増し価格で売ることはためらわれる。おそらくルドベキアは礼のつもりだろうが、良心が傷むのだ。


 それにルドベキアが言う『誰か』というのは不特定で、本当に使う人がいるかも定かではない。


 しかし、プルメリアの返答にルドベキアは俯いて唇を噛んだ。


 それを見たプルメリアは、これはこれで心が痛むと思ってしまう。

 だが、ここで折れるわけにもいかない。

 もしもルドベキアがプルメリアと同年代以上であればもありがたく商売させてもらうのだが、養護院の妹や弟たちと同じくらいの年齢であればさすがに気が引ける。


「王様」

「え?」

「父上は国王だ。使用人や騎士も大勢いるから、誰かが薬は必要になる。無駄じゃない」

「げほっ、げほ、げほげほげほっ!!」


 とんでもない幻聴が聞こえた気がしたのだが、聞き返してもやはり同じ回答が聞こえてきて、プルメリアは盛大に咽込んだ。

 

 王子様に助けられることを夢見ているうちに、本物のお子様の王子様を助けてしまうなど、誰が予想していただろうか!


 いや、それよりも問題は、ここまでのプルメリアの行動だ。


(『殿下』ではなく『ルドベキアくん』、さらに王子様相手に肩車、おまけにお小遣いの使い道についてのお説教……!)


 顔を青くしたプルメリアは、思わずその場に膝をついた。


「おいっ!? 気分が悪いのか!?」

「ご」

「ご?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 不敬罪とか勘弁してください私にはまだ幼い妹や弟たちがたくさん……!!」

「はっ!? っていうか目立つからそれやめろよ!?」


 やめろと言われても、プルメリアにも今後の人生がかかっているのだ。

 なんということをやらかしたのかと、思い、そのまま額を低くして謝罪する。


 その時だった。


「ルドベキア!」


 ルドベキアを呼ぶ、男性の声がそこに響いた。

 思わず下げていた頭をプルメリアが上げたのと、ルドベキアが「げ」と言って肩を震わせたのは同時だった。


 声の主だと思われる男性は、プルメリアより少し年上の青年だった。

 黒く短い髪に紫の瞳をした青年は、笑顔をひきつらせながらルドベキアとプルメリアの方に近づいてきた。すると、ルドベキアはあからさまに焦りを浮かべた。


「逃げるぞ、プルメリア!」

「逃げるって、ちょっと!」

「何するんだよ引っ張るな!!」

「なにするって、あれ、君、お迎えじゃないの!? なんで逃げるの!?」


 あの青年が誰なのか、プルメリアにはわからない。

 しかし青年の表情自体にはプルメリアにも覚えがある。

 あれは養護院の院長が怒るときに浮かべる笑顔と同種のものだ。『ここで逃げたらあとがまずい』と、本能が告げている。そして逃げれば説教が二倍、いや、四倍になると経験則から知っている。


「迎えは迎えだけど、絶対怒られるから逃げるんだよ!!」

「やっぱり! それじゃ余計にダメにきまってるでしょうが!!」


 そもそもここで保護者だと思われる男性を前にしてルドベキアと共に逃走すれば、プルメリアは誘拐犯だと疑われる可能性もある。

 すでに相手が王子様であろうが、プルメリアには言葉を訂正する余裕はなかった。

 青年はラフな格好をしているが、あの動きはおおよそ一般人のそれではない。無駄のない動きは軍人か、それに近い鍛錬を積んでいる人間だとプルメリアの目には映っている。だから絶対にルドベキアの言葉に従ってはいけない――そう、感じてしまった。


(不敬罪の上に誘拐犯とかホント勘弁……!! 私は平穏に過ごしたい……!!)


 しかし、思ったよりはルドベキアの力が強かったのか、それとも『王子様』に遠慮したプルメリアの力が弱かったのか、ルドベキアは立ち上がりプルメリアを振り切った。

 その拍子に体勢を崩したプルメリアは顔面を石畳にぶつけた。

 痛みはそれほどではなかったが、驚きで上げてしまったプルメリアの悲鳴を聞いてか、ルドベキアも足を止めて振り向いた。

 そうして目が合ったルドベキアにプルメリアは大丈夫だよと鼻の頭を抑えつつ笑うと、ルドベキアも安堵の息をついた。


 だが、そのほんの一瞬の隙だった。

 ルドベキアは青年に捕まり、小脇に抱えられていた。


「何で逃げてるんだ、今日は大人しくするって言ってただろ」

「いやぁ、そうだったかな?」

「ほう?」

「……すまん」

「すまん?」

「ごめんなさい」


 青年に睨まれて、おおよそ王子として扱われる様子ではない状態でルドベキアは目を反らしながら謝っていた。


「もう逃げないか?」

「逃げない」

「じゃあ、降ろすからな」


 宣言した通り、ルドベキアは降ろされても逃げなかった。

 それは約束を守ったというよりも、観念しているといったようにも見えた。

 それを確認した青年は、プルメリアの方に身体を向けた。

 そして、その手を差し出した。


「大変失礼いたしました。どうぞ」


 先ほどまでのルドベキアに対する態度とは一転し紳士的な言葉遣い、そして爽やかな笑顔にプルメリアは思わず顔に熱が集まるのを感じてしまった。そして人生で出くわしたことのない状況に気後れだってする。

 だが青年に手を差し出させたままにしておくわけにもいかず、おずおずと手を出した。 その手はすぐに引かれて、プルメリアは立ち上がった。


「すみません、少し強過ぎましたね」

「い、いえ」


 見惚れたことが原因で不覚にもよろめいてしまったが、青年はすぐにプルメリアを支えた。

 その上でプルメリアがしっかりと立つところを見た後は、さっと距離をとっていた。


「あの、ありがとうございます」


 年下の子供たちではなく、自分より年上の異性と距離が近いなんて状況に緊張せずにはいられないのに、この対応だ。顔の火照りはどんどんひどくなる。しかも、じっと見られている。


(って、じっと見られてる?)


 そして、どういういきさつでルドベキアと一緒にいたのかという疑問があるのかと、プルメリアははっと思い至った。逃走を阻止したとはいえ、殿下と一緒にいたというなら、理由を問われても不思議ではない。

 それなら先手必勝、先に偶然であっただけと言えば怪しまれなくて済むはずだ。


「あ、あの……!」

「大丈夫ですか? 鼻の頭、怪我してますね」

「え?」


 予想外の言葉に、プルメリアは思わず自分の鼻を押さえてしまった。

 すると、ちくりとした痛みが鼻に走った。どうやら本当に擦りむいててしまっているらしい。


(ちょ、なんでこんな紳士の前で格好がわるい姿を見せなければいけないの……!)


 ブーツが古いということよりも、余程かっこ悪いではないか、と、プルメリアは顔をそむけた。


「手当をさせてください。ルドベキアが原因なんですから」

「い、いえ、お構いなく」

「それはできません。……ほら、ルドベキアも早く謝れ。お前が巻きこんだんだろ」

「うん、それは悪かった。ごめん」


 居心地悪そうにおずおずというルドベキアを見たプルメリアは、反射的にルドベキアの目前に移動し、膝を折って視線の高さを合わせ、小さな頭の上に手を置いた。


「ちゃんと謝ったのは、偉いですね」


 焦った先程とは違い、今は相手が王子様であることを忘れていない。

 しかし、ルドベキアのしょんぼりとした姿は幼いきょうだいたちと同じような気がして、どうしてもフォローをしたくなる。そして上目遣いのなんとも言えない表情に、プルメリアの気持ちはほんわかとした。


 だが、それもそう長い時間は続かなかった。


 それは青年からの強い視線を感じたからだ。

 プルメリアは冷や汗をかいた。

 

(まずい、王子様相手に馴れ馴れしすぎたかな……? それともやっぱり誘拐犯の可能性を疑われてる……!?)


 仮に養護院の幼いきょうだいが見知らぬ人物といたのであれば、プルメリアも『なぜこの人はこの子と一緒にいたんだろうか』と疑問を抱くことだろう。ルドベキアは王子であるのだから、さらに警戒されても仕方がない。


(ルドベキア……じゃなくて、ルドベキア様の逃走を阻止しようとしたのも見てもらってたとは思うけど……いや、あれじゃよくわからないかもしれないし)


 それでも、プルメリアは胸を張って誘拐犯ではないと誓える。

 疑われている可能性があるのであれば先手必勝、先に偶然出会った旨を説明しよう――そう、思っていると、すっと青年の手がプルメリアのほうに伸びてきた。


 プルメリアは驚いて一歩下がったが、青年の手にはハンカチが収まっていた。


「申し訳ございません、これをお使いくださいとお伝えしようと思ったのですが……」

「あ、あの、こちらこそすみません」


 親切心からの行動に大袈裟なほど反応してしまったと反省しながらも、ハンカチを渡されるくらいの顔に汚れがついているのかと、プルメリアは内心焦った。


(でも、そんなことより……少なくとも王子様と関わりがある方のハンカチよ。なんか、高そう……!!)


 そう思えば、仮に汚れていたとしてもハンカチをかりるほどのものではない。

 だからプルメリアは袖で強引に顔を拭った。


「こうしておけば、汚れもへっちゃらです」


 プルメリアの行動に青年は目を丸くしたものの、一拍おいてその表情は緩やかになった。けれどそのままハンカチを引っ込めることはせず、強引にプルメリアの手に握らせた。


「あの……?」

「やはり、治療しましょう」

「え!? あの、本当に大丈夫です。それよりルドベキアく……じゃない、失礼、ルドベキア様がさきほど邪竜に遭遇されたので、私のことなんかより今日はゆっくりお休みしていただいたほうがいいかと……」

「あ、馬鹿っ!」

「邪竜……?」


 ルドベキアと青年の二人の声を同時に聞いて、プルメリアははっとし、焦った。

 慌てて口走った言葉は、まったく自分でも今言おうとしていたことではなかった。


「いえ、違うんです! 私別に素手で邪竜倒すようなことしてないんで……!」

「馬鹿、そうじゃないだろ! プルメリア、お前、何言ってるんだ!」

「……プルメリア様と仰るのですね。大変失礼いたしました。もしよろしければ、是非お話を伺いたいので、一緒にきてくださいませんか?」


 その時浮かべていた青年の笑顔は、先程までのものとは違い、明らかに『来ないわけないですよね?』と言っているようだった。

 にこにこと笑みを浮かべられているはずなのに、プルメリアは蛇に睨まれたカエルの気分を味わってしまった。


 もちろん、この後怒られるのは自分ではなく、ルドベキアだということはわかっていたのだが。





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