【17】課題は真剣に取り組みます
「ポーションって……また、ずいぶん広いご指定ですね」
「そうねぇ、できることなら青のポーションがいいけど、緑のポーションでもいいわ」
ジニアの言う緑のポーションは体力回復で、青のポーションは傷口を修復させる薬である。その効果は総じて材料のランクに左右され、仕上がったものの等級は細かに分けられる。
だからポーション自体は一般人でも作れるが、販売するには王都で行われる試験を突破する必要がある。その試験はプルメリアもまだ取得していない。
(ただ私、その試験を受けるつもりもなかったのよね)
その第一の理由は、仮に資格を持っていてもポーションは日持ちがしないため取り扱う店であれば専属の薬師がいるのが普通だからだ。そのためその材料を売るほうがよほど喜ばれるし、完成品は買取してもらうことが難しい。また、そもそもポーションを作るには薬草だけでなく水も、そして作る環境もしっかり整えなければいけないので、旅の途中で売れるようなものを作るのは困難なのだ。
(そもそも私みたいな庶民の感覚じゃお高いから、お金持ちか戦闘が必要になりそうな傭兵さんとか冒険者しか買わないってイメージなのよね)
それ以外の理由は、魔力の制御が必要になる薬であることだ。
プルメリアもこの世界で生きている以上魔力を持ってはいるが、うまく使えるかといえば話は別だ。そして仮にうまく使えるのなら、拳で邪竜を倒したりしていない。武闘派のイメージがつかないようもっと優雅に、魔導師のように倒したい。
もっともそこまでの実力者になれば国でも最上位を争える程であるし、そもそもポーションなど作らなくても直に回復できそうではあるのだが。
(それでも魔力制御が下手だといい薬草や水を揃えても薬効が下がっちゃって、勿体ないしなぁ)
だが、作ったことがないわけではない。
魔力制御の指導は一度も受けたことがないので下手だと自覚しているが、自己流でできないわけじゃない。ただ、果たしてそれで納得してもらえるのか――
「あ、ごめん。もしかして魔術は不得手?」
「作れないことはないと思いますが……」
「そう。じゃあ、薬草園から青のポーションになり得る薬草を選んで摘んできてくれる? それで、その草の名前をかいてくれたらいいわ。もともと、見分けがつくかどうかを知りたかっただけだもの」
つまりここの薬術師は皆魔術を習得しているということなのだろう。とんでもなくハイレベルな場所に来たのだと思ったが、それでも作ることが仕事ではない。魔力はないが、薬草の選択や見極めなら魔力が使えなくてもできることだ。
ただ……。
「えっと……その、館長さん。その、ポーション、作ってみてもいいですか?」
「作れるの?」
「ご満足いただけるものになるかわかりませんが、その、挑戦する機会は今までとても少なかったので……」
元々作ることを試験と考えていたのなら、材料を使っても問題はないはずだ。
「やる気ある子は歓迎するわ。ただ、そうね。失敗してもちゃんと薬草が選べていたか判断する必要があるから、ポーションを作るときに薬草を避けておいて、名前も書いておいてね。部屋はそこのドアが空いてるところを遣って。器具は自由につかってくれて構わないし、水は蒸留水を貯蔵器に入れているから。薬草園は私が連れていくから、そのあとは自由にね」
「はい! ……って、私、その間一人でやっていいんですか?」
「別に見てても見てなくても一緒でしょ? わからないことがあれば研究室の書物なら見ても構わないわよ。瞬時に判断できなくても、間違えないなら薬草を枯らすこともないでしょうし」
その言葉を聞いてプルメリアはほっとした。
臨時職員ということや人手不足も理由にあるのかもしれないが、想像よりも試験内容はずいぶん易しいようである。
(よし、がんばろう!)
そして言葉通り薬草園に案内された後は、自由にしてほしいということと、また呼びにくるときが制限時間というものすごく曖昧なことを言われただけだった。歓声をあげて薬草園を見たいとプルメリアは思ったが、時間がわからなければそれも少し我慢が必要になりそうだ。
「えっと……青の材料は、っと……」
薬草園には数多くの薬草がとてもいい状態で育てられていた。
中には一般的には野生でしか育たないと言われているものもあり、これも使っていいのかと驚いた。
「って、あ。緊張して、どんなポーションなのか、聞くの忘れちゃってたや」
どのくらいの等級を目指すべきなのか、何も指示は受けていない。
薬効が高いものなのか、それとも傷薬程度のもので構わないのか……プルメリアには判断しきれず、もう一度試験内容を思い起こすことにした。
(要は、ポーションっていうのは建前で、薬草の名前が全部いえるかどうかなのよね。使えない薬草を持ってきたりしないためにも名前を知っている必要もあるし、使える薬草ももちろんだし)
そう思えば、先程は楽だと思ったけれど、案外面倒な試験だと思ってしまった。
材料になり得るものは結構ある……と思われる。
「全部作るっていうわけにもいかないけど、合格のためには……とりあえず、見落とさないように全部薬草を見て、書いていくしかないか」
そしてプルメリアはせっせと薬草摘みを開始した。
ポーションを作るときに大切なことは、あくまでその薬草本体の効能よりも薬草が宿す魔力や生命力の高さが重要だ。プルメリアには魔力を感じ取って薬草を選ぶことは難しいが、どれに宿りやすいかということは全部暗記している。
「だからもう、あとは『この子がいい!』って思うものを選ぶしかないんだよね」
広い薬草園からは青のポーションになり得るものを選びきるのは大変だったし、ほんの一本ずつでも渡された平たいカゴひとつでは摘み切れず、結果的に研究室とも何度か往復することになってしまった。
しかしその道中は薬草に集中しなくてもよいため、どういうポーションを作ろうかということを考えることができた。
「よし。これだけの綺麗な設備で作れる機会なんて早々ないし……私の精一杯ができるように、がんばろう」
指定された薬草園の場所には、本当の希少種の薬草は存在しなかった。おそらく城にはあるのだろうが、試験に使っても問題ないと考えられる。
プルメリアはそれを決意すると、まずは採集してきた薬草に付箋を用意し、二つあるうちの一つの机に並べた。そしてもう一つの机に、プルメリアは使う薬草を選び、器具を用意した。使うための薬草は他の薬草とは違いある程度量を摘んできている。
「まずは乳鉢ですり潰して、少しずつ伸ばして行くんだけど……この薬草ってすごく苦いからえぐみを和らげないと緊急時に飲めないよね」
それならポーションの効果を上げる要素はなくとも、えぐみ取りの薬草も必要だ。
プルメリアはいくつかの薬草を丁寧に混ぜ合わせ、下準備を行った。練りあがった薬草を蒸留水と綺麗に混ぜる為の中和剤も作り、一呼吸を置いた。
「さて、本番かな」
そして、プルメリアは胸元からひとつの魔石を取り出した。
それはルドベキアを助けた時に入手した魔石であった。




