【14】噂はちょっと恥ずかしい
王都への帰還は再び憧れの空の散歩コース――とは、ならなかった。
竜馬は大地を歩くことも苦手にはしていないらしく、シオンを乗せた竜馬は悠々とプルメリアの隣を歩いていたが――プルメリアは緊張し、その様子をまじまじと見る余裕などなかった。
「ねえ、シオンさん。これ、本当?に大丈夫なの?」
「大丈夫だと思うけど、心配?」
そういっているうちに王都の城門まで辿りつき、プルメリアたちを見た門番すごい形相でプルメリアとシオン、そして竜馬――よりも、プルメリアが乗っているケルベロスを見て悲鳴を上げかけていた。
「大丈夫ですよ、危険ではありませんから」
「し、し、シオンさま……!?」
「彼女に懐いていますから」
シオンの提案は「もしかしたらケルベロスの姿を見た者もいるかもしれないけど、プルメリアが従えているように見れれば安心なんじゃないかな」というものだった。
いわく、普通なら心配されるかもしれないが、すでにプルメリアが邪竜退治を行ったプルメリアであれば安心されるだろうとのことで、実際にその予想は見事に当たっていた。
「見慣れない方でですが……ま、まさか……噂の邪竜退治の……!?」
今まで街を歩いていてもそのようなことを言われたことはないのだが、名声だけは広がっていたらしい。喜ぶべきか悲しむべきか迷うところでもあるのだが、シオンが見慣れない娘と一緒にいれば予想はできたのだろう。
平伏しそうな勢いの兵士にやめてくださいと叫び、そのままプルメリアは城門に入った。
人々はぎょっとしていたが、それでもシオンの顔が知られているからだろう、逃げ出すものはいなかった。
(シオンさんがそれだけ信用されているということなんだろうけど)
あまりに目立ちすぎる中、このままケーキを買いにいくのは辛いのではないだろうかとプルメリアは思ってしまった。
しかし逆に人々の視線を集めるネコマタは得意げで、プルメリアには鼻歌すら聞こえてきそうな気がしていた。
「やっぱりこの姿ってカッコいいってことなんだよね」
そう、小声で聞こえてきたが、プルメリアは違うと言っていいものなのか迷った。ネコマタの機嫌がよさそうだというのなら、今は勘違いさせておいてあげるのも優しさかなとも思う。
だが、その隣でシオンは笑った。
「これで噂はあっという間に書き替えられると思うけど、やっぱりこれじゃケーキ買うのは難しそうだね」
「えっ、ケーキないの!?」
「一回城に戻った後に来るって方法もあるけど……多分、今日中は質問攻めに合いそうだから、調理場に何かないか聞いてくるよ。ホールケーキは明日にでもプルメリアと買いに行ったらいいんじゃないかな」
「えっ、二日も連続で食べれるの!? その方がいい!」
シオンもルドベキアで子どもの扱いには慣れているせいもあるのか、ネコマタもすでに懐いている。プルメリアも助かったと思ってしまった。ネコマタ分の食料も買えていないが、ひとまず今日は食事を半分ずつ食べてオーランの実で腹を満たすことにしようと決意した。
そして城まで注目を集めながら街を歩き、人目のないところでネコマタは猫の姿になり、プルメリアの肩に乗りあがった。
「歩くの疲れた。今度は私がここで運んでもらうからよろしくね」
「……なんでもなれるのね」
これはきちんと教育しないともっとひどい悪戯をしかねないと、プルメリアは固く姉としての決意を固めた。
「じゃあ、ここで一回解散しようか」
竜馬から降りたシオンはプルメリアにオーランの実がたくさん入ったカゴを渡した。
「これ、ビオラにももらっていいんだったよね」
「あ、うん。……お願いできる?」
「もちろん。ありがとう。あとでケーキ、持っていいくから」
そしていくつかの果実を抱えたシオンは竜馬を引いてその場から去ろうとした。
「「ありがとうー!」」
相談したわけではなかったが、同じ行動をおこしたプルメリアとネコマタにシオンは振り返って笑い、そして再び歩き始めた。
「あの人、いいお兄さんね」
「本当に。って、あ」
「どうしたの?」
「貴女にも、名前ってないの?」
「私はチビって呼ばれてたけど、もっと違う名前がいい」
なるほど、まだきちんとした名前はつけてもらってなかったのかと
「いい名前考ようか」
「プルメリアよりいい名前、つけてね!」
「うーん、それは難しいけど、いい名前は考えておくね」
そうプルメリアが返せば、ネコマタは全力で尻尾を振っていた。
(シオンさんにお仕事紹介してもらえることにもなってたけど……まずは、この子の名前ちゃんと考えなきゃね)
人生初の名付けをどうするか考え、プルメリアは唸りながら部屋に戻った。




