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【12】噂の黒い影

 空を気持ちよく駆ける竜馬に乗っていたのはほんの短い時間だった。

 すぐについてしまった目的地は木漏れ日にあふれすがすがしい気持ちになれる場所だった。小川を挟むように森があるこの場所は、初めて来た時から不思議と落ち着けるところであるはずだったのだが、人生初の飛行に感動していたプルメリアはそれどころではなかった。


「酔わなかった?」

「全然!!」


 なんと素晴らしい体験をしてしまったのかと、ひたすら感動に打ち震えていた。


「人生の中で片手に入るくらいの感動を味わったから、もう今月いっぱいこれだけで幸せかもしれないや」

「そこまで?」

「だって! シオンさんにはわからないかもしれないけど、田舎じゃ竜馬を見ることすらなかったんだから!!」


 それが乗ることまでできたのだ。感動しないわけがないと、プルメリアは全力で主張したい。


「ごめんごめん。からかったわけじゃないんだ。ただ、私も初めて乗ったとには似たような反応してたことがあったって、ちょっと思い出して面白かった」


 しかしちょっとと言ったわりには、笑うのを全力で我慢している……いや、すでに笑っているがこれ以上笑うことは止めようと努力しているようにも見えた。プルメリアは口をとがらせた。


「一緒なら笑わなくてもいいじゃない」

「ごめんごめん。でも、お詫びに帰りはもっと遠回りして帰ろうか!?」

「え、本当!?」


 もので釣られた自覚は多少はあるが、欲望には勝てなかった。そして、そのように言われた今なら多少厚かましいことも言えるのではないかと思ってしまう。


「ねえ、ついでに……もしも、もしも私の故郷の弟妹たちが王都に来たら、ちょっとだけ竜馬を見せてもらえないかな。ほんと、ちょっとでもいいから!」


 自慢をする気も満々だが、やはり弟妹たちが喜ぶ姿を思い浮かべれば少し願ってみたいことだった。


「いいよ。それくらい。時間があるときだったら簡単に飛ぶのもね」

「ありがと! ホント太っ腹ね!」


 これで自慢だけでなく喜ばせることもできると思えば、そのうち養護院に一度顔を出すためにもしっかり稼がねばとプルメリアは改めて気合いを入れた。


「どんな薬草を今日は集めるんだ?」

「ひとまず塗り薬かな。そろそろ日焼けの季節になるから、アフターケア用の保湿剤とか結構売れるはずなのよね。だから、その辺りの薬草を集めるの」

「へぇ」

「あとはオーランの実を収穫しようと思うの。前に来た時はまだちょっと早かったんだけど、今ならきっとおいしいと思うし、もしよければビオラ姫のお土産にもなるでしょう? シオンさんも荷物持ちしてくれるって言うなら、凄く安心だもの」


 プルメリアの言葉にシオンは目を瞬かせ、そして笑った。


「それくらいならお安い御用だよ」

「ありがと」


 その言葉で二人は同時に歩きだした。

 前を歩くのは目的地を選ぶプルメリアで、その少し後ろをシオンが続いていた。ただ、プルメリアもまっすぐ歩くというわけではない。


 目的のもの以外にも岩場に欲しい草が見えればすぐに駆け寄るし、何かがあるかもしれないと思えば草をかき分けて様子を探るし、とにかく最終の目的地であるオーランの果樹まではなかなか辿りつかない。けれどこれも大事な仕事である。


「その花は?」

「これは二日酔いに効く薬が作れるわ。飲み過ぎる予定があるなら、用意しとくよ?」

「まあ、それを遣わなくても済むように努力するよ。そっちは?」

「これは虫さされの後に使うの。結構臭いけど、効果は抜群。まあ、ちょっと買取価格は安いんだけどね。それでも結構人気な草なんだけど、こんなにごっそり生えてるなんて、噂の影響かな?」


 そんな風に話をしながら進んでいると、やがてシオンが小さく唸った。


「どうしたの?」

「いや……やっぱり、プルメリアの様子を見ていると誘わないほうがいいのかなって」

「え?」


 何の話かと尋ね返せば、シオンも肩をすくめた。


「『実は小マンドラゴラを持っていた殿下の恩人は何者だ!!』って薬術館でちょっとした騒ぎになっていて。それで旅の薬草売りの薬師だって知ったら、薬術師長が『あんな人が働きに来てくれたら幸せなのになぁ』って……」

「え……? お、お城のお仕事に……?」

「っていっても、大した仕事じゃないから頼みづらいって皆も言ってたから、気にしないで。非常勤で薬草園の手入れの手伝いをしてくれる人を探してるんだ。薬草の知識がある程度ある人がいいんだけど、本来業務についていたものの病気が治るまでっていう不確定な期限付きとなると、なかなかね」

「ちなみに……ご病気は?」

「腰らしい。しばらく安静にしてないといけないから、って。もうご老体だから、余計に無理は禁物だしね」


 なるほど、と、プルメリアは頷いた。

 確かにまったくの素人であればうっかり薬草を枯らしてしまったということにもなりかねないのかもしれない。だが、いつまで働けるのかわからないとなると、転職を考える者もおおくはないのだろう。

 だがそれは現在、そしてこれからも特定の仕事の予定がないプルメリアには関係ない懸念だ。むしろ、気になりすぎるとも言える話である。


「ち、ちなみに……それって、お給金いくらくらいなの?」

「え? もしかして、興味ある?」

「うん、すごく……!」


 プルメリアに雇われる仕事の経験は人生にまだ一度もない。だからこそ、非常勤とはいえ王城での仕事がどれほどなのかは気になった。


(もしも非常勤で働けて、安定した収入がある中でお休みの日に薬草収集したらすごくもうかるんじゃない!?)


 それなら街に部屋を借りたうえで送金を続けることだってできるかもしれない。

 例え手入れというのが水やりだったとしても、ある程度条件を付けているようなのだから驚くほど給金が安いということもないはずだ。


「わかった。戻ったら、一度条件を聞いて、伝えにいくよ」

「ありがとう……!」

「でも、プルメリアなら本当に城で働くより稼げそうだけど。無理はしなくていいからね」

「全然無理はしてないから!」


 シオンは少し自分のことを買いかぶり過ぎだとプルメリアは思ってしまった。だが、シオンの表情からはそれが上手く伝わったのかどうかはわからなかった。


 そしてそうこうしているうちに、目的地であったオーランの果樹へと辿りついた。

 やはり他の場所と同様にあまり人が近づいた様子はないのか、果実は見事においしそうに実っていた。ただ、果樹は背が高い。手を伸ばして取れるというものではなく……。


(登るのは何の問題もないって思ってたけど、ちょっとシオンさんがいるのは問題かもしれないかな……!!)


 一応スカートのプルメリアがこの場所から木に登るのには色々と問題があるだろう。

 後ろを向いてもらうよう頼むべきかと思った時、シオンはごく自然にプルメリアに剣を手渡した。


「はい、ちょっと持っててね」

「え?」

「登るから。上から投げたの、受け取ってね」


 そしてためらいもなくするすると木に登るシオンを見てプルメリアは唖然とした。


(え、登れるの!? 登れるの!?)


 いや、運動神経が良さそうなので、登れないと断定していたわけではないのだが、弟妹たちならともかく、品の良い顔だちをした青年が当たり前のように木を登っている姿はどうも違和感が満載だった。


「投げるよ、うけとって」

「あ、うん」


 投げて受け取っても問題ないものだが、落としてしまえばせっかくの果実が潰れてしまう恐れもある。プルメリアは慎重に構えていたが、シオンの投げ方はうまくプルメリアが何もしなくても果実は無事手の中に吸い込まれた。


「おいしそう」

「食べるのは後回しにして、次も投げるよ。まだまだあるからね」

「あ、うん!」


 全部取りつくすつもりもないが、カゴがいっぱいになるくらい収穫してもなんら問題もないだろう。


 そうして無事収穫をし終えた後、プルメリアとシオンはオーランの実を皮ごと頬張った。口に広がる甘さとみずみずしさは、姫君の口に入ってもきっと気に入ってもらえるものだろうと思える素晴らしいものだった。


「カゴもいっぱいになったし、一応これで今日の用事は終わりかな?」

「うん。……でも、たぶんそれ重いから、やっぱり私が持つよ」

「何言ってるの。私は荷物持ちで来たんだから、プルメリアが持ったら意味がないでしょ」


 そう言いながらカゴを持つシオンに、プルメリアは少しだけ申し訳なく思ったが、シオンが「代わりにもう一つ、オーラン食べるから」と言ったので、笑ってそれを受け入れることにした。


「シオンさんってホント優しい人ね」

「それ、きみに言われたらお世辞にしか聞こえないな」

「え、どういう意味!?」


 本気でいったのに、なんでそうなる! そう、プルメリアが思った時だった。

 シオンとプルメリアは同時に後ろを振り向いた。


 後ろから今まで感じなかった気配を感じた――それは、シオンも同じだったのだろう。


「黒い、影……?」

「プルメリア、ちょっと下がって」


 カゴを置き、剣を抜いてシオンは一歩、二歩と前に出た。

 プルメリアは徐々に近づいてくる影をシオンの後ろから目を細めて見つめた。


 やがて現れたのは死の国の番犬ともいわれる、ケルベロスだった。




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