【11】空を飛ぶのはロマンです
無事ルドベキアを納得させ帰した後、プルメリアは差し支えなければと、咳止めが使えないかどうかという話をしていた尋ねてみた。曰く、今日のビオラはさほど状態が悪い訳ではないのだが、たまたまルドベキアが訪ねたときに咽込んでしまっただけらしい。
ただ、ビオラは前回風邪を引いてからこじらせたこともあるので、ルドベキアも心配したようだった。
だが、それでもプルメリアは約束通り小マンドラゴラをいくつか手渡すことにした。
小マンドラゴラなら、ビオラが本当に苦しい状況になっても助けになることは間違いないし、ルドベキアにあげると約束したものだ。大丈夫そうだからと引っ込める気もない。
「よし、じゃあ改めて……採集に行きますか!」
そう、両頬を叩いて気合いをいれたときだった。
後ろから駆け足で近づいてくる音が聞こえた。
「プルメリア!」
「シオンさん?」
「ちょっとルドベキアのこと、薬師たちから聞いて。ごめん、あれが早とちりしたみたいで……」
「気にしないで、優しいお兄ちゃんだもんね」
ルドベキアもおそらく小マンドラゴラの本当の珍しさは理解できていないと思うが、知ったら知ったで、今度は誰かが困っているときに助けられる子になってくれたらそれで満足だ。
「ただ、薬草の希少さを考えればやはり最低でも買取が妥当だと思う」
「もともとなくても大丈夫だって聞いてるのに、押し売りになっちゃうからいらないよ。それに、私もたまたま入手した……というか、運よくもらえただけだし」
いくらマンドラゴラといえども一部分でも欠ければその価値は大きく下がってしまうが、一応今だって売れないというわけではないのだ。それでももう売らないと決めたのは、どうせ最高額で売れないのであれば自分で使うように持っておこうと決断できたので、助かったと思えるくらいだ。確かに残念だと思う気持ちがゼロではないのは確かだが、働いてまた稼げばいいし、何より養護院の弟妹たちと同じように慕ってくれるルドべキアのことはプルメリアも大切だ。
「それに、最初思っていたよりも、もう長い間宿も提供してもらってるし。一流ホテルに泊まったことすらなかったのに、こんなに贅沢させてもらえてるのに、お礼もしなければ失礼だし」
「……いや、それはそもそもきみがルドべキアを助けたお礼だから気にすることじゃないんだけど。きみは本当にお人よしなんだね」
「だって、本当に偶然手にしたものだもの。幸運を分かち合うことで天罰がくだるなんてことはないはずだし……そもそも、あれだってシオンさんが東の森をおしえてくれたから手に入れたんだよ。だから、シオンさんにも御礼言わなきゃいけないやつだし」
そうだ、シオンも小マンドラゴラの入手のきっかけをくれたのだ。
改めて「ありがとうございました」と礼を言うとシオンは頭を掻きながら笑った。
「そっか。……その荷物、今から採集に向かうの?」
「え? うん。レィテナの小川に行くつもりだったんだけど、もう馬車の時刻過ぎちゃったかな」
それならそれで致し方ないことなのだが、新たに向かう場所も少し悩むところでもある。東の森への馬車も次まで時間があるだろうし、かといってほかの場所も考えていなかったので地図もろもろが準備できていない。
ただ、今日の目的だったオーランの果実を入手できれば、のどに痛みを覚えているというビオラ姫にも役立つはずだと思うと、プルメリアもすぐに諦めることはできなかった。
「……レティナの小川?」
「うん。……どうかしたの?」
「いや、昨日街で聞いた噂だから明確じゃないけど、気になることがあるから私も一緒に行くよ」
「え、でも、シオンさんお仕事は?」
「休み」
「え、でもお休みは休まなきゃ!」
「従弟を気遣ってくれた相手に感謝くらい示させて欲しいかな。荷物持ちくらいならできるし」
「そんなことさせられませんって……!」
「鍛えてるから、大したことないよ。それに、竜馬がいるから空を飛べばすぐに到着できるよ」
「竜馬……!?」
それは、プルメリアにとっては憧れの存在だ。
たしかに馬の一種ではあるが、竜の翼と尾を持ち空を駆けることができる稀なる存在など、現実には見たことがなかった。乗せてもらえるのならぜひとも乗って、帰省したときには妹弟たちに自慢したい。
だが、そう思う反面、やはりシオンに有休をとってまで荷物持ちをさせるなど、どう考えても申し訳がなさすぎる。
だが、断ろうとしてふと流してしまったことがあったことを思いだした。
「ところで、気になることってなんなの?」
「どうも小川付近に大きな影がうろつくっていう話が街の中で流行っているらしい。具体的な目撃者の名前が複数あるから魔物が棲み付いたのかと思ったけど、それにしてはやけに具体的な被害がない。だから見間違いかデマの可能性もあるけど、もしものことがあってはいけないから、一度確認に行きたいんだ」
「大きな影?」
魔物も大きければ大きいほど対処しにくいことが増えるのがほとんどだ。
だから噂として流行るくらい見るような大きな影であれば、被害者がいないのも確かに不思議だ。東の森の件のように村が言い損ねたというようなことがなければ、すぐに申し出ることができるはずの距離だ。
「噂が噂を呼んで怪談話に……?」
「それもありうると思う。だから止めるのもどうかなと思うんだけど、なにかあったら心配だし、それも含めての荷物持ちかな。一応腕もたつつもりだし」
その言葉を聞いたプルメリアは感動した。
(私が素手でドラゴンを倒したのを知ってるのに、なお心配してくれるなんて……シオンさんってなんていい人なの!!)
現場は見られていないとはいえ、ルドベキアがことあるごとに懇切丁寧に状況を説明してくれたものだから、たとえ素手の部分を誇張だと思ってもらえたとしても、少々のことでは心配などされないのが普通だと思っていた。それなのに、いち一般人として扱ってもらえることにプルメリアは感激した。まるで姫の待遇を受けた心地さえした。
(それを除いても……お休みなのに噂を本当か確かめに行くっていうの、まじめだなぁ)
このように真面目な姿は純粋に尊敬するし、加えて久しぶりに人と出かけるということが少し楽しみになってきた。
「じゃあ、竜馬のところまで行こうか」
「よろしくお願いします!」
そして何より、初めて乗る竜馬に心臓は高鳴りっぱなしだった。




