【10】見かけで判断しちゃいけません
細長く多量にある花弁をひとつひとつ丁寧に手でほぐしながら、プルメリアはぶつぶつと言葉を紡いでいた。
「売るべき、置いとくべき、売るべき……」
そして花弁が最後の一枚になった時、プルメリアは目を見開いた。
「最後の一枚が半分欠けてるのって、セーフなの!? アウトなの!?」
むしろこれは保留せよということなのか?
項垂れたプルメリアは花のガクと茎そして半分虫食いでかけた花びらを一式同じようなものが積み重なった浅いカゴに放り込んだ。
この薄紫色の花は薬としてはほとんど効果がないものだ。けれど苦くて安い茶葉にこの花びらを乾燥させて砕いて加えれば、苦味が和ぐ上にコクが出る気がするのだ。今の生活には不要だが、再び旅に出るなら溜めておきたい品である。
「……そうなんだよね、ありがたく王様のご厚意に甘えているけど、そろそろ『いつまでいるんだろう』って不安になったりするんだよね」
もともと『城に泊まれるなんてラッキー!!』くらいの気持ちであったが、いつまでも大きな顔をして滞在するのもどうかとも思う。
「でもせっかく地図も買ったし、結構薬草も稼げてるし、ちょーっとまとまったお金があれば街で部屋を借りるのもできなくないはずなんだよねぇ……」
プルメリアも養護院を出てからは根無し草の旅人で、一か所にとどまるようなことはしてこなかった。むしろ、少しでも稼げる話を聞けばすぐに移動するようにしてきていた。だが、久々にルドべキアやシオンと友人のような関係を築けたことに後ろ髪をひかれる思いをしている。もともと大勢の中で育ってきているので、久しぶりに親しく話せる相手に巡り合えたことが嬉しいのだ。
「小マンドラゴラを売れば余裕で部屋くらい借りれるし仕送りもできるけど、これだけ貴重だとあとで欲しいって思っても手に入らないし、売るとしてもいろいろ値段をみてから考えないと損しちゃうかもしれないし……」
そしてどうしたものかと思って花占いをしたところで、結果は不明といった具合だ。
「大事なことは自分で考えなさいってことなのかな」
ひとまず花弁の処理は完了したので、プルメリアは採集用のカゴと、綺麗な箱の中に収めた小マンドラゴラを用意した。今日は王都の南側にあるレティナの小川に向かうつもりだ。小川は森を抜けるように流れており、東の森とは植物の種類がかなり違う。中でも前回訪ねたときにたまたま見つけたオーランの果樹がそろそろ食べごろになっていることだろう。皮をむけば果実が溢れ出す、そんなみずみずしい食べ物はプルメリアの好物で、養護院にいたときもそれを収穫するためだけに木登りを会得したほどだった。
「帰りに薬草店に寄って売値でも聞こうかな。たぶん、どうせ値段なんかつかないしオークションとかいわれそうだけど……」
売値を聞けば持っているとすぐにばれるので、売ってないかということや買うとしたらいくら必要なのかと尋ねるつもりではある。そうすればきっと大体の売値はわかるはず。それも参考にしながら考えようと、プルメリアは部屋を出て、城も出ようとしたときだった。
「あれ……ルドベキアくん?」
何やらせわしない動きをする小さな姿を認め、プルメリアは思わず声を出した。それは決して大きな声ではなかったが、ルドベキアは大げさなほど肩を上げてからあわただしい動きで振り返った。
「プルメリア、探してた……!!」
「え?」
真剣なルドベキアの表情からは、けっして遊ぼうといったような誘いでないことは瞬時に悟ることができた。
「どうしたの?」
「いまビオラが咳で苦しそうで……でも、続けたら薬は負担になるって……なぁ、プルメリアも薬師なんだろ? なんか、いいのを知ってたりしないのか? 医者は大丈夫だっていうんだけど……なんとかなったほうがいいと思うんだ」
ルドベキアの説明だけでは、正直なところあまりよくわからないというのが正解だ。プルメリアにとってわかるのは、ルドベキアが強く妹の心配をしていることだけ。
(でも、お姫様に対する診療よ。適当なことをしているわけじゃないのは確実だし、むしろ姫様の状況を知らない私が勝手に何かを取り出すのも悪影響しかない)
だが、それをそのままルドベキアに言うのはためらわれる。
せめて何か代わりに気が紛らわせられるもの――そう思ったが、プルメリアは今の自分の所持品を思い出した。そう――万能薬の小マンドラゴラだ。
(売るかどうか迷ってたし……たぶん咳とかで、しかもお医者さんが大丈夫っていってるならほんのひとかけらだけでも大丈夫だと思うし……!!)
完全な状態でなければ商品価値がけた違いに下がるので、売ることはできなくなる。しかし、万が一のために持っていてもいいと自分でも思っていた品物だ。何より苦労して見つけたわけではなく、たまたま天から舞い降りた幸運を掴んだだけというものだ。
それなら、幸せのおすそ分けをしてもかまわないはずだ。
(お金なら、また働いて稼げるはず……!)
プルメリアはそう自分に活を入れ、そしてカゴから箱を取り出し、ルドベキアが見つめる中ふたを開けた。
その瞬間、ルドべキアは叫んだ。
「うわっ、何それ気持ち悪っ!!」
「気持ち悪ってなによ、気持ち悪いって!! すごい薬草なんだからね!!」
「どこがだよ、それ絶対呪いの品だろ!?」
先ほどまでの神妙な様子はどこにいったのか、ルドべキアは心のそこから叫んでいた。
確かに小マンドラゴラは先日収穫した時よりも水分が抜けて、更におどろおどろしいものになっているのはプルメリアも認めるところだ。だが、魔力たっぷりのこの小マンドラゴラの力はそのおぞましくなった見かけなど関係ないほど素晴らしいのだ。
「こんなモン、ビオラが食べたら余計具合悪くなるだろ……!!」
「そんなことないっていうの! 薬師の私を頼ってるんでしょ!?」
「こんなゲテモンだしてくるって想像できないだろ!!」
「あー、わかった! じゃあ、私の主張とルドベキアくんの主張のどっちが正しいか、王宮薬師様に判定してもらいましょう!」
「それでだめって言われたらお前諦めるんだな!?」
「あたりまえでしょう!!」
ならば早くいかねばと言わんばかりの勢いで、ルドベキアはプルメリアを薬術師の集まる薬術館へと案内した。
そして――そこにいた薬師はプルメリアの持っている小マンドラゴラを見て絶叫した。恐怖の悲鳴だと聞きまごうほどの声であったし、プルメリアからすれば小マンドラゴラを引き抜いたときよりも恐ろしい声に聞こえたが、その表情はどう見ても歓喜であった。
「この材料を? まさか使っていいなんて……!! え、親指のサイズももらっていいんです!?」
その勢いにはルドベキアもプルメリアの後ろに隠れるほどであったが、それでも無事にプルメリアが言っていたことが本当であったとは信じたらしい。
薬師の興奮具合に怯えて背に隠れながらもプルメリアの服を引いて、『ごめん……』と、小さく呟いていた。




