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モザイクが間に合わない!  作者: 川堀 不統一
7/9

ドラマがクイズ番組になった

 42


 翌日の話。場所は室内。二日続けての屋内ロケとなる。いつもどおりいつもの時間に集まってきた役者陣。

「おはようさん、みなさん」

 挨拶する仏滅。

「おはようさんはいいんですけど」

 と先負。

「けど?」

「なんなんですか、これは?」

「セットだよ」

「分かりますよ。このセットはなんなんですか?」

 先負が指摘するセットはこんなのだ。ブースが2つあり、それぞれに簡単な押しボタンスイッチがある。そう、まるで―

「クイズ番組じゃないですか」

 まさに、早押しクイズのセットであった。

「僕たちが出るのドラマですよね」

「そうだよ」

「クイズ番組じゃないですよね」

「そうだよ」

「え?『磯山浩介』って、クイズ関係ないの?」

 一人次元の違うことを言っている友引。

「友引さんは黙ってて」

 話がややこしくなりそうなので、先負は友引を制した。

「クイズ番組じゃないなら、なぜこのセットを」

「昨日だって、リングだったじゃないか」

「そうですけど」

「必要だからそうした」

「必要なんですか?」

「そうだ。必要だからそうした。それだけだ」

 仏滅はそう答えているが、先負は腑に落ちていない様子だ。本当に大丈夫なのだろうか、という表情を浮かべている。

「細かいことは気にするな」

「そうそう」

 なぜか友引も相槌をうつ。

「いいなあ、気楽そうで」

 こういう性格の人間がうらやましい。


 43


 撮影が始まった。回答席には友引と先負。

「問題。日本一高い山は?」

 どこからともなく現れた司会者が問題を読み上げる。彼も役者なのだろう。ものすごい勢いでボタンを押す友引。

「富士山」

「正解」

 どや顔を見せる友引。いや、こんな問題でどや顔されても。

「では、日本一深い湖は?」

 またすごい勢いで押す友引。

「琵琶湖」

「不正解」

「え。違うの?」

 違うに決まってる。

「正解は田沢湖でした」

「そんな湖。聞いたこともねーよ」

 聞いたことぐらいはあるだろう。

「では、日本一大きい湖は」

 またすごい勢いで押す友引。

「今度こそ琵琶湖」

 ブブーと不正解のブザーが鳴る。

「え。なんで?」

「残念。この問題には続きがありまして、日本一大きい湖は、琵琶湖ですが、では二番目に大きい湖はどこでしょう?というものでありました」

「なんだよ、それ。卑怯じゃねーか。ズルじゃねーか」

 別にずるくはない。古典的な問題だ。

「この勝負、勝てるな」

 先負は勝ちを確信した。友引はイメージどおりクイズが苦手なようだ。一方の先負はクイズが比較的得意な方である。よくクイズ番組も見る方で、いつかは素人参加型のクイズ番組に出たいとも思っていた。

「日本で一番大きい湖は」

「琵琶湖じゃないんだろ、早く続けなよ」

 ぐっとこらえる友引。

「琵琶湖ですが、世界で一番大きい湖は何でしょう?」

 どうやら問題のレベルもたいしたことないようだ。

「何じゃそりゃ?外国に湖あるの?」

 対戦相手はもっとたいしたことないようだ。先負は自信をもってボタンを押した。

「カスピ海」

「正解」

「おーやるじゃないか、先負君」

 仏滅は驚いた様子。

「カルピス海?カルピスが海になったのか」

 友引は別のところに驚いた様子。

「どうってことないさ」

 言葉とは裏腹に先負はどや顔。鼻からフンスと荒い息が出ている。


 44


「山形県」

「ナトリウム」

「ウィスコンシン州」

「フェルマーの最終定理」

 これ以降も順調に正解を重ねていく先負。

「????」

 もはや問題文すら理解していない友引。

「さて、現在9対1で先負さんがリード。この対決は10点先取で勝利となります。これで決まってしまうのか?」

 司会が言う。

「ぐぬぬぬ」

 歯ぎしりをする友引。

「では、問題。これはなんと読むでしょう?」

 手には『山葵』と書かれたフリップ。これに素早く反応し、ボタンを押したのは友引。

「やまあおい」

 ブブーとブザーが鳴る。

「正解はワサビでした」

 くそっ、分かっていたのに。先に押せなかった。リーチなのに。あと一問なのに。悔しがる先負。お前がアホな間違いをしなければ、と思わず友引の方を見る。と、友引は不敵な笑みを浮かべていた。まさかとは思うが…。

「では、次の問題。世界で一番狭い大陸はどこでしょう?」

 正解はオーストラリア大陸。先負が答えようとする直前に、友引がボタンを押す。

「アメリカ大陸」

 ブブーとブザーが鳴る。

「正解はオーストラリア大陸でした」

「ちぇっ、いっけね。間違えちった」

 明らかに悔しがっていない。悔しがる素振りを見せているだけだ。間違いない。このクイズにはお手付きがない。ペナルティーなしに次の問題に移る。すなわち、いくらリーチがかかっている状態であったとしても、解答権を得られないかぎり永遠に勝利することができないのだ。つまり、友引は先負の勝利をつぶすために、わざと先に押して誤答しているのだ。

「なんというせこい女」

「なんとでも言え」

 余裕の表情である。だが、一つだけ必勝法がある。それは―

「世界で」

 問題文が読み上げられた直後に、突如ボタンを押す。そして―

「何だろう?」

 押してから考える。目には目を。早押しには早押しを。これぞ必勝法。名付けて、友引封じ!だが、この友引封じには一つ欠点があった。

「いやマジで。何か分からん」

 問題文は「世界で」のみ。ここから問題文を推測しなければならない。答えだけではなく問題文も考えなければならない。あまりコスパがよさそうな必勝法ではないが、友引を封じるためにはこの方法しかない。問題文は推測できる。これまでの出題傾向を考える。問題のレベルはたいしたことない。地理の問題が多かった。そして、前の問題と関連した問題が出ることが多い。直前の問題は「世界で一番狭い大陸はどこでしょう?」というもの。となると―

「ユーラシア大陸」

 先負は、問題文を「世界で一番広い大陸はどこでしょう?」であると推測した。ので、正解はユーラシア大陸。どうだ?

 が、正解のチャイムではなく、鳴ったのはブザー。残念。誤答だ。

「問題文は、『世界で一番広い島はどこでしょう?』というものでした。したがって、正解はグリーンランド」

 そっちだったか!先負は拳をたたきつける。

「どやさ」

 友引は得意顔。お前は何もしていないけどな。気を取り直して次の問題に移る。

「では、グリーンラ」

 そこで、押したのは先負。友引は驚いた表情を見せて先負は見た。さて、ここでやはり困ったことがある。

「ぜっんぜん分からねえ」

 先負はヤマ勘で押していた。さっきと同じだ。とにかく友引よりも先んじて押さなければいけない。そして、押してから考える。

「うーむ」

 頭をフル回転させる先負。問題文を推測する。問題文は『では、グリーンラ』であった。『グリーンラ』に続くのが「ンド」であるのに間違いない。

「ここで注目するべきは『では』なんだよなあ」

 問題文の頭に『では』が付いていた。

「問題文に『では』が付いているときは、前の問題の内容を踏まえていることが多い」

 クイズ番組が好きな先負は、経験的に分析した。

「では、前の問題の内容はどういうものだったのだろうか?」

 思い出してみる。確か『世界で一番広い島はどこでしょう?』という問題だったはずだ。正解はもちろんグリーンランド。なので、『では、グリーンラ』という問題文はやはりグリーンランドに関する問題で間違いない。グリーンランドに関する問題。どういうものがあるのだろうか。問題のレベルはさほどではないところを見ると、それほどマニアックなものを訊いてくるものではないはずだ。

「さあ、答えは!?」

 やばい。司会者が答えを促してきた。もう制限時間いっぱいだ。考えろ。そして思い出すんだ。これまでの問題を。傾向を。

 そのとき、ふと先負の頭にひらめくものがあった。ひらめいたと同時に発声していた。

「オーストラリア」

 さあ、正解か、不正解か。どっちだ?

 永遠に感じるほどの時間ののちに司会者から出た言葉は、

「正解。答えはオーストラリアでした」

「おおー」

 これには友引も驚く。

「すごい。どうして分かったんだ」

 興奮気味に仏滅も驚く。

「なんとなくです」

 先負は頭をかきながら言った。

「勘だったんですか」

 司会が尋ねる。

「勘と言えば勘なんですが」

 先負が答える。

「前の問題の答えがグリーンランド」

「はい」

「その前の問題の答えがオーストラリアでした」

「ふむふむ」

「だから、オーストラリアは一番小さな大陸。グリーンランドは一番大きい島。この二つのうちどちらの方が大きいか、という問題だと思ったんです」

「なるほど。実際、問題文は『では、グリーンランドとオーストラリア、広いのはどちらでしょう?』というものでした」

 司会が言う。

「おおー」

 また歓声があがる一同。

「よく分かったな」

 仏滅が感心しながら言った。

「まぐれみたいなものです」

 先負は謙遜しながら言った。

「すごいね」

 これには友引も舌を巻く。

「よく言う」

 先負は呆れながら言った。

「そもそも友引さんがしょうもない妨害をしてくるから」

「あれ?そうだっけ?」

 とぼける友引。

「ひどいよ。ルールの隙間をついて、永遠に僕をあがらせないようにしていたんだから」

「ルールの粗をつくのも、重要な戦略」

 友引は悪びれずに言う。

「あんな欠陥ルールにした主催者が悪い。誰だ、こんな企画を考えたのは」

「私なんだが」

 仏滅ディレクターが言った。

「あらあ、そう?」

 慌てる友引。

「ルールに穴があったのは確かだ。そこは改善しないといけないな」

 仏滅が反省して言った。

「そ、それに、私のおかげで先負君の潜在能力が覚醒したわけなんだから。いいじゃない」

 友引が取り繕うように言った。

「別に潜在能力でもなんでもないよ。かなりの賭けだったんだからね」

 所詮ただの勘だ。今回はたまたま正解だったが、いつも上手くいくかは分からない。

「とはいえ、友引君対先負君の勝負は君の勝ちだ」

 また、嫌な予感のする言い方だ。まだ続きがあるような―

「これで終わりじゃないよ。今のは予選」

「予選」

「そう。前哨戦」

 前哨戦だと。本チャンがあるのか。

「本戦に進むための予選だよ」

「本戦ですか」

「ここからが本当の闘いだ」

「私は噛ませ犬」

 友引が言う。

「残念ながら」

 仏滅はあまり申し訳なさそうに言った。

「噛ませ犬」

 少し友引は落ち込んでいるようだ。今回ばかりはいい気味だ。対戦相手としてあまり歯ごたえがなかったのは確かだが。

「ここからはすごいよ」

「すごいんですか」

「なんせ、プロを連れてきたからね」

「プロ?」

「そうだ、クイズのプロだ」

「クイズのプロ」

 クイズのプロってどんなだろう。

「どうぞ」

 仏滅が呼んだ。

「どうも」

 一人の男が現れた。やたら筋肉隆々とした男だ。この男がクイズのプロとはどういうこ

とだ。

「紹介しよう。彼は久井津(くいづ)津久留(くる)

「久井津だ。よろしく」

 久井津と紹介された男は会釈をした。会釈を返す友引と先負。

「彼はクイズ番組の問題作成をしている」

「問題作成」

「クイズ作家だ」 

「クイズ作家」

 友引と先負は顔を見合わせた。

「なんだ、不思議そうな顔をして」

「いや…」

「クイズ作家という職業があることを初めて知りまして」

「そういうことか」

 仏滅は頷いた。と、

「あーん!?てめー、クイズ作家を知らないとはどういう了見だ、てめー」

 久井津は怒り出した。

「え、あの」

 しどろもどろになる先負。

「てめーら、クイズ番組を見たことねーだろ」

「いえ、ありますよ」

「じゃあ、なんでクイズ作家を知らないんだよ」

「いや、それは」

 友引もタジタジだ。

 そんな二人を見かねた仏滅が言う。

「そりゃ、知らんだろ。クイズ作家は裏方だし」

「裏方仕事でも俺たちのことは知っといてもらわねーと」

 そうとうご立腹のようだ。

「クイズ作家とはその名のとおりクイズを作る人のことだ」

「クイズ番組のですか」

「そうだ。放送作家が作る場合もあるが、本格的なクイズ番組では、専門のクイズ作家が問題を作る」

「ぐへへ、俺は偉いんだ。インテリだ」

 久井津は黄色い歯を見せながら胸を張って言う。全然、インテリには見えない。

「まさか、この人が」

 先負が震えながら言った。

「君の本戦での対戦相手だ」

「げ」

 げげーっと言いたかったが、また久井津を怒らせそうなので、なんとか言葉を押し殺した。昨日の地下格闘家集団に続き、怖そうな人との対戦が続く。

「大丈夫。今度はクイズだ。昨日のような痛い目を見ることはないだろう」

 先負の気持ちを察してか、仏滅が言った。

「俺は暴力は嫌いだ。なんせ、インテリだからな」

久井津は服を脱いだ。上半身は裸。ムキムキっと筋肉美を見せつける。ここまで言葉と行動が一致していない人も珍しい。


 45


 撮影が始まる。先ほどと同じような回答席ブースに二人の回答者がいる。先負と久井津。久井津の上半身は裸。

「ルールは先ほどと同じ10問先取です」

「ルールが一緒だと」

 早速、久井津が異議を唱えた。

「は、はい。そうですけど」

 司会が声を震わせながら言う。

「さっきの兄ちゃんと姉ちゃんの闘いを見て何も学ばなかったのか」

「え」

「ルールに明らかに欠陥があったろ」

「あ」

 先ほどの二人の闘い。お手付きに何のペナルティーもなかったばかりに、友引が先負に勝たせないようにワザと先に押して誤答をするという卑怯な戦略をとっていた。

「お手付きにペナルティーがないとダメなんじゃないのか」

「あ、えっと」

 司会は慌てふためく。こんなことは台本にないので、焦っているのだろう。

「お手付きは一回休み。これでいいだろ」

「いいんですか?」

 司会は、仏滅にお伺いをたてる。仏滅は両手で大きく「〇」をした。

「ディレクターから許可をもらいましたので、それでいきます」

「ったく、司会のくせに自分の独断で番組を回すことができねーのか」

 だって、本物の司会じゃないし。

「では、気を取り直して問題いきましょう」

「ちなみに今回の問題作成に俺は関係していないぜ。俺が関係していたらインチキだからな」

 当たり前だ。

「問題。日本で一番大きい都道府県は北海道ですが」

 久井津がここで押した。周りからは歓声があがった。くそ、やられた。と先負は思った。

「岩手県」

「正解」

「よゆーよゆー」

 久井津が胸を張って言った。

「典型的なですが問題だな」

 ですが問題。なんじゃそりゃ。

「〇〇は△△ですが、□□は何でしょう、といった文章構造でできている問題のことだ。なんだ、こんなことも知らねーのか」

 知らん。

「でも、確かによく見かけるタイプの問題ではあるな」

 先負は感心しながら言った。

「今の問題は、『日本で一番大きい都道府県は北海道ですが、二番目はどこでしょう』とという問題だったんだろう。だから正解は岩手県。前半の『日本で一番大きい都道府県は』だけ聞いて北海道と答えたら誤答。言わば、ひっかけ問題だ」

 なるほど。

「でも、久井津さんは前半部分だけで、岩手県と回答した」

「俺はクイズのプロだぜ。ですが問題であることを予測して答えたってわけだ」

 これはすごい。

「流石クイズのプロ」

 強敵になりそうだ。

「どんなもんだい」

 胸をそらす久井津。上半身は裸。

「続いて第二問」

 問題は続く。

「『吾輩は』」

 ここでボタンを押したは久井津。そんな馬鹿なとばかりに驚く一同。

「夏目漱石」

 こう答えたが、果たして正解は。

「正解」

 またまたそんな馬鹿なとばかりに驚く一同。

「なんで分かったんですか」

 先負は驚きを隠せない。

「知りたい?どうしても知りたい?知りたい?知りたいってか?」

 そこまでは知りたくない先負。でも知りたいと言わなければ何されるか分からなかったので

「知りたい」

「どうしようっかなあ。企業秘密だからなあ。こちとら、クイズのプロ。クイズで飯を食ってるんでねえ」

 もったいつける久井津。

「知りたいです」

「うーん、迷うなあ。あまり教えたくないなあ」

 値打ちをつける久井津。

「じゃあ、やっぱりいいで」

 す、と言い切る前に久井津が割り込んできた。

「そこまで言うんだったら、俺も鬼じゃない。教えてやろう」

「はあ」

 なんだこいつ。

「嬉しいだろう?嬉しいだろう?ん?ん?」

「う、嬉しいです」

「ハッピーだろ?」

「ハッピーです」

「ハッピハッピーだろう?」

「ハッピハッピーです」

「ハッピハッピーだあ!」

 片手を突き上げる久井津。

「ハッピハッピーだあ!」

 片手を突き上げる先負。

 怪しい宗教みたいになってきた。

「ハッピーだあ!」

「ハッピーだあ!」

「ハッピーだあ!」

「あの、これあと何回やるんですか」

「4回ぐらい」

「4回も」

 4回繰り返した。

「さて、そろそろいいだろう」

「はい、教えてください」

 先負は、少し息が切れている。

「早押しクイズで勝つにはどうすればいいか分かるか?」

「たくさん正解することです」

「それは当たり前だ」

「やっぱり」

「どうすればたくさん正解できるか分かるか?」

「うーん」

 先負は腕を組む。

「早く押すこと、ですか」

「そのとおり」

 久井津はうなずく。

「できるだけ早く押す。そして、正解する。それが、早押しクイズの鉄則」

「文字通り早押しなわけなんですね」

「そういうことだ」

「でも、具体的にどうすればいいんですか?」

 先負は訊ねる。

「そう、そこが問題だ」

「教えてほしいか」

「教えてほしいです」

「ハッピハッピーだあ!」

「ハッピハッピーだあ!」

「ハッピハッピーだあ!」

「あの」

 すごい顔でにらむ久井津。

「ハッピハッピーだあ!」

 死にそうな顔で片手を突き上げる先負。

「そこまで言われたら仕方ない」

「はい」

 依然、死にそうな顔をしている先負。

「さっきの問題はどういうものだった」

「はい、『吾輩は』でした」

「その続きは?」

「そこで、久井津さんが押したので続きは分かりませんでした」

「そうだ。これこそ早押しの極意」

「というのは?」

「相手が問題文を理解するよりも先に、自分は問題文を先読みして答える。こうすれば、自分が早押しに負けることはない」

「なるほど」

 先負はうなずく。

「で、そのやり方だが」

 もったいぶった言い方。先負は片手を突き上げようとした。

「いや、ハッピハッピーだあ、はもうやらない」

 やらんのかい。

「『吾輩は』で思いつくものに、どういうものがある?」

「…」

 先負は腕組みをして考えている。が、

「吾輩は猫である、ぐらいですね」

「そうだ」

  久井津は得意満面に言った。

「『吾輩は』で始まるものと言えば、『吾輩は猫である。名前はまだない。』という書き出しで始まる小説の作者は誰でしょう?」という問題文が先読みできるわけだ」

「だから、『吾輩は』の段階で押せた」

「そういうことだ。飲み込みが早いな、兄ちゃん」

 久井津はガハハと笑った。理屈は分かった。理屈は分かったが、

「これって、かなり上級者向けですよね」

「そうだ」

 久井津は真顔に戻って言う。

「俺はクイズのプロだからできる。むしろ、問題文を最後まで聞くまで答えが分からないのは恥だ。でも、お前たちは違う」

「僕たちはそこまで高度なことはできません」

「ああ。お前にはそこまでは求めていない」

「そうなんですか」

「お前は雑魚だからな」

「雑魚」

 雑魚は落ち込んだ。

「そう気を落とさず」

 聞いていた仏滅が言葉を投げかける。

「いきなりは無理だ。少しずつでもクイズに慣れていくようにすればいい。そうすれば、自然と早押しができるようになる」

「そうなんですか」

 雑魚は復活した。

「いいや、お前には無理だ。お前は雑魚だからな」

「雑魚」

 久井津の容赦ない一言。再び雑魚は落ち込んだ。

「雑魚だったら雑魚なりにやればいい。なんせお前は雑魚だからな」

「雑魚なりに」

 その言葉に反応する先負。

「どうせ、お前は雑魚だ。クイズの雑魚だ。だから、クイズのプロである俺にこのまま完封されて負けても恥ずかしくない。なんせ、お前は雑魚だからな」

「雑魚だから、プロに負けても恥ずかしくない」

「そうだ。お前は雑魚だからな」

 これでもか、というほど煽る久井津。

「このままでは終わりません」

「なんだ」

 驚いた顔をする久井津。

「僕に少し時間をください」

「時間」

「はい。今このまま続けでも僕は惨敗でしょう。でも、2時間。2時間だけ時間をください。きっとあなたといい勝負ができるでしょう」

「俺といい勝負だと」

「はい」

「クイズのプロである、この俺と」

「はい」

「2時間で何をする」

「特訓をします」

「特訓」

「クイズの特訓です」

 一瞬理解するのに時間を要した感じだったが、

「プッ、ハハハ、そりゃあいい」

 久井津は大笑いしながら言った。

「じゃあ、いったん勝負はお預けというわけだな」

「はい。お願いします」

「2時間後、楽しみにしているぜ」

 久井津はいったん去っていった。

「2時間で大丈夫なのかい?」

 不安そうに仏滅が言う。

「時間がおしてるんでしょ」

「そりゃそうだけど」

「短い時間で頑張るしかない」

 先負は真顔で言った。

「それにしても、本当に大丈夫なのかい」

「分かりません。やってみるしかない」

「私に何かできることはない?」

 友引が言った。

「とりあえず、本屋に行ってありとあらゆるクイズの本を買ってきてくれないか?」

「分かった」

 友引は走った。

「では、私は」

 仏滅が言った。

「とりあえず、ありとあらゆるクイズ番組の録画を持ってきてくれませんか?」

「分かった」

 仏滅は走った。

 ディレクターをパシらせる先負。勿論、先負も何もしないわけではない。座禅を組み、瞑目した。

「いや、これでは何もしていないのと一緒だ」

 自分でツッコミながら立ち上がる。

「僕も勉強だ」

 とはいえ、クイズの勉強なんて何をすればいいんだろう。分からない。皆目見当もつかない。

「そうだ。ケータイで」

 自分のスマホを取り出し、検索を始める。クイズの必勝法を調べられるはずだ。案の定、クイズ王が早押しクイズの攻略法について解説しているブログが見つかった。

「これだ」

 おおむね、先ほど久井津から聞いたことを中心に書かれていた。確かに、何も知らないよりはましだが、これだけでは久井津との決定的な差を埋めることはできないだろう。とすると、知識をがむしゃらに詰め込んでいくしかないわけだが、

「僕は勉強が苦手だ」

 勉強が苦手だから役者になったようなものだ。

「がむしゃらにやるのは非効率」

 なにせ、与えられた時間は2時間。何をするのにも、中途半端で終わりそうだ。やるとしたら、何かに特化しないといけない。

「特化するとしたら、何に特化すればいいんだろう」

 先負は考える。

「今までの出題傾向を考えよう」

 何か解決策があるかもしれない。一問目からの出題を思い返す。地理関係の問題が多く、難易度はそれほどでもない。そのとき、ふと思いつくものがあった。

「これは」

 いい方法かもしれない。

「ディレクター」

 仏滅を探したが、すぐに自分がパシらせたことに気づいた。

「そうだった」

 早く戻ってこないかなあ。

「戻ってきた」

 戻ってきたのは友引。

「なんだ、友引さんかあ」

「なんだとはなんだ」

 不満顔の友引。

「失礼。ディレクターを待ってるんだ」

「仏滅さんを?」

「そう」

「買ってきたよ、言われたやつ」

 両手にはわんさかと本の包み紙が。

「これはすごい」

 目を丸くする先負。

「こんなにたくさんは読めないな」

「片っ端から読め」

「それでは効率が悪い」

「じゃあ、どうするの」

 友引が問う。

「ディレクターに訊いてみるのさ」

「ディレクターに?何を?」

 友引が訊いたときに、ようやく仏滅が戻ってきた。

「ふう、たくさん手に入れてきたよ」

 両手にはわんさかと録画テープの袋が。

「これはすごい」

 目を丸くする先負。

「どれだけ役に立つか分からないが」

 息をあげている仏滅を制し、先負が言う。

「時間があまりありません。効率よくいきます」

「効率」

「はい」

「どうするつもりなんだね?」

「一つ訊きたいことがあります」

「私にかい?」

「ええ、むしろ、ディレクターじゃないと分からないことかもしれません」


 46


 二時間後、場所は同じ。久井津は腕組みしながら不敵な笑みを浮かべている。

「二時間経ったぜ」

「はい」

「約束の時間だ。準備はできているか」

「はい」

「準備できていなくても、始めるんだけどな」

「十分準備はできました」

「たった二時間で何ができる」

「何かはできます」

 珍しく強気な先負。

「見せてもらおうか。たった二時間の成果を」

 クイズが再開された。

 司会者が問題を読む。

「マンガ『あした天気になあれ』で、主人公がショットするときの」

 ここで、押したのは久井津。

「チャー・シュー・メン」

「正解」

 正解だった。ぐぬぬ。だが、これは完全にノーマークの問題。できなくとも仕方ない。これは、素直に久井津をほめるしかない。

「では次の問題」

 ここからが本番。

「世界で一番深いみ」

 何も考えずに先負はボタンを押した。

「え?」

 友引は驚きの声をあげる。

 ここまでの問題を分析した結果、答えはこれであっているはず。

「田沢湖」

 頼む。正解であってくれ。一瞬が長く感じる。一呼吸あって司会者が言ったのは、

「正解」

 よし。ヤマ勘が当たった。周りから歓声があがる。

「すごい」

「なんで」

「さっきまであんなにへっぽこだったのに」

 誰だ、へっぽこって言ったのは。

「なぜ分かった」

 これには流石の久井津も驚きの様子。

「教えてほしいですか?ですか?」

「少しな」

「んー、どうしようかなあ。ただで教えるのもなあ。対戦相手だもんなあ。敵に塩を送るのはなあ」

 先負は調子にのっている。

「じゃあ、いいや」

 そっぽを向く久井津。

「え?教えさせてくださいよ」

「そこまでして教えてほしくない」

「そんなこと言わずに」

「いや、別に」

「僕、頑張ったんですよ」

 先負は、頑張ってますアピールをしたがる男だった。

「うざ」

 本音が漏れる友引。

「じゃあ、一つだけ条件」

 久井津は条件をつける。

「はい」

「右手を突き上げて」

「突き上げて」

 これは、ものすごいデジャビュを感じるんだが。

「声高に叫ぶんだ」

「声高に」

「ハッピハッピーだあ!」

「ハッピハッピーだあ!」

「ハッピハッピーだあ!」

「ハッピハッピーだあ!」

「ハッピハッピーだあだあ!」

「ハッピハッピーだあだあ!」

 これが延々と繰り返された。

「よし、聞いてやる」

「ハアハア、ありがとうございます」

 先負は既に息も絶え絶えだ。

「で、どんな手を使ったんだ」

「はい。問題作成者について調べたんです」

「問題作成者だと」

「さきほど、久井津さんが、『この問題は自分が作っていない』と言っていたんで、じゃあ誰が問題を作ったのか気になりまして」

「ほう」

 久井津はうなるように言った。

「どうやって調べた」

「ディレクターに訊きました」

 先負は仏滅の方を見ながら言った。

「仏滅さんに?」

 仏滅は決まりが悪くなったように頭をかく。

「仏滅さんに訊いたら、この企画の問題はプロのクイズ作家が作ったわけではないとのことでした」

「手抜きなのか?」

 久井津は血走った目で仏滅を見た。

「人件費カットだよ」

 仏滅は答えた。

「ドラマ内のクイズに本物のクイズ作家を使うわけにはいかない」

「そりゃ、分かるが、こっちは本気でやってるんだ。そっちも本気で問題を用意してほしかったぜ」

 久井津はぼやいた。

「問題作成者は確かに素人だが、素人なりに本気で作成してもらった」

「ただ、やっぱり素人なんです」

 そこで話すのは先負。

「どうしても問題に偏りが出てしまう」

「偏り。確かに偏っていた」

 腕組みをしながら久井津は言った。

「そう。このクイズ、明らかに問題に偏りがあった。だから、問題作成者は久井津さんのようなプロではなく、素人なのではないのかと思ったんです」

「なるほどな」

「そこで訊きました。誰がこのクイズの問題作成者なのかを」

「で、誰だったんだ」

「赤口剛さんでした」

「赤口さんか。このドラマの脚本家の」

 久井津は驚いて言った。赤口剛。このドラマの脚本家。仏滅にこきつかわれているちょっと可哀相な人だ。

「赤口さんだということが分かったところで、何か対策は打てるのか」

「赤口さんの出身大学と学部を調べました」

「調べた?」

「はい。それを仏滅さんから聞き出すのは、フェアじゃないんでネットで調べたんですけど」

「そうか。赤口さんレベルの人だったら、ネットで最終学歴ぐらいは簡単に調べられそうだな」

 久井津は言った。

「勿論、俺もネットで出てくるけどな」

 聞いてない。

「学歴なんか調べてどうする」

「学歴を調べると少なくとも得意科目は分かります。文系なのか理系なのか」

「得意科目」

「はい。苦手分野で大学に進学するとは考えにくい」

「ふむ」

「赤口さんは、地理学専攻でした」

「地理学」

「だからどうしても、地理関係の出題が多くなってしまう」

「確かに多かったな」

 久井津はうなずく。

「そして、出題内容は日本や世界で一番○○なもの、もしくは、ですが問題で二番目に○○なものを問う問題が多かった」

「…」 

「ここまで出題範囲を絞ればあとは調べればいい。ネットで。闇雲にいろいろなものに手を出すよりも効率がいいってわけです」

「ふむ」

 久井津はまたうなずいた。

「ずるいといえばずるいですが。二時間でできることと言ったら、この程度です」

 先負は久井津にお伺いをたてるように言った。さて、どのような反応が返ってくるのだろうか。

「やるじゃねえか」

 久井津はニカッと黄色い歯を見せながら言った。

「え」

 予想しない反応にたじろぐ先負。

「俺も正直二時間で何ができると思っていた。でも、お前は二時間の間でちゃんと効率の良い勉強をした」

「多少ズルもしましたが」

「いいってことよ。強大な敵と戦うときは、多少のズルをしないと勝てないものだ。正攻法じゃダメ」

 意外と寛容だった。ていうか、自分のことを強大な敵と言っちゃってるのは気にしないでおこう。

「少しは歯ごたえが出てきたな」

「そうですか」

「ああ。このあとが楽しみになってきたぜ」

 張り合いが出てきたようだ。

「少しは俺のステージに近いところまで上がって来てもらわないと困る」

「どこまで近づけたか、ですけどね」

「まったく変わっていなかったら、ボコるぜ」

 上半身裸の肉体美を見せながら、久井津は不穏なことを言った。

「では、二人とも回答席に戻ってくれ」

 仏滅がうながす。

「言っとくが手加減はしないぜ。俺は手加減と湯加減が一番嫌いなんだ」

 上手く言ってるようで、全く上手く言えていないことを言いながら久井津は自席に戻った。

「手加減は無用」

 そういいながら先負も戻った。

「では、次の問題」

 司会者が言った。

「来い」

 先負が意気込む。

「空飛ぶ飛行物体UFOの」

 ボタンを押したのはまたもや先負。

「Unidentified Flying Object」

「正解」

 歓声が上がる外野。

「すごい」

 驚く仏滅。

「かっこいい」

 思わず言ってしまう友引。

「早いな」

 流石の久井津も舌を巻く。

「なぜ分かったかというと」

 聞かれてもいないのに喋りだす先負。

「赤口さんはオカルトマニアです。UFOとかUMAとかそういうのが大好きなんです」

「そうだったのか」

 仏滅も知らなかったよう。

「あとで冷やかしておこう」

 こうやって、どんどんいないところで赤口の個人情報が露になっていく。

 クイズは続く。一進一退の攻防。

 得点は9対9となった。

「なんと得点は9対9」

 司会者は、先負の思わぬ善戦に驚いている。

「ハアハア、やるじゃねえか」

 なぜか息を切らせながら、久井津が言う。

「ゼエゼエ、そちらこそ」

 なぜか息も絶え絶えに先負が言う。

「泣いても笑っても最後の問題」

 司会者が場を盛り上げる。

「問題。パンはパンでも、食べられないパンはなーんだ?」

 ボタンを押したのは久井津。

「フライパン」

 間が空く。そして、ファンファーレが。

「おめでとうございます!久井津さんの勝利です」

「最後はなぞなぞかよ!」

「なぞなぞと言うな。ひらめき系クイズと言え。どんな問題でも答える。それが真のクイズ王」

 ムキムキっと上半身裸の肉体美を見せながら久井津が言った。

「負けた」

 肩を落とす先負。

「でも、頑張ったぞ」

「そうよ。大健闘よ」

 そう言ってくれるのは仏滅と友引。

「ああ、ここまで俺が追いつめられるとは思わなかった」

 手を差し伸べながら、久井津が言った。

「いい勝負だった。久しぶりに楽しかったぜ」

「久井津さん」

 がっつり握手を交わす二人。

「でもな、ただで帰すにはいかねえ」

「え」

「勝負に負けたんだ。それ相応の罰ゲームは受けてもらわないとな」

「罰ゲーム」

 聞いてないぞ。

「仏滅さん」

 先負は仏滅に助けを求めた。

「いいんでない。面白そうだし」

 意に介さなかった。

「流石、仏滅さん。話が分かる。では、小道具さん、お願い」

 久井津は、小道具係に声をかけた。呼ばれた係員は二つのくす玉を持ってきた。直径70センチぐらいの馬鹿でかいくす玉。くす玉にはそれぞれ「A」「B」と書かれている。嫌な予感が。そもそも罰ゲームである以上、嫌なことしか起きないわけだが。

「事前に準備していたんだ」

 久井津は胸を張って言った。準備が良すぎる。

「今から問題を出す。A・Bの二択だ。答えだと思う方のくす玉を割れ。正解だったら、紙吹雪が、間違いだったら水が玉から出てくる。慎重に考えるんだな」

 やっぱりそういうことか。

「罰ゲームだが、救済措置を入れてやった。どうだ優しいだろう」

 本当に優しかったら、罰ゲームなんかさせない。

「番組的に面白いね」

 仏滅は目を輝かせて言った。この視聴率主義者め。まあ、テレビ番組を作る人だから仕方ないか。

「さあ、罰ゲーム用の問題です。問題は二択問題」

 司会者が言った。ちゃんと準備していたのね。

「次のうち、富士山より高い山があるのはどっち?A:韓国、B:台湾」

「やっぱり地理的な問題かよ」

 赤口がやっつけで作ったことが分かる。しかし、いい問題だ。分からない。韓国?台湾?韓国は半島だし、台湾は島国。あまり高い山がある印象はない。もっとも、日本も島国だけど。

「これは分からん」

 悩む先負。

「じっくり考えてもいいぜ」

 久井津はそう言った。

「じっくりったって」

 問題は二択。全然分からない問題をじっくり考えてどうかなるとも思えない。こうなりゃ勘でいくしかない。

「A」

 先負は答えた。

「なぜ、そう思われますか」

 司会者に訊かれた。

「勘です」

 そう答えるしかない。

「勘ですか」

「勘かよ」

 司会者と久井津が吹き出しそうな顔をしている。勘で悪いか。最後に頼れるのは己の勘のみよ。

「それでは正解と思う方のくす玉の下へ」

 先負はつかつかとAのくす玉の下まで行く。

「えいやと引っ張ってください」

 先負はくす玉から出ている紐を引っ張った。不思議な重みを感じた。嫌な予感がする。直後、先負の頭に大量の水が降り注いだ。

「あっはっはっは」

「がっはっはっは」

 周りは笑いに包まれる。どうやら不正解だったらしい。

「最後の最後でやってくれるぜ」

「でも撮れ高的にはこれでいい」

 久井津と仏滅は好き放題言ってくれる。ここは、出演者的にはオッケーということにしておこう。


 47

 

 そのあともどんどんと撮影は続いていく。様々な障害に阻まれるが、友引と先負はなんとかそれらを乗り越えていった。内容はもはやドラマとは言えないようなものになっていったが、代役でやりきるには仕方ないということなのだろう。

 そんなこんなで撮影はひととおり終わることになった。

「ありがとう。なんとか終わったよ」

 仏滅は言った。

「君たちのおかげだ。間違いない。ありがとう」

 仏滅は頭を下げながら言った。

「いえ、別に僕たちだけの力ではないですよ」

「100パー私たちのおかげ」

 同時に先負と友引が正反対のことを言う。

「でも、大丈夫なんですかね、この内容で」

 先負が不安げに言った。

「多分、ダメ」

 仏滅はしょげ返りながら言った。

「ちょっと、やりすぎちゃった」

 ちょっとどころではない。

「あとは野となれ山となれだ。今日は浴びるように酒を飲んで寝よう」

 ディレクターがそれ言っちゃダメなんじゃないの。

 こうして撮影が終わり、一同が引き上げていく。友引と先負も撤収だ。

「どうだった?初主演の感想は」

 先負が友引に訊く。

「初主演と言っても、なんちゃってだけどね」

 友引が自嘲気味に言う。

「まあね」

「でも、楽しかった」

 満面の笑顔の友引。

「思ってたのと違う形だけど、これがドラマの撮影なんだな、って思った。『今、私はドラマに出てるんだ』って思った」

「視聴者からの反響が怖いけどね」

「でもいいんじゃない。クレームばかりでも。それで私たちの名前が有名になれば、仕事が増えるかもよ」

「炎上商法ってやつか」

「そういうことね」

 有名になるためには手段を選ばない。それぐらいのハングリー精神が芸能界に求められるのかもしれない。でもそれでいいのだろうか。自分はこのような形で売れていっていいのだろうか。先負は自問した。

「売れていない人間の考えることじゃないな」

 どういう売れ方をするかは、売れている人間の考えることではないか。売れていない人間が売れ方を心配するなんて、まさに捕らぬ狸の皮算用。心配するようなことではない。売れてから考えればいい。

「さて、どういう反響になりますかね」

 友引は楽しそうに言う。

「一番いやなのはどういう反響?」

「んー、何の話題にもならないことかな」

 友引が言う。確かにここまでやったんだ。やり過ぎるほどやったんだ。何の話題にもならないのは悲しい。

「でも、別にいいじゃん。先負君も楽しかったんでしょ、撮影」

「うん、楽しかったよ」

 楽しかった。それは嘘偽りのない本当の気持ち。

「楽しかったならいいじゃん」

「いいの」

「いいよ。自分が楽しめるのが一番なんだから」

「自分が楽しむことか」

「そうだよ。反響なんてどうなるか分からないんだから。どうなるか分からないことなんて考えても仕方ない。自分の気持ちがどうだったかということが、一番重要なことなんだよ」

 なるほど、いいことを言う。

「そうだね」

「じゃ、オンエアを楽しみにしますか」

「どういう感じになるんだろうな」

 楽しみでもあり、不安でもある。

「そこらへんは、仏滅さんの腕の見せ所よね」

 編集は、ディレクターに任せるしかない。


 48

 

 そして、月日は流れオンエアの日になった。

 場所はいつもの事務所。大安・友引・先負・三隣亡。いつものメンバーだ。

「どうなっているんでしょうね」

 三隣亡はそわそわしながら言う。

「分かりませんね」

 友引が言う。本当にどうなっているか分からない。映像作品は編集次第でどうとでもなるからだ。

「楽しみでもあり、不安でもある」

 そういうのは先負。

「一視聴者の気持ちで楽しみましょう」

 そういうのは友引。

「始まるぞ」

 大安がそう言った。いよいよ時間だ。いつもどおりのオープニング。でも、中身はいつもどおりではない。そう分かっているのは一部のものだけ。大多数の視聴者は、いつもどおりの原作に忠実な「磯山浩介」が始まると思っている。そう考えると妙な背徳感を感じてしまう先負であった。

「ここからか」

 先負がそう言ったのは、滝行シーンからだった。

「こんなことやったの」

 三隣亡が目を丸くする。

「そうですよ」

 不機嫌そうに言う先負。ひどい目に遭った。そりゃ不機嫌にもなるというものだ。もうちょっと出演者のことを考えてほしかった。

そのあとも、次々とシーンは進む。

「へー」

「ほー」

 感心しながら声をあげる大安と三隣亡の二人。

「おー」

「うーん」

 なんとも言えない声をあげる友引と先負の二人。

 実際に撮影を経験したものとしていないものとの差である。

 ほとんど編集されずに使われているようだ。おそらく編集している暇などあまりなかったのだろう。したがって、二人の顔も丸出しである。前回のように回転モザイクや擦りガラスモザイクなどもない。完全に別人がやっていることがバレバレである。そのあたりはうまいことシナリオで補われている。すなわち、磯山浩介と御壺寧々にあこがれるそっくりさんが、磯山浩介と御壺寧々のような人間になるために奮闘するという話になっている。滅茶苦茶である。

「これはこれでありかも」

「前代未聞のストーリー展開だ」

 大安と三隣亡が言う。確かに前代未聞である。悪い意味で。

「今までにないドラマを求めている人にとってはいいかもよ」

「流石、仏滅さんだ。上手いことまとめた」

 確かに上手いことまとめられているとは思うが。

「ただ、これが『磯山浩介』なのかと言われるとどうなのかってところですね」

 そう、それが問題なのだ。

「ファンが怒るかも」

 怒りそう。

「スポンサーも怒るかも」

 怒りそう。

「別にお前たちが直接怒られるわけじゃないんだから、気にするな」

 大安は友引たちに言う。

「気にしますよ」

 先負は言う。直接怒られるかどうかが問題なのではない。自分が出た以上、評判が気になるのは当たり前だ。

「客観的に見てどうだった?」

 大安が先負に訊いた。

「客観的」

「そうだ。客観的に見て面白かったか?」

 面白いか面白くないかで言えば

「面白かったです」

 自分と無関係だったら、率直に面白かったと言えそうだ。予想ができない展開。今までにない展開。シュールな展開。悪くはない。

「友引さんは?」

「面白いね。特に私の出ているシーンは」

 自画自賛をする。

「俺も面白かったと思うぞ」

 大安は言った。 

「急な出演だったが、よくやった」

「私もそう思います。あの少ない時間で、よくここまでのものを仕上げてくれました。感謝します」

 三隣亡も言った。

「自信を持っていい。お前たちは、面白いドラマを作った」

 大安が珍しくほめる。思わず、友引と先負は顔を見合わせた。

「これは素直に受け止めていいんですよね」

「皮肉で言ってるわけではないんですよね」

「当たり前だ。皮肉を言う必要がどこにある」

 大安が苦笑しながら言った。

「手放しでほめてるんだよ」

「それなら自信を持っていいかも」

 先負が言う。

「持っていいよ」

「持ちます」

 先負はようやく自信を持ち始めたようだ。

「私も持ちます」

 友引が言う。

「お前はもう少し謙虚になってもいいぐらいだ」

「え?そう?」

 とぼける友引。

「ともかく、今日の出来なら心配はいらないさ」

「ならいいですけど」

 そんなこんなで今日のところは引き上げとなった。

 で、評判はどうだったかと言うと。

 

 大変な大評判だった!今までにない演出。ぶっ飛んだストーリー。ドラマのはずが、途中からクイズ番組になるという独創性。SNSでバズった。バズりまくった。

 勿論、原作完全無視な内容なので、原作ファンからしたら賛否両論だったわけだが、原作を知らない者にとっては、非常に斬新な内容であった。


 49

 

 そんな感じで最終回まで放送は進み、最終回の視聴率は25パーセント台の大ヒット作となった。

「いやあ、めでたいめでたい」

 いつものオフィスにいる一同。三隣亡が満面の笑みを浮かべてビールを飲んでいる。身内でちょっとした祝勝会をしている真っ最中だ。

「ほんにめでたいめでたい」

 三隣亡はご機嫌だ。

「ちょっと飲み過ぎでは」

 大安が心配する。

「いいんですよ。こういうときじゃないと飲めないんですから」

 強気の三隣亡。普段フラストレーションをかなり溜め込んでいるようだ。

「まあ、今日ぐらいはいいんじゃないの」

 と言う友引。

「そうそう」

 あまり普段飲まない先負も言う。

「色々ありましたからね」

「ああ、色々あった。めちゃくちゃ色々あった」

 ドン、グラスを机に置きながら三隣亡が言った。

「よく頑張ったよ、君たち」

「頑張りました」

「頑張りました」

 友引と先負が声を揃えて言う。

「社長も頑張ったと思いますよね」

 三隣亡が社長席を振り返りながら言った。

「まずまずだな」

「またまた」

 三隣亡が大安のもとにビール瓶を持ちながら近づく。

「ほんとはめちゃくちゃ頑張ったと思ってるんでしょ」

「二人ならこれぐらいやれると思っていたさ」

 大安は三隣亡に注がれたビールを飲みながら言った。

「私が見込んだ二人なんだから」

「そこは、自分の眼力の高さではなく、単純に二人の能力をほめたたえるところですよ」

「いや、私の眼力の方がすごい」

 素直になれないおっさんである。

「まあ、社長はいつもこんな感じだし」

「めんどくさいよねえ」

「だから、他にタレントが付いてこないんだ」

「ただ単にギャラが払えないだけなんじゃね」

 二人にボロクソに言われる大安。

「違う。厳選しているだけだ」

「それって結局ギャラが払えないだけなんじゃ」

「払えるさ」

「あと何人分ぐらい?」

「1000人ぐらい」

 どこの大手事務所だ。

「ガキの虚勢かよ」

「虚勢ではない。事実だ」

「見てみたいもんだね、私たち以外のタレントを」

「明日にでも雇ってみせる」

「明日!?あのヘタクソ営業トークで」

「明後日以降には雇ってみせる」

 急に「以降」という言葉をつけて弱気になった。

 そんなこんなで夜は更けていく。


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