ドラマが間に合わない!
6
その数日後―やはり大安吉日芸能事務所において
ダラダラと過ごしている友引と先負。やはり仕事はないようだ。大安は不在。やはり営業に出かけているようだ。
そんな中、インターホンが鳴った。
「三隣亡さんならどうぞ」
どうもどうもという感じで三隣亡が入ってきた。どことなく蒼い顔をしている。そう、初登場の時のように。
「社長は?」
「外です」
友引は、読んでる雑誌から顔を上げずに答える。
「そうですか、はぁ~」
三隣亡はため息をつきながらソファに腰かけた。分かりやすく困っている様子だ。
「何かあったんですか?」
ここでようやく居住まいを正しながら友引は問いかけた。
「実はまたもや欠員が出ちゃいまして」
「よく出ますね」
「いい加減な人間が多いんですよ。もっとも、いい加減な人間が多いおかげでウチの会社は食わしてもらってるんですけれどね」
「先負君、出番みたいだよ」
「上手くできるかなあ」
相変わらず頼りなさそうな声を出す先負。しかし、心配には及ばなかった。
「今回は女優なんです」
「女優?」
きょとんとした表情を浮かべる友引と先負。
「春日部ナナって娘、知ってますか?」
新進気鋭の女優である。
「はい。今、ドラマ出てますよね。『継母をやっつけろ!』でしたっけ?」
「そう、その『ママヤツ』が問題なんです」
三隣亡は、業界人らしく略称を使いだした。
―『継母をやっつけろ!』、略して『ママヤツ』―は、今期最も注目されているドラマである。今をときめく若手女優・春日部ナナが主演。意地悪な継母にことあるごとにいじめられるが、なんとかいじめに耐え抜いて、最後にちょっとした仕返しをしてやる、という内容の50年前の少女漫画のような陳腐なストーリーだが、1周まわって目新しいのか、どういうわけか大ヒットした。何がヒットするのかは分からないものである。
「春日部ナナがこれまたボイコットしましてね」
よくボイコットをする。社会人失格だ。
「なんでまた?」
友引が問いかける。春日部ナナはそんなに悪い噂は聞かない。
「いじめられてるんです。狼垓アケミに」
狼垓アケミ。ベテラン女優である。今回の『ママヤツ』では、他ならぬ意地悪な継母役を演じている。普段から新人いびりに定評があり、彼女からいじめられて降板した俳優は数えきれない。分かりやすく言えば、お局さんである。今回のドラマにおいても春日部ナナをいじめる演技があまりにもリアリティがありすぎるので、狼垓アケミは本当に春日部ナナを嫌っているのではないのか、これは演技ではない素だ、などと週刊誌で報じられていたがどうやら本当のようだ。
「ありゃあ、狼垓さんねえ」
友引も、一度仕事が一緒だったことがある。一緒、と言っても文字通り一緒の撮影現場だったことがあるだけで、せいぜい遠くから見たことがあるぐらいだ。だが噂通りあまりいい印象は抱かなかったようで、
「でも、なんとなく感じ悪い人だとは思ったわ」
「はい、春日部さんも頑張って仲良くしようとはしていたみたいですけど、どうも狼垓さんにとってムシが好かないらしく、特に何もしていないのに叱り飛ばされていたようです。やれ、私服にセンスがないだの。私物にセンスがないだの。私物の扇子にセンスがないだの。極めつけは、『お前の母ちゃん、でーべそ。でも、父ちゃんはでべそじゃない』です」
「許せないわ!」
友引は激怒した。
「で、狼垓さんをボコればいいわけね。お安い御用」
友引は、指をボキボキ鳴らしながら言う。
なぜ今の話の流れでそうなる?
「いえ、違います。春日部さんの代役をしてほしいんです」
「私に?」
「ええ」
「正気で言ってるんですか?ドラマですよ」
「正気です」
この間はCM。今回はドラマ。仕事のボリュームが違う。大丈夫なのか?このことについて、三隣亡は種明かしをするように言う。
「別にがっつり出てほしいわけじゃないんです」
「というと?」
「ワンシーンにだけ出てほしいんです」
奇っ怪なことを言う三隣亡。
「ワンシーン?」
予想外の言葉に二人揃って頓狂な声を出す。
「実は、『ママヤツ』の放送は残すところあと2回。春日部さんの出演シーンも撮影はほとんど終わってるんです」
「ほとんど」
「はい。残すところも、春日部さんが一人いれば撮影できるシーンでして。狼垓さんとなんとか鉢合わせしないようにするという条件を設ければ、春日部さんも出演してくれそうなんです」
「じゃあ、問題ないじゃないですか」
友引は首をかしげる。
「ところがあるんです。今回の撮影のシーンなんですが」
三隣亡はタブレットを取り出した。動画を映しだす。
「本当は部外秘なんですが、実際に見てもらう方が早いので」
立ち上がったのは、『ママヤツ』の映像。
「これ、最終回なんです」
「おお」
実は、友引も毎回毎回『ママヤツ』をいち視聴者として楽しみにしているのである。それが、こんなところで最終回を見れるとは思っていなかったので若干テンションが上がった状態で画面に食いついた。
「これが最終回かあ」
「良かったらあとで一通りお見せしますよ。とりあえず、今は問題のシーンだけ」
三隣亡は、問題となっているシーンまで動画をシークした。
場面は、どうやら家の玄関のようだ。靴がそこかしこに並んでいる。
「あのママババア、仕返ししてやる!」
下種な言葉を言っているのは、友引―ではなく、画面内の春日部ナナである。このセリフは、毎回毎回春日部ナナが、狼垓アケミに仕返しをするときに言うものである。言わば終盤の見せ場がこれから始まるよ、というサインのようなものだ。水戸黄門で言えば、印籠をつきつけるシーンに相当する。
さて、その終盤の見せ場。春日部ナナは玄関にある靴にこっそりと画鋲を忍ばせた。その靴の持ち主は、もちろん狼垓アケミだ。
「よし、これでOK」
春日部ナナは、すっきりした顔を浮かべその場を離れた。普段の流れでいけば、この靴を何も知らない狼垓アケミが履き、
「ンギャアアア!!」
と汚らしい顔を画面いっぱいに大映ししながら大絶叫してめでたしめでたし。ババア、ざまあみろ。すっきりした。と、視聴者がカタルシスを得てエンディングに入る、となるところであるが、この回は最終回。90分スペシャルを予定している。そう一筋縄では終わらない。あろうことか、春日部ナナが去ったあと、都合の良い柱の陰からぬっと顔を出したのは我らが狼垓アケミ。狼垓は、自分の靴をひょいとのぞきこんだ後、
「あンの小娘~~!!」
と放送コードスレスレのお下劣な顔を浮かべ、画面は暗転した。
「ここでCMに入るんだ」
三隣亡は、画面を停めながら言う。
「続き、続きどうなるんですか、これ!?」
友引は放送コードスレスレのお下劣な鼻息を荒くした表情でたずねる。
「まあ、続きは後ほどのお楽しみ、ということで…。この部分が問題でして」
「何も問題なさそうですが」
興奮状態でしばらく使い物にならなそうな友引に代わり、先負がたずねる。
「この間の事件、覚えてます?」
「この間の事件?」
「そう、公立高校画鋲殺人事件」
「あっ」
公立高校画鋲殺人事件。
少し前に世間を騒がせた事件である。事件の概要はこうだ。いじめを受けていた加藤君(仮名)が、いじめをしていた佐藤君(仮名)に仕返しをするつもりで、佐藤君の靴の中に画鋲を仕込んでいた。ちょうど、今回のドラマのような具合である。加藤君にとっては、軽い仕返しのつもりだったのだろう。しかし、それが大きな悲劇を招くことになる。あろうことか、加藤君は、たまたま足の裏に画鋲が刺さると即死するという難病、その名も「画病」のキャリアだったのだ。佐藤君は「ガビョーン」と言いながら短い生涯を終えた。その報告を聞いた加藤君も「ガビョーン」と言ってショックを受けたという。世間に与えるインパクトは強烈であり、画鋲の安全性に疑問を呈する者まで現れた。あわれ画鋲メーカーは、風評被害に遭い、3~4割程度売り上げが減少した。今もなお、尾を引いており、世間では画鋲そのものに対してあまりいいイメージを持たれていない。
「そういえば、そんなことありましたね」
先負も思い出した。
「画鋲をドラマで使うのは、あまり良くないんじゃないかと局の上から言われているんですよ」
「それは気にしすぎなのでは?」
「僕もそう思うんですけどね。何か不都合があるとすぐにクレームが来ますから」
少しでも不適切な表現があると、クレームが飛んでくる昨今。一億総クレーマー時代だ。一億総モンスタークレーマーだ。テレビ局側も番組制作に神経をすり減らしている現状である。
「しかも、このシーンを次回予告に使おうとディレクターは考えておりまして」
「次回予告?」
確かに次回予告には良さそうなシーンである。
「次回予告で使う以上、本編と合わせて2回放送されるんです」
「クレームが来る確率も2倍になると」
「そういうわけです」
三隣亡はうなずく。
「それで、このシーンを差し替える必要が高いわけでして」
撮り直しというわけになる。
「ですが、春日部さんは、もはや狼垓さんと共演NG。映像で分かると思うけど、春日部さんのすぐ後ろの柱の陰に狼垓さんがいる。春日部さんは、撮り直しに応じてくれそうにないんです」
「どういうシーンに差し替えるつもりなんです?」
「画鋲の代わりに、足つぼマッサージマットを靴に忍ばせることになりそうです」
それって、あまり嫌がらせになっていないような?
「ほら、足つぼマッサージマットなら、元々素足で踏んづけるものだから、クレームも来ないだろうと。踏むと痛いし」
「なんでもいいですけど、そのシーンを友引さんが演じるというわけですか?」
「はい」
「友引さん、できそう?」
友引は、なんとか正気を取り戻した。
「やってみるしかなさそうね」
自信に満ちた目で答えた。
「春日部ナナさんのモノマネしたことあるっけ?」
「ない。レパートリーにない」
流石のモノマネ名人の友引でも、春日部ナナは未開拓の領域のようだ。それでも力強く言う。
「練習あるのみ」
7
その夜、場所は同じく事務所。
「なんで、俺の許可なしにそんなこと決めた!?」
お冠なのは、大安社長。友引が社長の許可なく、春日部ナナの代理出演することについて怒っているようだ。
「先負。お前がいながら、なぜ止めなかった?」
「あ、そのう、僕もこないだモノマネ出演しているんで、あまり他人のこと言えないなあと」
「お前は、CMでチラッと出ただけだろう。今回とはワケが違う」
おまけに、先負は元から大山サトルのモノマネが達者だったので、ボロも出にくかった。だが、今回は友引は春日部ナナのモノマネができないと言う。その面でも先負の時とは事情が違う。
「無責任な約束をされたら困る」
「無責任ではないです」
「俺に無断で約束するところが無責任だと言ってるんだ」
「責任をとればいいんですね」
なにやら、不穏な流れになってきた。
「一週間以内に春日部ナナのモノマネが完璧にできるようにします。もしできなかったら、この事務所をやめます」
「おい、何を言ってるんだ」
「社長は、私のことを無責任だと言った。私だって、覚悟はあります。決して勢いやその場のノリでやると言ったわけではありません」
「なぜだ?なぜそこまでして、代役なんぞをやりたがるんだ?」
大安は、理解できない、といった感じでたずねた。友引の答えはいたってシンプルだった。
「女優だからです。女優がドラマに出たがるのは変ですか?」
大安は、何も言えなかった。友引は女優。映画やドラマに出たいと思うのは自然。だが、大安は仕事をとれていないのが現状。すべての発端は自分のせいなのだ。大安は、なんと愚かな質問をしてしまったのだろうと後悔した。深くため息をつきながら、社長席に座った。
「分かった」
大安は、とうとう折れた。
「そこまで言うなら、お前の意志を尊重しよう」
「えっ?」
「一週間だ。一週間だけ練習の期間を与える。それで全然モノマネできなかったら、この話はなし。いいか?」
友引は凛とした顔で答えた。
「分かりました」
そして、三隣亡を見ながら、
「頑張ります」
8
こうして、友引の特訓が始まった。友引は、これまでに春日部ナナが出演したありとあらゆるドラマ・映画に目を通した。春日部ナナは舞台にもちょくちょく出ていたので、それらのDVDも見た。同時にモノマネの練習もした。自分のモノマネを撮影し、本物とどこに相違点があるかを分析し、それを一つ一つ修正していった。モノマネの研修をしたのは、姿・形だけではない。声帯模写の研究にも余念がなかった。友引にとっては、声のモノマネの方が難しかった。自分で聞こえている声と他人に聞こえている声は、かなり異なっているからだ。自分ではできていると思っていても、先負に聞いてもらったら少し違うと言われる。自分の耳はあまりあてにならない。録音するしかない。
一週間後の期限を翌日に控えた日。友引は、リハーサルをしていた。明日はいよいよ大安に特訓の成果を見せる日。友引は、先負と三隣亡にモノマネの出来栄えをチェックしてもらっていた。
「どう?」
「んー。すごく上手い。上手いんだけど」
「何かが足りない気がする」
二人は渋い顔。
「何?何が足りないの?」
友引は必死だ。
「ちょっと待ってください」
そう言いながら、三隣亡は部屋を出て行った。
「なんだろう?」
「トイレ?」
1、2分後三隣亡は戻ってきた。
「急だったけど、来てくれるみたいです」
「誰が?」
「メイクの人です」
「そうか!何か足りないと思ったらメイクか!」
「さすがに本物の春日部ナナのメイクさんは呼べないけど、普段から懇意にしているメイクさんがいましてね。その人を呼びました。腕は確かですよ」
約1時間後、メイク係は現れた。
「あんら、綺麗な娘じゃな~い。あたし、メイクの八専里美。ヨロシクね」
「春日部ナナのモノマネをするんです。それっぽくできませんかね?」
「おやまあ、ナナちゃんの?あたし、ナナちゃんのメイクしたことなくてぇ。一度やってみたかったのよねえ。いいわ。やってみる」
八専は快諾した。
「でも、ここは事務所なんで楽屋はありませんよ」
友引は、八専の前のめりさに若干気圧されて言う。
「メイクなんてどこでもできるわよ」
八専はメイク道具を取り出しながら言った。
小一時間後、そこには春日部ナナっぽい女がいた。正面からじっと見てみたら、少し違うことは分かるが、うつむき姿や斜め45°の角度から見たりする分には春日部ナナだと思い込んでいれば春日部ナナであると多くの人が認識するであろう。
「すごいです。そっくりじゃないですか」
「まあ、お安い御用ね」
三隣亡の言うとおり、八専の腕は確かなようだ。
「これでさっきのモノマネをやってみたら、大分良く見えそうだね」
先負は期待を込めた目で言う。
「やってみます」
友引は、モノマネをやってみせた。
「すごい!これなら社長は、絶対OK出すよ!」
「完璧です!」
「やるじゃない。完全にナナちゃんだったわ。まあ、50%は私のおかげなんだけど」
三人は、口々に友引をもてはやした。場は完全に友引のモノマネ力に支配されていた。
「明日、楽しみね。社長の鼻を明かしてやるわ!」
友引は、力強く言った。
9
翌日、いつもの事務所。場にいるのは、大安・先負・三隣亡・八専、そして友引。いよいよ最終テストだ。友引は準備万端。メイク・衣装も完全に春日部ナナのそれだ。
「見せてもらおう」
大安は居丈高に社長椅子に座っている。そんな大安を友引は見ながら黙って頷いた。
「あのママババア、仕返ししてやる!」
下種な言葉を言っているのは、友引―今度こそ友引である。正確に言うと春日部ナナに扮している友引である。このセリフは、『継母をやっつけろ!』内での、春日部ナナのお決まりのセリフである。どうやら、ドラマのシーンを再現しているようだ。友引が再現しているのは、最終回の問題のシーン。靴に画鋲を仕掛けるシーンである。友引は、忠実に再現した。最初のセリフは勿論、歩き方、画鋲を靴に仕掛けるときのかがみ方、画鋲を仕込むときの手の開き具合まで、完全に再現した。モノマネの出来は完璧であった。
「どうですか?」
友引は、我ながら会心の出来だと思いながら聞いた。頭の中にはスタンディングオベーションをしている四人がいた。実際にそのうちの三人は、大喝采だった。
だが、大安の表情は曇っていた。
「だめでしたか?」
予想外の表情に慌てる友引。
「似ている。上手い。上手いが…」
「が?」
「それは、本当にお前の演技力なのか?」
大安は真摯な目で友引を見つめる。
「八専さんと言ったか。確かにメイクは素晴らしい。最初見たとき、本物の春日部ナナだと思ったよ。でも、まだダメなんだ。」
「まだダメ?他人の仕事にケチつけられちゃあ面白くないわね」
「別にケチをつけているわけじゃない。友引の本当の演技力が見たい。メイクの出来が良すぎるんだ。友引のモノマネの良しあしが分からない。似ていると思ってはいるが、それは本当に友引の演技力のためなのかどうか分からない。メイクが良いだけなのかもしれない」
思わぬところでダメ出しをする大安。そんな大安を、溜息をつきながら睨みつける友引。
「めんどくさい社長だなー。分かったよ。お望みどおり、すっぴんでやってやるよ」
「私も手伝うわ」
友引と八専は化粧室へ行った。
「ちょっと厳しすぎませんか?」
先負は異議を唱える。
「厳しくはない。慎重にやってるだけだ」
ややあって、二人が戻ってきた。友引のメイクは落ちていた。衣装も普段着だった。
「同じことやればいいですよね?」
「そうだ」
再びモノマネを始める友引。全く同じことを二回やらされるというのは、なんとも理不尽なことであるが、仕方ない。
ひととおりのモノマネを終えた友引。汗ばんだ顔で大安を見つめた。
大安は立ち上がっていた。かすかに震えているようでもあった。やがて、両の掌は激しくたたかれた。
それは、友引が思い描いていたまさにスタンディングオベーションであった。友引は、最初何が起こったのか分からなかった。しかし、大安の表情を見るにつけ、それが最大限の賛辞であることが見てとれた。
「良かったんですか?」
思わず間抜けな質問をしてしまった。完全な愚問である。だが、メイクなしの状態でここまで評価されるとは思わなかった。
「よくやった」
大安は、一言だけ賛辞の言葉を発した。
10
一週間後、都内某所。今日は、『継母をやっつけろ!』、略して『ママヤツ』の撮り直しの日である。しかし、春日部ナナはいない。友引は、前日眠れなかった。興奮と緊張の両方が原因である。一週間前、タブレットを通して見た世界の中に自分がいる。夢のような心地だった。だが、そんな夢心地を一発で吹き飛ばす現実を見た。狼垓アケミの存在である。彼女は、一目友引の姿を見るなり、つかつかと近づいてきた。
「あら、あなたがナナちゃんの代役?ふうん」
しげしげと頭の先から爪先までなめまわすように見る狼垓。
「よく似ているじゃない。さすがモノマネ芸人」
言葉ではほめているように聞こえるが、明らかに侮蔑を含んだ顔で友引を見た。友引の本職が女優であることを知ったうえでの発言であろう。
「でもね、この世界、似ているだけじゃ勤まらないのよ。これから教育的指導をたっぷりしていくから、覚悟しておいてちょうだい」
言葉でも表情でも圧をかけてくる狼垓。そんな狼垓に対して、友引はいたって大人の対応だ。
「エキストラ以外でドラマに出演するのは初めてです。至らないところもあると思いますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
自分でも歯が浮きそうなことを言っていると思いながら、友引は深々とお辞儀を
した。そんな友引を見て、狼垓は相好を崩した。
「あら、若い人にしてはちゃんと礼儀正しいじゃない。気に入ったわ」
狼垓は急に笑顔を見せた。
「じゃあ、最後の段取りを確認しときましょう」
「はい」
とりあえず友引は、狼垓に合わせるしかなかった。
「あなたはセリフを喋る。そして胸ポケットの中から物を取り出して、それを私が履く靴に仕掛ける」
「胸ポケット?腰ポケットじゃありませんでしたっけ?」
「胸ポケットよ。さっき打ち合わせのとき言ってたじゃない」
「本番はいりまーす」
ディレクターの声が聞こえた。どっちのポケットか確認する暇もなさそうだ。ここは、ベテランの顔を立てるため、狼垓の言葉を信じることにしよう。友引と狼垓はいそいそと所定の場所へ向かう。
撮影が始まった。前日までのイメージトレーニングは十分。画鋲を靴に仕込むだけ。セリフも一つのみ。何も案ずることはない。これまでの練習どおりやればいい。そう自分に言い聞かて、緊張をほぐしていた。
「あのママババア、仕返ししてやる!」
友引は、高らかに叫んだ。あまりのそっくりさと迫力に周囲の空気が変わったような気がした。そのまま玄関に向かった。友引は、胸ポケットに手を突っ込み、取出したのは画鋲。そのままそれをママババアの靴に忍ばせる。これでOK。これで私の仕事は終わり。そう思ったが、
「カット!」
ディレクターが怒気を含んだ声で撮影を止めた。
「おいこれはどういうことだ!?」
「どういうこととは?」
自分の演技に問題はないはずだ。友引は意味が分からないという顔でディレクターを見つめた。
「画鋲じゃないだろ!足つぼマッサージマットだろ!」
「あっ」
そうだ。うっかりしていた。画鋲ではだめなんだ。そのための撮り直しなんだ。友引は顔を熱くさせながら謝った。
「すみません、うっかりしてました」
「頼むよ。時間あまりないんだからさ」
「ごめんねー、私のせいなのよー」
狼垓が本当に申し訳なさそうな顔をしてこちらにやって来た。
「私が胸ポケットと言ったばかりに、ごめんねー。やっぱり腰ポケットだったみたいね」
「そ、そうなんですか。狼垓さんのせいじゃないですよ。ちゃんと確認しなかった友引さんが悪い。」
「すみません。そのとおりです」
反論できない。
「ごめんね。私のせいだわ」
「いえ、そんな…。ディレクターさんの言うとおり、ちゃんと確認しなった私が悪いです」
友引は、下手下手に出てくる狼垓に恐縮している。
「お詫びにマッサージしてあげるわ」
狼垓は肩を揉みだした。
「え?いや、大丈夫です」
友引は驚きながら身をよじって、狼垓の肩もみをかわした。
「遠慮しなくていいわよ。初めてのテレビドラマなんでしょ?緊張もしているだろうし」
なおも執拗に友引の体を触ってくる狼垓。
「いえ、ほんと、大丈夫ですから」
不気味に思いながら、狼垓から逃れる友引。
「残念。罪滅ぼしをしたかったのに」
狼垓は、くるりと背を向けて所定の位置に戻った。
気を取り直して撮り直し。
「あのママババア、仕返ししてやる!」
落ち着け。軽いトラブルだ。自分の演技に問題はない。つかつかと玄関に向かう友引。そして腰ポケットに手を突っ込み、足つぼマッサージマット、今度こそ足つぼマッサージマットを取り出そうとした。しかし、取り出したのはたわしだった。
「たわ!?」
「カーーット!」
ディレクターはカッとしながら言った。
「ねえ、君ふざけてるの?」
「ふざけてません」
おかしい。事前に確認したときは、確かに足つぼマッサージマットが入っていた。友引はおろおろしながら周りを見渡した。ベロベロバアをしてるババアが目に入った。すべてを察した友引。
「あのババア…。」
さっき不自然に体を触ってきたときにすり替えたのだろう。こんな小細工を使ってくるとは。友引は怒りと羞恥で頭を熱くさせながら言った。
「さっき、狼垓さんがすり替えたんです!体をまさぐったとき!」
「狼垓さんがそんなことするわけないだろ!他人のせいにするな!」
ディレクターはとりあってくれない。それもそうか。相手は大御所女優。スタッフも逆らえないのだろう。自分の身は自分で守るしかなさそうだ。
「何?あんた、ちょっと優しくしてあげたらつけあがっちゃって。さっきのは私のミスだけど、今回はあなたのミスじゃない」
狼垓は、玄関にある靴を揃えながら言った。さきほどのにこやかな雰囲気とは一転、狼垓は悪辣な表情を見せた。どうやら、本当の顔を見せ始めたようだ。ここからが新人いびりの真骨頂なのだろう。だが、場は完全に狼垓の支配下にある。ここで真っ向対決しても不利なだけだ。なんとかして、狼垓の攻撃をかわしていかないと。
TAKE3。ディレクターもスタッフも若干イライラしているのが見てとれる。これ以上、NGを出すわけにはいかない。友引は神経をピリピリさせながら、所定の場所についた。今度は何をしてくるつもりだ。狼垓の方を見てみたが、本人は素知らぬ顔。
「あのママババア、仕返ししてやる!」
撮影が始まった。例のセリフから始まり、友引は例の場所へ向かう。今度こそ腰ポケットから足つぼマッサージマットを取り出し、ママババアの靴へ仕掛けようとした。しかし、マットがなかなか中に入らない。不思議に思った友引は、靴の中をのぞきこんだ。靴の中にはたわしが入っていた。
「たわ!?」
「カーーット!」
ディレクターはムカッとしながら言った。
「今度は何だ!?」
「靴の中にたわしが」
友引は、靴の中からたわしを取り出して言う。
「ちゃんと小道具を確認しておけと言っただろう」
「でも、さっきは…」
さっきまではなかった。狼垓が靴を揃えていたときが怪しい。そのときしかない。
「さっきはありませんでした。きっと狼垓さんが」
「何?また私のせいにするわけ?」
不満顔を浮かべながら狼垓がやって来た。
「一度ならず二度までも、他人のせいにして。モノマネタレントごときが。いい根性してるわね。ね、ディレクターさん」
他人のせいも何も、現にお前のせいだろ。憤慨する友引だがここは黙っておく。
同意を求められたティレクターは、ここが狼垓へのポイント稼ぎのチャンスだと思ったのか、
「君、失礼だよ。狼垓さんに謝りたまえ」
「狼垓さんじゃないと、こんなことできないじゃないですか」
ディレクターに反発する友引。
「私じゃないとできない?」
「そうです。位置的、タイミング的にさっき靴を揃えていたときじゃないとできないんです。その前には靴の中にたわしはありませんでした。私がこの目で確認しています」
「証拠はあるの?私がたわしを仕掛けた証拠は」
子供のケンカみたいになってきた。
「いえ、証拠はありません…」
「じゃあ、私じゃないわね」
勝ち誇った笑みを浮かべる狼垓。
「でも、状況的に…」
状況証拠を理由に食い下がろうとする友引。
「おだまり」
ぴしゃりと一喝された。
「さっきから黙って聞いていれば、なんでもかんでも私のせいにしくさって。何様のつもり!?」
狼垓は怒りに震えながら言う。そしてとうとう、
「ねえ、この女降ろしてくれない?」
狼垓はディレクターに向かって言った。降板!それは困る。苦労して手に入れた役なのだ。
だが、困るのはディレクターも一緒だったようで、
「いえ、それは…。時間も押していますんで。今更キャスティングの変更は、さすがに…」
「何言ってるの!?見たでしょ!この女のさっきからの態度!!失礼極まりないわ!」
「失礼です。大変失礼です!本当に申し訳ありません!!ですが、なんとかここは堪えてもらえませんか!?おい、君!何ボケッとしているんだ!君も一緒に謝るんだ!このままでは降板させられるぞ!撮影もできなくなる」
ディレクターは、半泣きになりながら友引に言う。友引は、なんで自分が謝る必要があるのよ、と思いながらも、ここは我慢して頭を下げる。
「すみませんでした。大変失礼しました。なんとか、撮影を続けてもらえませんか?」
誠心誠意謝っているフリをした。そんなフリを見て気分を良くしたのか、狼垓は
「ま、そこまで言うんだったら、私も鬼じゃない。続けてあげるわよ」
と、トーンダウンした。思いのほか単純な女である。
「ふーっ、良かった。君、気をつけたまえ。これが最後のチャンスだぞ」
ディレクターはぶるぶる声を震わせながら、監督席に戻った。
「しっかりしてよね。今度私を陥れようとしたら、この世界にいれなくしてあげるわ」
狼垓は恐ろしいことを言いだす。
「すみませんでした」
謝りながら狼垓の動きを注視する友引。今度怪しいことをしてみろ。その場で取り押さえてやるとばかりに、目をらんらんとさせながら狼垓の一挙手一投足をしっかりと見ているが、特に動きはない。今度は何もないのか。
TAKE4。そして、これがラストテイクになるのだろう。場合によっては、これが、役者としてもラストテイクになるのかもしれない。友引は、流石に緊張を覚えながら、演技を始めた。
「あのママババア、仕返ししてやる!」
セリフもこれまでと同様、力を込めて言う。玄関へ。腰ポケットに手を突っ込む。足つぼマッサージマットの確かな手触り。マットを取り出す。ママババアの靴に手を突っ込む。今度こそ何も入っていない。よし。靴の中にマットを入れた。あとは立ち去るだけ。
「あンの小娘~~!!」
今日初めて発される狼垓の下品なセリフ。
「オッケー!」
やった!ディレクターは、オッケーを出した!
「いえ、オッケーではありません」
思わぬ方向から思わぬ声が聞こえた。カメラマンであった。業界でいうところのキャメラマンである。
「何だ?」
「いえ、それが…」
カメラマンは申し訳なさそうな声で言う。
「テープが途中で終わってしまって」
「何?せっかくのオッケーテイクだぞ!」
「すみません」
謝るカメラマンの目は、ちらりと狼垓へ向く。狼垓はかすかに頷いた。どうやら、グルのようである。なるほど、ここまでして私の妨害をしたいわけか。このとき、友引のスイッチが入った。ディレクターもアテにならない。自分の身は自分で守るしかない。
「仕方がない。狼垓さんもう一度、お願いできますか」
「仕方ないわね」
狼垓はやれやれといった表情で、元の位置に戻ろうとした。
「仕方なくない」
友引は、わなわなと震えた声で言う。皆の注目が集まった。
「仕方なくない、とはどういう?」
「さっきから大人しくしてりゃ、何だね、あんたら?」
友引はドスの利いた声で抗議する。
「くだらねー、それでもプロか!?」
「あらあら、また責任転嫁する気?今回はカメラマンさんのミスだけど、他のはほとんどあなたのミスじゃない」
「ミスじゃねーつってんだろ!!私は、一度もミスをしてねー!」
「声を荒げないで、耳障りよ」
「ならもっとでかい声を出して快感にしてやるよ!!」
友引は止まらない。
「私は一生懸命やってんだ!この撮影を無事終わらせたいんだ!なぜそれが分からない!?」
「分かってるわよ」
「分かってねー!!くだらねー妨害ばかりしやがって!監督さんよお!」
「なんだね?」
ディレクターは、急に呼ばれて少し驚いているようだ。しかも自分はディレクターなのに監督と呼ばれた。
「あんた監督だろう!?情けないと思わないのか!?このババアに好きなようにやられて。ガツンと言ってやったらどうだい!?」
「ババア!?」
友引は、憤慨する狼垓を無視した。
「な、なんのことかな」
「とぼけんな!このババアが日ごろから、共演者に嫌がらせしてんのは知ってるんだろ!?なぜいいようにやられながら、何もあんたは言わねーんだ!春日部ナナが降板したのは半分あんたのせいだ!」
と、監督不行き届きの監督に言う。
「心外だな。ナナちゃんが降板したのは、狼垓さんからいじめられたことが原因ではない。あまりわけの分からないことを言うと、君も…」
「ああ、降板してやるよ!こんな仕事こっちから願い下げだ」
こう言ったそばから友引はしまった、と思った。苦労してつかんだ役。こんな形で降板したら、なんというもったいないことだ。何より社長に申し訳ない。だが、ここまで来たらこのまま押し切るしかない。
「あんたとババアに逆らったんだ。私は干されるだろうね。でもね、監督さんよ、私が降板したら、あんたも困ることになるんだぜ。」
「何だと?」
「春日部ナナの代役、困ってるんだってね。なんせ、無名女優の私に白羽の矢が立つぐらいだ。私が降板したら、他に適当な人材がいるのかね?」
「そ、それは探せば、いるはずだ」
「いる『はず』?根拠は?心当たりあるの?」
「女優なんて星の数ほどいる。見つかるさ」
「へえ、星の数。私が聞いた話じゃ、ほとんどいないみたいだけど。ただの女優じゃない。春日部ナナの完全コピーができる女優だぞ」
「…」
「監督さんよお、ぶっちゃけ、私の演技、どうだった?」
「演技…。ま、まあまあだったと思うが…」
「まあまあねえ。私の中じゃ、会心の出来だったけど。完全に春日部ナナのモノマネができていたと思うけど」
「ま、まあ多少はな」
「困っちゃうよねえ、私が抜けると」
「君、私に揺さぶりをかけてるのか?」
「揺さぶりじゃないわよ。協力を要請してるの。狼垓さんに必要以上に気を遣うことなく、みんな平等に扱ってほしいの」
「私は、平等に扱っているつもりだが」
「扱っているつもりでも、私にはそうは思えないの。もっと平等に扱う、って約束してくれるんだったら、ヘソを曲げずにこのまま続けます。約束できないんでしたら…」
友引は、冷めた目でディレクターを見つめながら言った。
「すっぱり降板します。監督さんや、狼垓さんにここまで暴言を吐いたんです。覚悟はしています」
「やめさせなさい、ディレクター!このクソ女なんか!」
狼垓が割り込んでくる。なおも無視を続ける友引。
「でも、私がいなくなったら、キャスティングに困るでしょうね。手前味噌だけど、ここまで春日部さんを完全コピーできる人間なんてそう簡単に見つからないでしょうから。このまま、最終回だけ撮影できない状態が続いたら、前代未聞の最終回の一シーンが撮れないために最終回だけ残して打ち切り、なんてこともあるでしょうね。」
「聞いちゃダメ!その女の話なんか!」
「そうなってしまったら、監督さんの輝かしいキャリアに傷が付いてしまいますね。とっても残念です。監督さんの作品、私も好きなのに」
「この女!白々しいことを!」
「確かに君に代わる役者を探すのは大変だ」
風向きが変わってきた。もう一息だ。
「このまま打ち切られたら責任問題になってしまいますよね、監督の」
微妙に「監督の」の部分を滑舌よく言った。この手の人間には、責任をとる・とらないの話が有効だ。友引は、直感的にそう思った。
「分かった。君の言うように、くだらない足の引っ張り合いをしている場合ではないな」
ディレクターは澄んだ目で言った。
「このシーンだけ撮りきればいいんだ。ラストスパート、みんなで頑張ろう」
「ディレクター!この女に懐柔されちゃダメ!」
抗議する狼垓にディレクターは、頭を下げながら言う。
「狼垓さん、あなたの力も必要なんです。なにとぞ、撮影進行にご協力を」
このような頼まれ方をしたら、さすがの狼垓も決まりが悪くなったのか、
「ま、まあ、そこまでいうなら、私も鬼ではないから」
と、遠くを見ながら答えた。
「助かります、狼垓さん。よし、全員所定の位置へ」
ディレクターは、役者・スタッフ全員に言った。それぞれ元の位置へつく。かくして正真正銘の最後の撮影が始まった。セリフを絶叫する。玄関へ向かう。玄関に足つぼマッサージマットをしかける。退出する。友引は、一連の流れをそつなくこなした。ようやく撮影が終わった。ディレクターからは一言、
「おつかれさん」
と声をかけられた。狼垓とは、終始目を合わせることもなかった。
10
『ママヤツ』最終回オンエア当日。いつもの事務所にいつものメンバー。先負は、自分は関係ないのにえらく緊張している。先日のCMオンエアのときよりも緊張しているように見える。大安と三隣亡も少し表情が硬い。当の友引は、平然とした顔でテレビの前にいる。あれだけできたんだ。大丈夫だろう。そういった自信があった。あと単純にドラマの本編が楽しみだから、というのもある。
『ママヤツ』が始まった。友引は食い入るように見ている。春日部ナナはテレビの中で、生き生きとした演技をしている。陰で狼垓から執拗ないじめを受けていたことを感じさせない。もっともこのあと降板してしまうわけだが。前半が終わった。まだ友引のシーンはない。
「あー、面白かった」
友引は、溜息をつきながらソファにもたれかかった。
「友引さん、このあとこのあと」
「おっと、いけね」
先負にたしなめられ、友引はソファに座り直す。
「あのママババア、仕返ししてやる!」
後半部分、友引の例のセリフから始まった。基本、引きやバックショットを多用しているので、顔ははっきりとは分からない。言われなかったら、春日部ナナではない人間が、本来春日部ナナがやるはずの役をやっているとは気づかれないだろう。
「どうですか?」
放送終了後、友引は、自信たっぷりに訊いた。
「いやー、これは大したもんだよ」
「すごい、全然分からない」
三隣亡と先負は口々にほめたたえる。
「社長はどうです?」
友引は、一番聞きたい人に感想を聞いた。大安は腕組みを解きながら言った。
「よくやった。完璧だった」
最高の賛辞の言葉だった。友引がずっと欲しかった言葉でもあった。
「でも、お前の本職は女優だ。女優だから…」
「『今度はお前の名前で役をつかみとれ』でしょ。分かってますよ」
友引は、苦笑しながら答えた。
そのあとの反響を見たところ、特に違和感を抱いていた視聴者はいなかったようだ。なんとか上手くだまくらかせたといったところだろう。
「良かったです。助かりました。特にクレームとかもなかったので、不自然に思った視聴者は皆無だったのでしょう」
三隣亡はにこやかに言う。
「まあ、私にかかればこんなもんですかね」
友引は鼻高々に言う。
「すごいや、友引さんは。僕なんかでは勤まらないや」
すぐ自虐的になる先負に対し、
「何を言ってる。お前だってCMを上手くできたじゃないか。出ているシーンの長さに大差はない」
と、一応励ましの言葉をかける大安。
「また何かありましたらよろしくお願いしますね」
「代役以外のいい仕事も持ってきてくれ」
「それは、ちょっと…。ウチは代役コーディネートがメインですので。すみません」
そうつれないことを言いながら、三隣亡は去って行った。
「やれやれ、上手いこと利用されているな」
大安はため息をついた。