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閑話 母親(後編)

ディアナの小さな身体では何日も持たないかもしれない。

今から魔法使いを呼んでも間に合わないかもしれない。それどころか、『真実の瞳』のことを知られれば、人々に利用されるかもしれない。


誰にも言えない。せめて夫に相談したかった。でも、いない。


____私が、この娘を守らなければ。


迷う理由はない。私は魔法使いじゃないけど、実家から持って来ていた本をあの物置部屋から出し、ディアナを助けるための魔法を探した。


今さえ乗り切れば、遺物は魔力無しでその能力を使えるはず。そうなると、何の問題もない。

今はディアナの身体に遺物である『真実の瞳』が馴染もうとしているだけ。


ディアナの小さな身体の生命力が遺物に耐えればいいだけなのだから……そう考えると、するべきことはもう決まっていた。

そのための魔法も本で見つけた。


私は、魔力がない。でも、魔力は生命力で補える。私の命を触媒として捧げれば、ディアナに私の生命力という魔力を送れるはず。


魔法の本を持ち、ディアナの横たわる部屋へと行っていると、またディアナが痛みから泣き叫んでいた。


「奥様!! お嬢様がまた……! すぐに主治医をお呼びします!!」


メイドの一人が部屋から飛び出してきてそう言った。

すでに深夜なのに、すぐに主治医を呼びに使用人たちが走る。


「私は、ディアナの側にいるわ……」


そう言って、誰もいなくなった部屋に入り、泣き叫ぶディアナのベッドに腰かけた。


「お母さま……お目々があついの……ひっく……っ……ひっ……」

「大丈夫よ……お母さまが治してあげます……もう大丈夫よ……」


泣いているのにディアナはぐったりとしており、起き上がることさえしなかった。

ディアナの頭を撫でると身体どころか顔も眼も熱い。

その熱のこもった額に、自分の額を合わせた。


そして、静かに魔法を唱えた。


____どうか、娘に私の命を。


そう願い、持って無い魔力の代わりに生命力を使った。

柔らかい光がディアナを包む。たった一人の娘。この娘のためなら命など惜しくない。


自分が魔法使いでないことを酷く悔やんだ。私が魔法使いなら、ディアナを苦しめることはなかっただろう……と。


……そのまま、私はディアナの隣で倒れていたらしい。

主治医を呼んで来てくれたメイドは、大慌てだったようだ。私が、ディアナのことで心労から倒れたと思ったと話してくれた。


「心配させたわね……」とメイドたちを私は労った。


本当のことなど誰にも言えない。ディアナの『真実の瞳』のことも、それのために私が魔法を使ったことなど誰にも言えないのだ。


朝には、ディアナの熱は下がり、あの魔法の箱を開けた時のことはほとんど覚えてなかった。

酷い熱だったから、記憶が曖昧なのだろう。


ベッドから起き上がったディアナが可愛らしい大きな眼で無邪気に水を飲む姿を見ると、愛おしいと思う。そう思うと、私のしたことに後悔はなかった。


それからは、この日の出来事がなかったかのように、ディアナは以前のような元気に戻っていた。


数日後には、そのいつものような元気な様子で、庭で遊ぶ姿に癒された。


「お母さま。きれいな葉っぱですよ。キラキラしてます」

「ディアナ。それは薬草かもしれないわよ……」

「でも、きれいだからいっぱいにしますね」


そう言って、あの魔法の箱に葉っぱや薬草と思わしき草を詰めている。

もう何も入ってない魔法の箱には、あの古代文字すら見えなかった。

魔法の箱は、役割を終えた感じなのだろうか。わからない。


ディアナの元気な姿には安堵していたが、『真実の瞳』のせいかディアナは、魔素を含んだ薬草や葉っぱを度々見つけてくるようになっていた。私たちには、見えないものが見えているのかもしれない。


そして、私は度々貧血で倒れるようになった。

夫は、私を治そうと老齢の主治医でなく、王都の有名な医師まで呼び寄せ、惜しみなく治療をしたが何も変わらない。


治療に一縷の望みをかけようと浅ましくも思ったが、生命力がなければなにも変わらないと何度も再認識する。


その度に、夫に何度も高い治療は必要ありません、と話したが夫はあきらめなかった。


そんな優しい夫にも、ディアナの『真実の瞳』のことは話せなかった。

私が夫に話したのは『真実の瞳』以外のこと。

ただ、酷い熱でそれを治すために魔法を使ったから生命力が無くなったのだと、それだけ話したのだ。


私が言わなければ、誰にも『真実の瞳』のことは知られない。

自分でまだ身を守れないディアナを守るためには、秘密にすることが一番なのだ。


今なら先祖の気持ちがわかる。きっと先祖は、この能力のある遺物を隠したかったのだ。

こんな珍しい遺物なんて、利用されるかもしれないし、手に入れようとする輩が現れたら酷い目に遭うかもしれない。

だから先祖は、あの箱に隠して誰の手も渡らないようにしたのだ。


そして、私は夫にお願いをした。

ベッドにいることが多くなった私のお願いを断れないことはわかっていた。


「ディアナには、守ってくれるような方をお願いしますね」

「それは、結婚相手は大貴族にしろということか? できるかな?」

「ディアナは可愛いから、大丈夫です」

「それはまた……親バカだなぁ」

「ええ、私は親バカなの。だって、ディアナが可愛いんだもの……」

「では、いずれ資産家の大貴族を探さねばな……」

「そうしてください……」


そう言って、優しい夫は微笑んでくれる。

ディアナを守るためには、お金も必要だ。私のせいで、スウェル子爵家はすでに火の車なのだ。


……私は、もう娘の大人になった姿を見ることはないだろう。

それでも、ディアナが幸せになってくれればいい。


そうして、私は夫の側でそっと目を閉じた。








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