生贄
無気力に歩かされていると、地面がぬかるんでいるところに出た。
顔を上げてみると、沼があり沼の奥には祠が見えた。
「着いたぞ」
辺りは暗く、月の明かりが祠を幻想的に見せていた。幻想的にみせていてもここでは人が死ぬ儀式が行われるのだから、祠なんて燃えてしまえと思う。
「こっちに来い生贄の準備をする」
連れて行かれた先にあるのは小さな小屋だった。
中に入ると白髪頭のしわがれた村長が椅子に座っていた。松明の明かりが村長の影をより一層怪しくさせている。
娘は今更ながらに恐怖を感じた。村長は娘を一瞥するなりこう言った。
「……死んで土地神様を呪おうなんざぁ………考えるでない……」
恐怖を感じたのはきっとこのことだろう。何もかも見透かしていると目が物語っているのがなんとも憎い。
すると1人の女が小屋の中に入ってきた。
「生贄の準備をしてもよろしいでしょうか」
「構わん…………他の者は外の準備をしておれ………」
村長はそばに置いてあった杖を取ると小屋の外へと出ていった。
娘は女を一瞥する。
「こちらの白装束に着替えてください……………辛いのは分かるわ…でも村のためなのよ」
「………………」
娘は黙ったまま白装束を受け取ると着替える。無口なのは父譲りなのだと改めて思った。
娘はもうそろそろで死ぬ。
沼に沈むのだ。生きたまま。
女の言うことにされるがままでいると、縄で腕を結ばれる。
娘はもう逃げることは到底できないと思い、全てのことを諦めた。
両親に会うこと、美味しいものを食べること、都に行って珍しいものをたくさん見ること、好きな人と出会うこと。
生きること。
そばにいる女は娘の気持ちなんざ何一つ理解していないだろう。自分は醜く歳もいくつかすぎた婆さんだと、死ぬことはないと、余裕ぶっているのだ。
白装束に着替え小屋を出ると、沼の周りに松明が置かれていた。
小さな船がほとりに浮かんでいる。
女に促されるまま船まで行くと村長と村人1人が乗っていた。
娘が船に乗ると動き出した。
呆然と祠の方を見つめていると村長が口を開く。
「大昔…………お主と同じ若い娘が生贄になった………」
「………………」
大昔とはいつのことだろう。娘は黙ったままそれを聞いた。
「その贄は嫁入りしたと噂だ……………」
「………嫁入り………?」
「……多くは語らぬ………お前は生贄だ」
そうだ。娘は生贄だ。これから死ぬのだ。
希望があるとすぐ揺らいでしまう。
沼の中心にくると腕と足に重石をつけられた。
村長が立ち上がり声を張る。
「これより生贄を捧げる」
静かな夜に声は響く。
娘は一歩足を踏み出したが重石が重く上手く動けない。
あと数歩踏み出せば娘は死ぬ。
あぁ、怖い。
怖いよ。父さん母さん。
やっぱり死ぬのは嫌だよ。
涙腺が緩み涙が浮かぶ。
最後の一歩を踏み出せずにいると、後ろから押された。
「えっ………………」
娘はそのまま沼の中に落ちていった。
叫び声もどこからか聞こえた気がした。
けれど今はただ苦しい。
苦しい。
そして娘の思考も途絶える。
ここまでが生贄に捧げられた娘の話。
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