朝露の涙
次の日の朝、娘はいつもより早く起床した。
いや、眠れなかったのだ。
静かに戸を開ける。
朝露に濡れた土や葉を呆然と見つめ、今宵は満月なのだろうかと考える。
三日月ならば、生贄を捧げる日までに逃げる準備が出来る。
娘は生きたかった。
これから村の皆んなと稲を収穫したり、好きな人ができたり、美味しいものを食べたり、人生を存分に堪能しようとしていた。
それができない。
自分の意思でそれができないのだ。
生きたいと、死にたくないと、嗚咽をもらす。
ふと背中に温かみを感じた。
娘の震える背中に大きな手のひらが重なる。
振り向くと父がこちらを見ていた。
「……一昨日の月の満ち欠けを見たか」
「いいえ、見ていないわ…」
毎日、月を見ることはなかった。けれど今は何故月を見ていなかったんだと自分を責める。
「一昨日はほぼ満月に等しい大きさだった」
父はよく夜空を見ていた。
もしかしたら予測していたのかもしれない。
娘が絶望していると父が手を取りこう言った。
「今からでも逃げなさい」
寝巻き姿の母が手に風呂敷を持ち奥からやってくる。
母は娘の腕の中に風呂敷を押し付ける。
「逃げてちょうだい……生きてちょうだいっ………」
一言一言を絞り出すように母が言った。
娘の泣く姿を見た両親が咄嗟に準備したのだろう。
大粒の涙が娘の頬をなぞる。
涙袋は赤く腫れていた。
「父さん母さんっ……!」
勢いよく抱きつくと、両親は力強くそれを受け止めた。
太陽が娘の生を少しでも長くしてはくれないかと願うばかりに。
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先行はアルファポリスです。同じく沙耶味茜として活動してます。