残りわずかの生
とても晴れた日のことだった。
村の長を囲んで村人が何やら話し合っている。
皆各々に神妙な面持ちをしていた。
「今年の稲の収穫が去年と比べて減少している」
「神の祟りだろうか」
「生贄を差し出さなくてはいけなくなったか」
そして口々にしてこう言った。
村一番美人で若い娘を。
ふと生ぬるい風が娘の頬を撫でた。
向こうの空では泥水を含んだ綿のような雲が流れている。
風は少し土の匂いがした。
「雨……………」
娘は、急いで井戸から水を汲むと慎重に運びながら家へと帰る。
じめじめとした空気に汗が滲みでる。
あと少しで家というところで疲れた娘は一度地面に桶を置き、手を休ませる。
顔をあげ家の方角を見ると、数人の村人が娘の両親に何か話しかけている様子が見えた。
何故あんなに人が集まっているのか不思議に思い、首を傾げる。
娘は水の入った桶を再び持ち上げると歩き出した。
「父さん母さんどうしたの?」
桶を持ったまま話しかけると皆一斉に娘を見た。数人の村人からは下から上と全身を見られる。
困惑して両親の方をみると、父は眉間に皺を寄せ、母は目に涙を浮かばせていた。
「あ………あの、どうされたんですか…」
娘は、自分は何かしてしまったのではないかという焦りと大人の人達の威圧感に緊張して声が掠れていた。
すると1人の村人が前に出てきてこう言った。
「この頃稲の収穫が減少しているのは知っているな?」
「は、はい……」
娘の家でも十分な米が食べられないということで干した果物など食べることが多くなった。
「豊作を願うために土地神様に捧げる生贄が必要になったんだ」
「生贄……?一体生贄と我が家にどんな関係があるんですか…?」
次の言葉に娘は驚愕する。
「この家の娘が生贄に差し出されることになった」
驚きのあまり全身から力が抜け、水の入った桶を落としてしまう。
「つまりお前さんが生贄だ」
突然訪れる死と残りわずかの生。
小耳に挟んだことはある。
田植えをしていた時、一緒にいた婆さんが言っていた。
「昔しゃあ稲の収穫が減って、土地神様に生贄を捧げにゃいけない時があったべ」
「生贄?」
「村一番の若いべっぴんの娘を生贄に差し出すんだべさ」
生贄なのだから動物を差し出すのかと思っていた娘は驚く。
「人間を差し出すの?!」
「んだ。生きたまま沼に沈むんだべ」
想像をしただけで体の中心から息苦しさを感じる。
「あんたも美人さんなんだから気ぃつけんだよ、この話も20年前の話だげどな」
「もう……冗談はよしてよ婆ちゃん」
その時娘は自分が生贄に差し出されるとは思っていなかった。
涙を流す母が娘に向かって歩み寄り力強く抱きしめる。
血の気の引いた身体に母の熱が染みる。
基本無口の父は歯を食いしばり涙を堪えているようにも見えた。
「………娘を捧げるのはいつになる」
「捧げる日には条件がある。望日の夜だ」
満月の夜は縁起が良いと言われている。
娘は普段暗い夜道を照らす月が黒く淀んだ存在に思えた。
すると突然一粒の雫が頭のてっぺんに落ちた。それはどんどん量を増していく。
「………そういうことだ。撤収する」
数人の村人は急ぎ足にどこかへと行ってしまった。
娘は空を見つめた。
今すぐ月がどのくらい満ちているのか見たい。確かめたい。
………何故こんな時に雨が降るのだろうか。
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