チビでデブで兄貴から馬鹿にされている僕は、屋敷に引き籠って魔法無線で友達を作ります。
魔法無線
それは知らない人とお喋りができる遊び。
もっとも、極度の引っ込み思案の僕にとっては敷居が高いんだけど。
総合日間1位。恋愛日間1位になってました。
たくさんの方に読んでいただきました。
本当にありがとうございました。
「CQ! CQ! どなたか聞こえてますか?」
机の上に置かれた水晶に魔力を流してやると、水晶から女の子の声が聞こえた。
この魔法無線を買ってから初めて聞く女の子の声だ。
「CQ! CQ! こちらは【こわれ荘のフランソワ】です。どなたか聞こえてますか?」
聞こえてくる声はとても柔らかい。喋ってる女性はきっと優しい人なんだろう。
でも呼びかけをおこなっている彼女の声に応答するものはいないみたいだ。
ー魔法無線
この魔法無線という遊びは何十年も前に異世界から召喚した人間が広めたらしい。
水晶に魔力を流して遠くに離れた水晶に自分の声を届かせる。最初は軍事目的で採用された仕組みらしいけど、それを誰でも使えるように改良されたのが、この水晶だ。
それこそ子供の魔力でも使えるくらいに簡単に使えるものなんだけど、それでは混乱を招くと各国が協議して『魔法無線連盟』という組織ができた。
だから今では連盟の試験に合格したものしか魔法無線を使うことはできなくなっている。
僕は一番簡単な【電話級魔法無線】の免許しか持っていないので、声だけの通信ができる無線水晶を買った。上級の【映像級魔法無線】になれば相手の顔を見ながら交信ができるのだけど、自分の顔を見せられるくらい自信があるなら、そもそも魔法無線なんかやってない。連盟は分かってないなあ。
ちなみに呼びかけの最初に「CQ! CQ!」とつけている理由は分からない。そういうものだと異世界人が言っていたらしいけど。
でも、無線水晶を買ったのはいいけど、実は交信をしたことが一度もない。いつも誰かが交信しているのを横で聞いているだけだ。
なぜなら僕は極度の引っ込み思案で気が弱いから。呼びかけをするのも応答するのにも勇気がいるんだけど、僕はその一歩がどうしても踏み出せない。
「魔法無線なんかやってるのは引き籠りのきもい奴」
なんて世間では言われているようだけど(実際、間違っているとは言えない部分もあるけど)、僕に言わせれば魔法無線で交信ができるだけで十分に社交的だと思う。
「CQ! CQ! どなたか聞こえてますか?」
何度も呼びかけしている彼女。誰も聞いてないんだろうか。
もし誰も聞いてないんなら……、僕が呼びかけに応じてもいいんだろうか。
僕みたいな引っ込み思案の人間と話したって面白くないだろうし。
でも、誰もいないなら……せっかく呼びかけしてる彼女に申し訳ないし、それに、今、勇気を出さないと、僕はずっと誰とも話せないかもしれない。
「こちらは【ぽっちゃりチビ】です。【こわれ荘のフランソワ】さん、聞こえますか?」
勇気をふり絞って僕は声を出した。情けない話だけど声が震えているのが分かる。水晶を握る僕の手も震えている。今さらながら【ぽっちゃりチビ】という情けないコールサインで免許を登録した自分を呪ってやりたいがもう遅い。
「あっ! 応答ありがとうございます! こちらは【こわれ荘のフランソワ】です。どうぞフランソワとお呼びください。とてもよく聞こえてますよ」
「こちらこそありがとうございます。そちらの声もよく聞こえてます。ぼくは【ぽっちゃりチビ】でいいですよ」
「ふふ、面白い方ですね。それでは失礼ですが、ぽっちゃりさんとお呼びいたします。実はわたし、交信するの初めてなんです。だから、とっても緊張しています」
「そ、そうなんですか。実は僕も初めてなんです。フランソワさんが初めての交信相手です!」
「まあ、そうなんですね。お互い初めてなんて、まるで運命みたい」
フランソワさんの声が柔らくて耳に心地よい。
でも緊張しすぎて何を喋っているのか自分でも分からない。
「ふふ、ぽっちゃりさんとお喋りしていると、とても楽しいです」
チビで太っている僕の外見が分からないからだろうけど、僕をバカにしてくる兄貴や高飛車な令嬢と違って、彼女は優しく接してくれる。
お互いの簡単な自己紹介から始まって、好きな食べ物の話や身の回りのことなど話し合った。
「わたしのコールサインは大好きな少女作家さんのタイトルからいただきました」
「あ、やっぱりそうだったんですね。聞いたことがあると思ったんです。僕もその作家さんなら知ってますよ、とても素敵な話を書かれる方ですよね。」
「まあ! ご存じなんですね。彼女の本はほとんどが廃版になっているので、読もうと思っても手に入らないのです。彼女のことを知っている方と知り合えてとても嬉しいです!」
「僕も嬉しいですよ。そのタイトルの本は読んだことがないんですが」
「なら、もっと深くお喋りしたいのでクローズしてもいいですか?」
クローズとは魔法無線を第三者に聞かせないようにすることだ。
オープンの状態なら誰でも2人の会話を聞くことができるけど、クローズにしてしまえば僕とフランソワとの会話は誰にも聞くことができない。こういうのはかなり仲良くなった者同士でやるらしいんだけど。
「これで安心してお喋りできますね。ふふ、まるで恋人同士みたい」
フランソワの言葉に僕の心臓が激しく波打つ。
それもしかたない。だって女の子と2人でお喋りするのも初めてなのに、彼女の口から恋人なんて単語が飛び出すんだから。
「初めての交信相手がぽっちゃりさんで良かった」
それから2人で少女作家さんの話や僕の趣味の話を夜遅くまで続けた。
彼女は僕が戦史マニアだと知っても驚かず、ものすごく興味深く聞いてくれた。
フランソワさんは女騎士だったらしく、戦いの場にも出たことがあるそうだ。剣が苦手で父や兄からも足手まといと見做されて戦場に一度も出たことがない僕とは大違いだ。
「そんなたいしたものではありませんよ。わたしも足手まといのようなものですから」
フランソワさんは謙遜するが、彼女の戦の知識も相当なもので、僕も調子にのってたくさんお喋りしてしまった。
「敵がこんな陣形のときは?」「こんな堅固な砦はどうやって攻略すれば?」
彼女の質問に僕は知っている知識を総動員して答えた。
僕のことを馬鹿にせずにちゃんと聞いてくれる。そんな彼女は素晴らしい女性だと思う。
「ぽっちゃりさんは凄いです。将来は有名な軍師になりそうですね」
「まさか、絶対に無理だよ。僕は父と兄にも馬鹿にされてるし、剣も苦手だしね」
「軍師に剣など必要ありません。ぽっちゃりさんが聡明な方なのは話してよく分かりましたもの。きっとその才能を見つけてくれる方がいらっしゃいます」
「そんな人、いればいいけど……」
「もうこんな時間……。ぽっちゃりさんとお喋りすると時間があっという間。また、お喋りしてくれますか?」
「こ、こんな僕でよければ……」
「そんなことありません。ぽっちゃりさんとのお喋りがいいんです」
こうしてフランソワさんとの定期的な交信が始まった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「まったくお前はこのローゼニア家の面汚しだな」
食堂で僕の顔を見るなり、兄はこう罵った。
「剣の才能もなければ魔法の才能もない。有力な貴族と繋がりを持つために婿入りさせようと父があちこち駆け回ったのに、そのチビでデブな外見のおかげで誰もお前と婚約しようとはせん!」
悔しくて涙が出るけど、反論しようにもできない。
まったく兄の言う通りなんだから。
「すいません……」
「そのへんにしておけ」
父が兄の罵詈雑言を止めてくれた。
もっともそれは僕を庇ったわけじゃなく、単に食事を楽しみたかっただけだろうけど。
「フリット。今度の王宮主催のパーティーにはお前も参加しろ」
「父上……」
「お前がパーティーのような社交的な場を苦手にしていることは分かっている。だが拒否は許さん」
「父上! こんな出来損ないを連れて行ったらローゼニア家の恥です! わたしは反対です!」
「アイゼン、お前の言う事はもっともだ。しかし、これは陛下の命令だ。今度のパーティーは此度の協約で同盟国となったゼントワール帝国を迎えておこなわれるパーティーなのだ」
「ゼントワール帝国ですか」
「ああ、もっとも同盟と言っても我が国の方がすり寄ったようなものだがな。実態としては属国扱いに近いだろう」
ゼントワール帝国。もともと軍事力には一定の評価はあった。
それがこの短いあいだに勢力を拡大して、今や周辺の国を従える一大強国となっている。
「争っていた隣国との戦いをすべて勝利し、今や大陸最強の軍事国家と言っても過言ではあるまい」
「それもこれも、天才的な戦略と戦術で数々の戦いに勝利しているシェルファ王女の存在があってこそだと聞いておりますが」
「うむ。間違いないだろうな。もし彼女が我が国にいれば、ゼントワール帝国と我が国の立場は逆転しておったろう」
「もしや、今度のパーティーには、そのシェルファ王女も?」
「ああ、そのとおりだ。我が国の貴族は全員参加するよう希望されたのは、そのシェルファ王女らしい」
「なにか狙いでもあるのでしょうか?」
「さあな。もしかしたら未来の婿でも探しておるのかもしれん。王女にはまだ決まった相手がおらんと聞いておる」
父の話を聞いて兄がにやりと笑う。
「であれば、わたしが立候補いたしましょう」
「そうだな、アイゼンであればシェルファ王女も心惹かれるだろう。そうなればわがローゼニア家も王族だ」
「パーティーが楽しみです」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「というわけで、王宮主催のパーティーに行くことになったんだよ」
「それは楽しみですね」
フランソワは楽しそうに言うが僕は気が重い。
「全然楽しみじゃないよ。社交的な場に出ても、外見を馬鹿にされるだけだし」
「馬鹿にする人は相手にしなければいいのです。わたしはぽっちゃりさんが素晴らしい人だと知っておりますもの」
「まあシェルファ王女に興味はあるから一度見てみたいと思うけど」
「興味があるのですか?」
「だって連戦連勝の不敗の将だよ。戦史マニアとしては興味ある。いったいどんな女性なんだろうって」
「そんなたいした人間ではありませんよ、きっと。連戦連勝もたまたまです。ぽっちゃりさんの方がよっぽど凄いです。だって彼女は……」
「彼女は?」
「いえ、なんでもありません」
フランソワは意外とシェルファ王女に厳しい。
もしかして、シェルファ王女のことを僕が褒めたからやきもちを焼いたとか?
いや、そんなことあるわけないよ。フランソワが優しいからって勘違いしちゃだめだ。
「わたしもぽっちゃりさんとお会いしてみたい」
「えっ?」
突然の彼女の言葉に驚いた。そりゃ僕もフランソワに会ってみたいと思うよ。
でも、僕の外見を見たら、きっとフランソワもがっかりするはず。
「そんなことは絶対にありません」
「あ、ありがとう……」
もしかしたらフランソワなら僕の外見を馬鹿にしないかもしれない。
でも、やっぱり僕には会う勇気がない。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
王宮主催のパーティーがやってきた。
僕はできるだけ目立たないよう隅に控えておけと父と兄からきつく言われている。
国中の貴族が参加しているだけあって、王宮の大広間は人でいっぱいだ。
「おお! シェルファ王女だ!」
どうやら噂のシェルファ王女が登場したらしい。僕のいる場所からはまったく姿が見えないけど。
「なんと美しい……」
「剣の腕前もさることながら、あの美しさも特筆すべきものだ」
まわりの貴族からため息が聞こえてくる。
相当に綺麗な方なんだな。
みんなが我先にシェルファ王女に挨拶をしようとしている。中にはダンスの申し込みをする貴族もいるみたいだ。
「アイゼン。我々も挨拶に行くぞ」
「はい、父上。フリット、お前は邪魔にならないように俺のうしろに隠れていろ。そのぶざまな姿でシェルファ王女の機嫌を損なうな」
「は、はい……」
父と兄に続いて僕も後を追った。
久しぶりに社交場に出てきた僕を見て、まわりの令嬢たちが指を差して笑う。
「あいかわらずアイゼン様の凛々しいこと」
「それに比べて弟の貧相な姿……」
「よくあんな醜い姿を晒すことができますね」
慣れているとはいえ気分がいいもんじゃない。
やっぱり来たくなかった。早く帰りたい。
「シェルファ様。お目にかかり光栄に存じます……」
父と兄がシェルファ王女にうやうやしく礼をする。
あわてて僕も頭を下げた。
役立たずなんだから、せめて足を引っ張るようなことは。
「シェルファ様、もしよければダンスのお相手を……」
そう言いながら自信満々に王女をダンスに誘う兄。
自分の誘いを断る女性などいないと思ってるんだろう。実際、兄がダンスを断られたことなど見たことはないけど。
「ありがとうございます。たくさんの殿方にお誘いを受けて光栄なんですけれども、わたしがお相手するのはひとりだけと決めておりますので」
「そ、その方はどちらの……」
生まれて初めて自分の誘いが断られたことに動揺している兄。
我慢ならないとばかりに顔に怒りが現れている。
相手は王女なんだから、もっと自分の感情は抑えないと。
「それはまだ分かりませんわ」
シェルファ王女はそう言って傍らから小さな本を取り出した。
「この本をご存じですか?」
「本ですか。さて、このような本を読んだ記憶は」
「そうですか、それは残念です」
その時、シェルファ王女が僕の顔を見た。
僕が王女の取り出した本を見てびっくりしたからだろうか。
「フリット様とおっしゃいましたか。この本をご存じで?」
もちろんよく知っている。
知っているどころか、フランソワさんから散々聞かされたから、主人公のセリフも全部覚えているくらいだ。
「は、はい、よく知ってます。【こわれ荘のフランソワ】ですね。」
僕がそう言った瞬間、シェルファ王女の顔が満面の笑みに包まれた。
「この物語の主人公が最後に何と言ったかご存じですか?」
もちろん覚えてる。フランソワが大好きなセリフなんだから。
「知ってるなら、おっしゃっていただけませんか?」
「は、はい……」
まわりで見ている人達は何が起こったのかと怪訝な顔をしているけど、僕を見るシェルファ王女の顔が期待に溢れている。
「あなたに会いたかった……ですか?」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「たまたま知ってただけですよ! なぜ本のセリフを知っていただけで、この無能な弟をダンスの相手に選ぶのですか?」
シェルファ王女がダンスの相手に僕を指名したことでパーティー会場は騒然とした。
中でも兄のアイゼンは自分が袖にされたことを屈辱に思ったのか、とても王族に対するものとは思えないような態度でシェルファ王女に詰め寄っている。
「フリット様こそ、わたしが探し求めていた方なのです。フリット様を無能と呼ぶことは、このわたしが許しません」
「シェルファ様。フリットの父である私からも申し上げます。この者は王女殿下のダンスの相手に相応しくはありません。外見も見てのとおりの男です。どうかダンスの相手にはアイゼンを……」
「あなたがたはなぜそんなにフリット様を……」
「それはこの男が無能だからですよ」
兄は勝ち誇ったような顔で吐きすてる。
「この男はローゼニア家の恥だと思っております。そのうちに追い出す予定です」
父の言葉を聞いてシェルファ王女は眉をひそめて言った。
「よく分かりました。フリット様がこの国でどんな扱いを受けてきたのかを。それならば遠慮はいりません。フリット様を我が国に連れて帰ります! 文句はありませんね?」
僕を国に連れて帰るという王女の宣言で会場はさらに騒然とした状態となった。
そりゃそうだろう。何の取り柄もないチビでデブな男を連れて帰ると言うんだから。
「いいですね?」
王女にそう言われて父も怪訝な表情で答える。
「いや、こんな男でいいなら連れて帰ってくれても一向に構いませんが、あとで返すと言われても困りますよ?」
「そんなことあるわけがないでしょう。たとえこの国の王が返せと言ってもお断りします! 彼は我が国にとってはかけがえのない天才軍師ですもの」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「ようやく会えましたね。ぽっちゃりさん」
シェルファ王女の部屋に呼ばれた僕はその言葉にびっくりする。
「も、もしかして、フランソワ?」
「はい、フランソワです。やっぱりあなただったんですね」
「いや、何となく声が似ているとは思いましたが、まさか本人だとは。それにしてもよく僕が分かりましたね」
「はい、だって主人公のセリフを言えるのは、この世界でぽっちゃりさんだけなんですもの」
ん? たしかに【こわれ荘のフランソワ】は廃版になって手に入れるのは難しいけど、持ってる人だっているはず、だよね。
「それは確かにそうですね。でも、最後のセリフは本当は違うのです。もしかしてこんな日が来るんじゃないかと思って、最後のセリフは少しだけアレンジしてお教えしました」
「あ、そういうことですか」
「はい。本当のセリフは……」
シェルファが近づいてきて僕の手をとった。
生まれて初めて女の子に手を握られて心臓が止まりそうだ。
そんな僕を見て彼女も言う「わたしも初めてです。こんな風に殿方の手を握るのは……」
そして、大きく深呼吸した彼女は、真剣な眼差しでこう言った。
「『あなたに会うために生きてきた』ですよ」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
それから数年後。
ゼントワール帝国はシェルファ王女の元、大陸のほとんどを制圧し、長いあいだの戦乱の世を終わらせた。
世界が安寧の時代を迎えると、シェルファ王女は右腕としてもっとも信頼していた【小さな天才軍師】フリットを夫に迎え、静かに暮らした。
彼女は「わたしの戦功は全て夫のおかげなのです」と話し、終生彼の傍を離れることはなかったという。
お読みいただきありがとうございました。
↓ こんなものも書いてますので時間が許せばお願いします。
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