親友の想い
「今夜は何にしようかしら……」
オードリィは街行く人のことはまるで眼中にない。今夜の献立のことで頭の中は一杯だ。彼女は久しぶりに再会した親友に豪勢な振る舞いをしようと思っていた。しかしながら収入はないに等しく、貯えを切り崩して行かなければならない。この先のことを考えると少しでも倹約したくなる。だが美味しいものとは往々にして値段が張るものである。彼女は倹約と心遣いの間で懊悩としていた。
「オードリィ、スリに気を付けた方がいいよ」
「うん?」
ミランダの言葉を確認しようとして彼女は立ち止まった。後ろをついて来ていた男が立ち止まった彼女にぶつかる。離れようとした男の腕をミランダが捕まえた。
「待ちなさい!」
彼女は掴んだ腕を上に掲げる。その掴んだ男の左手には小さな袋が握られていた。オードリィはその袋に見覚えがあり、慌てて懐の中を探る。頭から血の気が失せた。
「はい、これは返して貰うよ」
ミランダは男の手から財布を取り戻すと、親友に手渡す。
「この、ガキャァ!」
男は軽くあしらわれた事に逆上し、ナイフを抜いた。日の光を反射して光った刃物を見て、通行人は一斉に離れる。
「やめな、ケガするよ」
「うるせぇ、金寄越しやがれ!」
スリに失敗した男は強盗に早変わりだ。ミランダは掴んでいた手を無造作に引っ張る。引っ張りつつ男の背中側に回り込んだ彼女は、半ば強引に前へ押し倒した。
「いてててて……!」
情けない声を出しながら、男は地面に押さえ付けられている。ミランダは腕をねじり上げた。
「もう、しないか?」
「も、もうしねぇ」
男が許しを乞うように返事をしたが、彼女は委細構わずに更に力を入れた。
「ぎゃあっ!」
「これにこりたら、スリはやめな」
男は左肩を脱臼させられ、痛みでのたうち回る。ミランダの目は冷ややかだ。
「行こう」
そろそろ衛兵が駆け付ける頃合いと看て取り、呆然としていたオードリィの手を引っ張った。二人はその場を離れる。オードリィは痛みにのたうつ男が気になったが、後ろ髪引かれる思いで連れられて行った。
「ああいう悪人は……」
騒ぎの喧騒から離れるとミランダは口を開く。
「誰かが鉄槌を下さないと、いなくならないのよ」
オードリィは釈然としなかった。悪を裁くのは必要かもしれない。けれども暴力に暴力で対抗していては、いつまでも解決しないのではないか。
「けどあたしは、正義の味方じゃない」
ミランダの話は続く。
「力があっても心がないなら、力なんていらない。あたしは親友の助けになれるだけの力があれば、充分だからさ」
「だったら、さっきのは行き過ぎよ」
オードリィは話の切れ間に反論を挟み込んだ。
「さっきのは、ここに帰ってきた時にもやられたんだ。まさか、同じ日に繰り返すなんてね」
ミランダは少し寂しそうな表情になる。それを見てオードリィは何となく安心した。彼女が暴力という暗黒面に取り込まれたのではないかと不安だったのだ。だが彼女は全く取り込まれていない。それどころか旅立つ時と全く変わりのない純真な心を保っていたことが嬉しかった。
声の想定
オードリィ 上田麗奈さん
ミランダ 瀬戸麻沙美さん




