兄故に
「ん……」
ルークは飛び上がらんばかりに驚いて、一歩後ろへ飛びのいた。けれども彼女は寝返りを打っただけで目覚めた訳ではないようだ。背中から冷水を掛けられたような感覚で、彼は理性を辛うじて取り戻すと、ゆっくりと深呼吸した。二つ年下の妹に手を出したとあっては、あの世で両親に合わせる顔がない。五年以上も一つ屋根の下に暮らしてきて、彼は妹に指一本触れたことはなかった。外では何人かの女性と淡い夢を経験したが、家の中では妹の理想とする男性像になろうと努めて来たこともある。それを酔った勢いで台無しにするほど、彼は愚かではなかった。眠る妹の顔を見詰め優しく微笑む。
「おやすみ」
彼は理性を保てたことを神に感謝して、部屋を後にしようとした。しかしこのまま出て行くのは躊躇われる。何しろ妹は下着姿で寝ている上、毛布も何も掛けていない。彼はベッドの方へ歩み寄ると、脇の机の上に燭台を置いた。
「これ、何だ?」
机の上には見慣れない宝玉が一つ置かれていた。
「求婚者から贈り物を貰ったのか」
連日訪れる求婚者の群れを思い出して、ルークは苦笑する。この世界では十八歳になる頃には結婚しているのが大半であった。そして今夜、オードリィは十八歳になったばかり。今までは求婚者を断ってばかりで贈り物さえも突き返していたが、この宝玉を受け取ったということは未来の伴侶を定めたのだろう。
「オードリィが結婚するなら、俺もそろそろだな」
優しい笑顔になりながら、彼はそっと妹の身体の下にあった毛布を掛けてやろうとした。
「んん……」
再び寝返りを打った妹の腕が、ルークの首を巻き込むようにして捕らえる。グイッと引き寄せられ、触れる寸前で止まった。心臓が激しく脈打つ。妹とは言え、オードリィは近隣の村からも求婚者が来るほどの美少女だ。彼の目の前には、未だに誰も触れたことがない赤い唇があった。寝息が掛かるほど近くにその唇がある。彼はついにその誘惑に抗うことができなかった。ほんの少しだけ顔を近づけて彼女の唇を奪う。その瞬間だった。
「ぐあっ!」
強烈な閃光が辺りを覆ったかと思う間もなく、ルークは身を貫くような激痛に襲われて床に倒れた。彼の悲鳴でオードリィは目覚める。
「な、何?」
慌てて上体を起こし周囲を見渡す。床に人が倒れていた。兄だと気がつくと彼女はその格好も気にせず、傍らへ急いで膝をつく。
「兄さん? 兄さん!」
彼女が呼び掛けても兄は返事をしない。しかし何がどうなったのか、彼の身体は黒く焦げている上に服の所々からは煙も上がっていた。まるで全身火達磨にでもなったか、雷に打たれでもしたか、その二つ以外は思い当たらない。彼女は周囲を見回したが、どこにも焦げたような跡もなく、ましてや家の中で雷に打たれることはないという先入観から原因を特定することはできなかった。
「兄さん、目を覚ましてよ!」
必死になって揺り起こそうとするが、熱かった彼の身体は徐々に熱を失い始めてゆく。
「兄さん、私を一人にしないで!」
涙ながらに訴えるが、熱を失った彼の身体は硬くなり、物言わぬ塊と化していた。
「兄さ~ん」
彼の身体の上に突っ伏し、オードリィは泣いた。夜が明けるまで泣いていた。
声の想定
オードリィ 上田麗奈さん
ルーク 松岡禎丞さん




