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優しい兄

 彼らの家は広くはないが、二人で暮らすには狭くもない。それに彼女の部屋は室内から鍵がかけられるように兄が配慮してくれていた。父母が亡くなってからの五年間、この家の家計は兄が一人で支えて来たと言ってよい。彼女は家事をする以外に何もして来なかったのだ。それに兄が何もしなくても良いと言ったのもある。彼女はこのままずっとこの生活を続けていくのには何の違和感も覚えなかった。自分自身が結婚するとか、兄が嫁を迎えるといった事柄は失念しているのだ。二人だけで父母の冥福を祈りながらの生活には何の不満もなく、それ以外の生活など考えられない。

「オードリィは、何が好きだったっけな?」

 兄は卓上に買って来た物を次々と並べてゆく。それらを見ながら彼女は今夜の献立を考えていた。

「兄さんありがとう、腕にヨリをかけるわね」

 オードリィが微笑みながら卓上に並べられた食材を取ったその手を、兄が押さえた。

「今夜は俺がやるよ。オードリィは座って待っていればいいさ」

「でも、今日はお仕事で疲れたでしょ? いつも通り私がするから……」

「年に一度の誕生日ぐらい、ゆっくりしてろ」

 兄にそこまで言われては仕方がない。彼女はやや諦め顔になると椅子に腰掛けた。

「それじゃ、よろしくね」

「任せとけ」

 ルークは台所に向かう。調理台を出して食材を洗ってその上に置いてゆくが、(しばら)くしてその手が止まった。何やら探しているようだ。

「どうしたの?」

 心配になって彼女が様子を見に来る。

「鍋は見つかったんだが、調味料は、どこだ?」

「そこの棚の中」

「あ、そこか」

 ルークは言われたところから目当てのものを出した。火を()けて鍋を掛けると、食材を危なっかしい手つきで捌いてその鍋に入れてゆく。しかし再び、手が止まった。

「なぁ、味付けはこれでいいと思うか?」

 兄に尋ねられてオードリィは、グツグツと煮え始めている鍋の中身を小皿にとって味見する。

「これでいいと思うわ」

「そうか、……よし!」

 ルークは意外と味付けが上手い。誉められて気を良くしたのだろう、その手元は先程のように危なげではない。オードリィは安心してテーブルへ戻ると卓上を拭き、クロスをかけて食器を並べてゆく。

「こらっ!」

 突然、後ろから怒鳴られてオードリィは縮み上がる。恐る恐る振り向くと、そこにはお玉を持った兄が立っていた。

「……何?」

「今日は、大人しく待っていろと言っただろ?」

「うん」

「それなら言った通り、椅子に腰掛けて待ってなさい」

 そう言うことだった。ルークは妹に何もさせたくなかったのだ。彼女は兄の意思を汲み取ると、椅子に腰掛けて待つことにした。心なしか口元が綻ぶが、彼女は敢えて憮然とした表情を作ろうとしていた。

 待つことしばし。卓上には温かなスープとサラダ、それにスパイスを利かせたアツアツの鶏肉。その他二人が食べるにしては多過ぎるのではないかと思えるほどの料理の数々と、そしてお酒が置かれた。

「オードリィも、そろそろ飲めるようになっておかないとな」

 兄はそう言って彼女のグラスに、なみなみと赤い液体を注いだ。それから自分のグラスにも同じように注ぐ。彼は椅子に腰掛けるとグラスを持ち上げた。

「それでは、俺の可愛い妹オードリィの誕生日を祝って、乾杯といこう」

「兄さんったら……」

 オードリィははにかんだ。実の兄といえども面と向かって男性から可愛いなどと言われては照れる。二人は軽くグラス同士を触れ合わせから、そのグラスを傾けた。ルークは一気に飲み干しグラスを卓上に置いた。

声の想定(ボイスイメージ)

オードリィ 上田麗奈さん

ルーク   松岡禎丞さん

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