オードリィの憂鬱
「あんなこと、言わなければ良かった」
オードリィは思案顔で机に頬杖をつき十日前の出来事を思い起こす。神に身を捧げた、と言ったその夜、彼女の夢枕に一人の天使が立った。天使の名はアムレイヤ。天神アルティーンの使いだと言う話だった。彼女の姿は夢の中だったこともあり細部までは憶えていないが、紫を基調にした姿であることは記憶に残っている。
「そなたの声は、天におわしますアルティーン様の耳にもしっかりと届きました。そなたはアルティーン様の忠実な巫女としてその身を捧げてゆく為に、一生純潔を保ちなさい。宜しいですね?」
「あ、あの……、私……」
有無を言わせぬアムレイヤの口調に彼女は口籠もってしまった。口から出任せを言ったなどとは、とても言えそうにない。
「よもや、嘘をついていたと申しますのかしら?」
「それは……」
「嘘をついたのであるとすれば、天に昇ったそなたの母レミアーナは、とても哀しむでしょうね。志半ばにて倒れてしまった自分の亡き後、娘であるそなたが天に向かって偽り事を申すなどとは予想もできませんでしょうし、さぞかしお嘆きのことでしょう」
この言葉にオードリィは胸を刃物で刺されたような気持ちになった。彼女達兄妹の母は彼女が十二歳の時に事故でこの世を去っている。父もその時にこの世を去っていて、それからの五年以上を兄と二人で生活してきたのだ。未だに母を思う気持ちは衰えるどころか日増しに募る一方だ。唯一の形見である藤色のカチューシャは彼女の髪を留めていた。その母から教えられたこと、神を敬いなさい、という言葉がありありと甦る。
「……いえ、確かに私はこの身を捧げました。ですから、私は一生純潔を守り通します。何があろうとも、必ず」
「そうですか、それでは契約の証に、この宝玉をそなたに授けましょう。この宝玉を持って歩きなさい。必ずやそなたの身に降り懸かる災厄を払いのけるでしょう。では私はこれで」
一方的に告げると、天使アムレイヤは来た時と同様、忽然と姿を消した。そして翌朝、目覚めた彼女の枕許にはアムレイヤから渡された宝玉が置かれていた事が、夢でないと彼女に告げていた。
「母様……」
懐から宝玉を出して何とはなしに眺める。その宝玉は紫色に見えるが、角度を変える度ごとに色を変化させる不思議な石だった。
「私はどうすれば良いのでしょう?」
身の処し方を考える。こうなった以上はどこかの神殿に駆け込み、そこで神官として暮らす以外にはないようにも思えるが、そうなっては兄を置いて行ってしまう事になる。兄とは一生離れないと母の亡骸に誓ったのだ。彼女は二つの約束の間で身の振り方を決められないでいた。彼女は答えの出ない問題に頭を悩ませる。
聖都を赤く染め上げた陽が沈み、夜の帳が降り始めた頃、彼女が待つ家に兄が帰って来た。
ルーク・モーヴドゥアリング、金髪の青年だ。彼は一生に一度は聖都巡礼に訪れようと言う観光客相手の、荷物運びを生業としていた。
「ただいま」
「お帰りなさい、兄さん」
ドアを開け兄を迎え入れる。彼は両手にたくさんの荷物を抱えていた。裕福ではない彼女たちにとって、このような事は初めてだった。
「これ、どうしたの?」
「今日、荷物運びをした人がたまたま富豪で、それでたくさんのチップをもらったんだ。いつも苦労ばかり掛けてる訳にいかないし、それに今日はお前の誕生日だろ?」
「あ……」
すっかり忘れていた。なのに兄は憶えていてくれたのだ。嬉しさが込み上げてくる。
「ありがとう、兄さん」
「ほら、座わって」
声の想定
オードリィ 上田麗奈さん
ルーク 松岡禎丞さん
天使 大原さやかさん




