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オードリィという少女

 聖都エル・サルモン。オードリィたちの住むこの街はイア・アルテノス全体を支配する国、エル・ジュダーリ聖帝国の首都だ。聖都はエル・カサノス大陸の北東部を貫いて流れる大河リーアンの河口、大三角州の上にあった。聖都の周囲は水害と外敵の侵攻を防ぐために白い城壁で囲まれている。それは経済の中心である港も例外ではなかった。人々の生活は安寧で、それはこの国の為政者、聖帝ラー・ウィンティークへの信頼も培っている。

 その聖都でも名を知られた彼女、オードリィは十七歳の少女だ。色白で目鼻の整った綺麗な顔立ち。柔らかな金髪は藤色のカチューシャを用いてまとめられている。切れ長のまつ毛は瑠璃(るり)色の澄んだ瞳にアクセントを加え、目の上で孤を描く眉は彼女の表情を柔らかく見せていた。真直ぐに通る鼻筋から細くて高い鼻梁に至るまでは神が創ったかのような印象さえ与える。

 ゆったりとした白い衣服で覆われた身体は華奢な印象を与えるが、それがまた男性の保護本能を刺激する。

「ゴメンなさい、私、結婚できません」

 か細い声で答える彼女の澄んだ瑠璃色の瞳が曇った。一体、何人目の求婚者だろう。既に二十人を越えてから数えていない。それも五日ほど前のことだ。近隣の都市や村からも求婚者が絶えず、彼女は困っていた。

「どうしてもなのか?」

 今回の相手も食い下がった。彼女は初回に使った言い訳を、ずっと貫いている。

「私の身は、既に天界の支配者アルティーン様に捧げられています。神との約束を破る訳には参りません」

 男は泣きそうになった。

「ずっと、好きだったのに……」

 彼の名はアルフレッド。彼女とは幼馴染みだ。

「ゴメンなさい、アル……。私も貴方のことは……」

「もういい、分かった。すまなかった、オードリィ」

 そう言い置くとアルフレッドは(きびす)を返して走り去ってゆく。その後ろ姿を見送ったオードリィの心は乱れていた。十日ほど前、彼女は最初の求婚者相手に神に身を捧げたと言って以来、ずっとそれを貫き通している。それは(ちまた)においては、苦し紛れの言い訳で本当は他に誰か好きな相手がいるに違いない、と噂されていた。

 アルフレッドもそんな噂を信じた一人で、その相手とは自分だと、彼女に断られるまでは信じ切っていた。しかし結果は御覧の通りだ。彼は郊外まで駆けて来ると、草原に膝をつき天に向けて叫んだ。

「畜生! 神になんかオードリィを取られるぐらいなら、死んだ方がマシだ! いっそのこと悪魔でもいい。奴らに魂を売り渡してでも、オードリィが欲しい!」

 喉が張り裂けんばかりに叫んで、草地に仰向けに転がる。草原を一陣の風が吹き抜けた。

「その願い、聞き届けた」

 突如、低い呟きが聞こえ、アルフレッドは驚いて跳ね起きる。周りを見渡しても誰もいないが、声は再び聞こえて来た。

「汝の願い、叶えてやる。応か、否か?」

「だ、誰だ? お、俺の願いを叶えてくれるだって? 本当か?」

 アルフレッドは不安ながらも声に対して答えていた。声は全く動ずることなく淡々と返して来る。

「本当だ、叶えてみせよう」

「だったら、応、だ。さあ、叶えてくれ! オードリィを俺にくれ!」

「よし、任せろ」

「ああ、任せる。何でも任せる。だから早く、彼女を俺の手に……!」

 アルフレッドが言い終わる前に、空気中から黒い(ガス)が吹き出して彼の体を覆った。

「我が名は、オキュメル。汝が願い、しかと叶えよう。魔界の侯爵の名にかけて」

 (ガス)はアルフレッドの体に吸い込まれるようにして、消え去っていた。

声の想定(ボイスイメージ)

オードリィ  上田麗奈さん

アルフレッド 花江夏樹さん

オキュメル  石井康嗣さん

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