神の戦士
「どうしたの?」
親友に突っ込みを入れられるオードリィ。彼女はその嬉しさが表情として現れていたのだ。けれども恥ずかしがらずに微笑む。
「嬉しいのよ、ミランダも変わらないんだなって思って」
「あたしが変わるわけないでしょ」
「そうね」
少女たちは市場を歩き、食材を求めて回った。買い物が済む頃には既に陽が西へ傾き始めている。往来を通る人もまばらになり、家々からは夕飯の支度を窺わせる香気が漂って来ていた。
「すっかり遅くなっちゃったね」
二人は両手に荷物を抱えている。足取りも軽く幾つかの角を曲がり、家の近くまで来たところで、オードリィの足が止まった。
「どうしたの?」
訝しく思ったミランダが振り向くと、彼女の唇は震え、その瞳が大きく開かれていた。その視線の先には何があるというのか、ミランダは注意深くその先をたどる。彼女の視線は自宅の前に注がれていた。目を凝らすと何やら黒い影が家の前に蹲っている。するとその二人の視線に気が付いたのか黒い影が動いた。
「アル……」
呟いたオードリィの足は自然に後ろへ下がった。それを合図にしたかのように黒い影はユラリと立ち上がる。影はゆっくりと二人の方へ近づいて来た。ミランダは荷物を抱えたまま、前に進み出る。親友を脅かすものは許さないという心意気だ。
「オードリィ……」
男が口を開いた。だがこれが人間の声なのだろうか。柔らかでいて、どこか神経に障る声だ。ミランダなど思わず眉根を寄せてしまった。それほど嫌な音声だったのだ。
「迎えに来たよ。天でふんぞり返っている神々など忘れて、僕と一緒に行こう」
「アル、あなた、何を言っているの!」
神を冒涜するような発言を易々と行った彼に、オードリィは仰天する。そして祈りの言葉を唱えた。ミランダは油断なく男を見据える。
「オードリィ、こいつは人じゃないよ!」
鋭い声。それは今までオードリィが聞いたことがないほど、冷徹な声だった。
「女、何者だ?」
「聞かれて名乗るほどの者じゃないさ。それより、アンタこそ何者だい? 憐れな人の魂を喰らって、そこにいるようだけど?」
「喰われ……?」
オードリィには会話の内容が分からない。
「本人の魂はもうこの世にないよ。こいつは宿主の姿を借りているだけの存在。そしてあたしは、そういう存在を倒すことが目的……」
「ほう、ではお前が噂の……」
「あたしを知ってるってことは、アンタやっぱり人じゃないね?」
指を突き付ける。それで男の外見が歪んだ。しかし、それも一瞬。すぐさま元通りに戻る。
「なかなかの能力だな。だが我の足元にも及ばぬか」
「くっ……」
ミランダの手の甲から赤い液体が流れ落ちた。それを押さえながら彼女は男を睨みつける。瞳には闘志が宿っていた。
「オードリィ、逃げて! こいつはあたしの手に負えないかも知れない」
「逃げてって……?」
「早く!」
ミランダは痛みに顔を歪ませながらも、気丈に叫ぶ。オードリィは訳が分からないまま後ろへ下がった。
「おっと、私の用事はオードリィにあるのです。逃がしませんよ」
「させるか!」
ミランダはオードリィの腕を掴むと、跳び上がった男の脇をすり抜けてオードリィの家の前に至る。素早く荷物とオードリィを家の中に押し込み、扉を閉じた。
「覚悟しな!」
ミランダは腰の剣を抜くと、両手で捧げ持つようにして顔の前に立てる。
「天におわす、力の代理者にして、勇気と峻厳の担い手よ、今我は宿敵たる魔族の掃討の為に、力を欲す。願わくば速やかに天の力を我が許へ導き給え!」
ミランダの掲げた剣から眩い光が溢れ出した。男はそれで目が眩んで動きを封じられる。次に目を開けた時には、ミランダの姿は変貌していた。オードリィの貸した服はどこへ行ったのか消え去り、その代わりに真紅の鎧を纏い、右手には巨大な剣を握っている。その剣の刀身は燃え盛る炎を纏う、煌めく炎の剣だ。そして背中には、これまた燃え盛る炎のような翼が一対現れている。
「滅す!」
男に大剣を突き付け、彼女は宣言した。
声の想定
オードリィ 上田麗奈さん
ミランダ 瀬戸麻沙美さん
«次回予告»
「滅す!」
「後悔するなよ、魔界の侯爵、獣魔将オキュメルに戦いを挑んだことをな!」
「私に力があれば……」
「オードリィ、まさか?」
「兄さん……」
「私を兄と呼ぶお前は、オードリィなのか?」
「汚らわしい悪魔め!」
「兄さん、嘘だと言って」
次回〈闇の王子〉、お楽しみに。




