アルズベルトに帰る
船の中。
子供達に見つからないように、ルナンとティナは隠れて話をしていた。
「ルナン、準備できてる?」
「はい、ばっちりです。しかしご主人様達も、お花を用意して来たのですね」
「あれは急遽グラニーが用意して下さった物でしょ。まあいいじゃない。アタシ達の花と違うし。それにまだ、サプライズはあるしね」
「ええ。驚かれるでしょうね。そう言えば、ガルディス様には……」
「ガルディスには、ちゃんとアタシが話したから大丈夫。心配してたけど、最後には納得してくれたよ」
「そうですか。では」
「ええ。アルズベルトで」
村から追放された時、シトラス達は川沿いの道をひたすら北上して城にたどり着いた。
まるで逃げるように。
今はその道を横に見ながら、船で逆に戻っている。
シトラスは大きなため息をついた。
もうすぐ着くだろう。
ジェニファー、ロックは何も言えない。
帰りたいと言ったのは、自分達だから。
「あ……」
懐かしい村が見えて来た。
が、船を停めるには、もう少し下らないといけない。
確かサララのお父さんが言っていた。
崖の下に穴があって、そこから船に乗って来ているって。
船はガルディスが操縦している。
ティナとルナンも甲板に上がって来た。
崖を発見する。
高さ10mってところか。
穴に入ると浅瀬になっていて、小石がたくさん敷かれていた。
小型の船が他に一隻あったが、穴が広い為シトラス達の船を置いても邪魔にならない。
ジェニファーとロックも、この穴の事は知らなかったようで、キョロキョロと見回して驚いていた。
船を降りて穴の先へと進む。
だんだん天井が低くなってきた。
ガルディスの頭ギリギリの所で、出口に出た。
木々の間を抜け、坂を下る。
アルズベルトだ。
入り口まで走ると、幕が張られていた。
〈お帰り! シトラス、ジェニファー、ロック〉
三人はお互いの顔を見る。
一体どういう事だろう。
何か知ってる? と確認し合うも、誰も知らない。
ガルディス、ルナン、ティナは後ろで笑っている。
シトラスが、それに気づいた。
「あ〜〜! 兄さん、何か知ってるよね」
「さあ、何の事だか。ティナ、知ってるか?」
「ん〜、どうかな」
ティナとガルディスは誤魔化す。
シトラス達三人は疑いの目。
ルナンが三人の背中を押した。
「いいじゃないですかご主人様。お楽しみは中で。こういう幕が張られているって事は、皆様、歓迎ムードって事ですよ」
「ちょっ、ルナン、押さないで」
「も〜。あたし、訳わかんない」
「ティナさん。オレ達に何か隠してるでしょう? わっ、分かったよルナン」
ルナンに急かされ、シトラス達は村の中に。
ガルディスとティナも続いた。
村人一同勢揃いしている。
みんな笑顔で、シトラス達を出迎えてくれた。
「お帰り、シトラス!」
「ジェニファーとロックも、よく戻って来たね」
「こ、これは……」
予想もしていなかった展開に、口をあんぐり。
神父さまが三人を抱きしめた。
「神父さま……」
「シトラス、ジェニファー、ロック。うん、三人とも凛々しくなったようじゃ。元気じゃったか? またお主達に会えて嬉しいぞ」
「あの、これは……? 俺、頭がこんがらがって」
「うむ。ティナさんとルナンさんが、事前にお主達が帰る事を知らせてくれていたのじゃ。特に、シトラスお主が不安がっているから、盛大に迎えてやってくれと。どうじゃ? みんなはもう、お主に酷い事をする訳ではない。許して欲しいと思っておる。不安がる事は無いのじゃよ」
「あ……」
シトラスは泣きそうになった。
だけど今は泣かない。
その代わりに、とびきりの笑顔を見せた。
「ありがとうみんな。とっておきのサプライズ。俺、嬉しいよ」
「あたしも。こんな事されるとは、思ってなかったから」
「オレ達そっと帰るつもりだったのに、逆に気を使わせちゃったな。それにしてもティナさん、ルナン。二人にも驚いた」
「良かったでしょ? あんた達にバレないように、そっとクリスタルで連絡しといたの」
「ご主人様。いつも頑張っていらっしゃいますから、たまにはご褒美があってもいいんですよ」
「良かったな。シトラス」
ガルディスがシトラスの肩に手をかける。
シトラスは村人達の歓迎にすっかり不安が吹き飛んで、
「うん!」
と弾けて兄を見つめた。
その後、ジェニファーとロックはそれぞれの家に帰って、久しぶりに家族団らんの一時を過ごした。
シトラス、ガルディス、ルナン、ティナは神父さまの教会へ。そこでシトラスは兄を紹介し、これから勇者としての武具、メモリーリングを取りに行くつもりだと話した。
戦士として逞しく成長したシトラス達に神父さまは感激し、泣いた。それは心配の裏返しでもあるのだが。
久しぶりに会って話ができて、嬉しかった。
小一時間後、シトラスとサララが暮らしていた山の頂上に、シトラス一行は立っていた。
風が気持ちいいこの場所に、サララの墓がある。
彼らの家は、彼らが村を出て行った直後、過激な一部の村人によって壊されてしまっていた。しかし、ドグアックの王様に感謝されたり、ユノ村のアミーちゃん親子が訪ねて来たりして、反省した村人により、サララが好きだったこの場所にお墓を建てる事にしたようだ。
シトラスは、墓に花束を供え、手を合わせる。
「姉さん。遅くなってごめんね。あれから俺達、色んな場所で色んな人に会ったよ。姉さんの友達だったティナさんも、仲間になってくれた。これから、メモリーリングっていう物を取りに行くよ。勇者だけの武器らしいんだ。闘気も覚えた。魔王を倒すのに、少しでも強くなれるように。だから、見ていて。姉さん」
ティナとルナンは、手作りの花のペンダントを十字架にかける。
「サララ。久しぶりだね。シトラスがアタシを訪ねて来て、あなたの事を話した時、アタシびっくりした。あなたに、会えると思っていたから。けど、シトラスもジェニファーもロックも、あなたの意志を継いでる。だから、アタシも仲間になれたんだ。心配しないで。シトラス達は、アタシが守るよ」
「サララ様。お初にお目にかかります。ルナンと申します。魔王城にいた所を、ガルディス様に助けられ、ご主人様、いえシトラス様の仲間となりました。シトラス様は、とても優しいお方です。偏見もなく、わたくしを受け入れて下さいました。ですからわたくしも、出来る限り、皆様を支えたいと思っております。どうぞ、宜しくお願いします」
ガルディス、ジェニファー、ロックも手を合わせ、それぞれの思いを吐露する。
「サララさん。あたし、あなたがいなくなって不安でした。どうしたらいいんだろうって、泣きそうでした。あなたはあたしの、憧れの人だったから。でも、ロックもシトラスも、同じだったんですよね。だから、あたし笑う事にしました。笑っていれば、元気になるから。シトラス達にも、笑っていて欲しいから。いいですよね。サララさん」
「サララさん。オレずっと忘れません。あなたの事を。大好きな、あなたの事を。シトラスの事は、心配しないで下さい。オレ達親友だから、ずっと一緒に戦って行きます。それでも、たまにはくじける時もあるかな。そんな時は、空からそっと、叱って下さい」
「サララ。済まなかった。ドラモスがお前を……。奴に代わり、謝らせてもらう。俺もようやく、シトラスによって闇から解放された。これからは勇者として、シトラス達と一緒に戦う。約束するよ。お前が、望んでいた事だものな」
風が髪を揺らす。
花の香りに包まれた。
まるで、サララの微笑みのように。




