大地の聖霊
船を近づけ、シトラス達はその島に降り立った。
草木が生えている。
土も茶色く、暖かい。
小さな花が揺れた。
ティナが涙を流す。
あの頃の景色じゃないけど、あの頃に似た感じがする。
生きてるんだ。
蘇ったんだ。アタシ達の大地が。
「ティナ様……」
「ああルナン。ごめんね。先に行こう」
家が一軒建っていた。
それに神殿らしき物も。
それらはほぼ、島の中央にあった。
まさか、誰かいるのか?
家に近づいてみる。
煙突から煙が出ている事と、畑に野菜が植えられている事を考えると、誰かいるのは間違いない。
ティナは玄関の扉を叩いた。
「は〜い」
男性の声だ。
この声、どこかで聞き覚えがある。
記憶の中で。
顔を見た途端、それは確信に変わった。
「バルーチェさん……?」
「まさか、ティナちゃんか?」
「バルーチェさん! まさか、こんな所で会えるなんて」
「大人になったねティナちゃん。うん。けど、小さい頃の面影がある。美人さんだ」
懐かしさに、二人はひしと抱きあった。
年を取ったけど、変わらないつぶらな瞳。
トレードマークの口ひげが、白くなっている。
あの時、体型は丸かったけど、少し痩せたみたい。
ティナ一家の隣に住んでいた。
子供好きで、面白いおじさん。
いつもみんなを笑わせていた。
実は奥さんを早くに亡くしており、幼い息子を一人で育てていた、いい父親でもあったのだ。
「バルーチェさん。何故ここに? 息子さんは?」
「息子は移住した村でいい奥さんを見つけてね。今は幸せに暮らしているよ。ここに戻って来たのはわたしだけだ。かつてこの村にいた者達はバラバラになったけど、連絡を取れる者は皆元気でやっているよ。ティナちゃん。わたしはね、もう一度この村を再生させようと思っているんだ。一度は破壊された村だけど、今は聖霊の加護で守られている。だからわたしも安全にここで暮らす事ができるんだ。そしていつか、仲間達と再会できたらなって思ってるんだよ」
「バルーチェさん……」
「ティナちゃん。ああ、こうして成長した君と再会できて嬉しいよ。ところで、この子達は?」
「あ、はい。この子達はですね」
ティナが今までの自分の事、シトラス達の事をバルーチェさんに話して聞かせる。
バルーチェさんは、目の前の、青い髪の男の子を見て涙を流した。
「シトラス……。この子が、あの赤ちゃんだったシトラスかい? ああ、良く無事で、立派に成長したね」
バルーチェさんはシトラスを力強く抱きしめた。
「お帰り、シトラス。ここが、君の生まれた所だよ」
「……はい。ただいま」
はにかむように、シトラスは言った。
この島に足を踏み入れた時、何処か懐かしい、温かい感じがした。
記憶には無い。
けど、何となく。
ジェニファー、ロック、ルナンも、温かい眼差しで見守っていた。
「シトラスも、ティナさんも嬉しそうだね」
「ああ。ようやく、自分たちの場所に帰って来たんだからな」
「わたくしも、ホッとした気持ちです」
「そうだね」
バルーチェは、彼らを家の中に誘う。
それをティナは断った。
「バルーチェさん。せっかくのお招き、ごめんなさい。でも、アタシ達には、行く所があるんです」
「行く所? もしかして、聖霊を訪ねて来たのかな?」
「バルーチェさん、どうしてそれを……?」
クスッと笑って、バルーチェはある本を持って来た。
「ここは、勇者の生まれた場所だよ。勇者に関する伝承も伝わっている。これは、亡くなった村長さんが持っていた本だ。先代の勇者の事。聖霊の事が書いてあるよ」
「えっ!?」
シトラスは本を受け取り、中身を見せてもらった。
それによると、先代の勇者もこの村の出身らしい。
彼には賢者、格闘家、妖精の仲間がいた。
何とか魔王の下にたどり着いた勇者一行だが、魔王の力は圧倒的で、彼らは不利に陥った。
それに力を貸したのが、三人の聖霊達だ。
聖霊達は自分たちの力を結集した武具を勇者に与え、魔王を倒す手助けをした。
激しい戦いの末、自らの命を犠牲にして勇者は魔王を闇の彼方に封じ込める。
村で待っていた勇者の婚約者は、失意の中愛する彼の子供を生んだのだった。
こうして、勇者の血は受け継がれた。
「これが、先代の……。俺の、先祖なんですか?」
「そう。こうして今に生まれたのが君と、兄のガルディスだよ」
「兄さん……」
「シトラス。君は勝たなきゃいけないよ。プレッシャーをかける訳じゃないけど、わたし達の為にも、捕まったガルディスの為にもね」
「はい!」
「聖霊は、あの神殿の中にいらっしゃる。会っておいで。わたしは、ここで待つよ。後で話そう」
「はい、行って来ます」
神殿の扉は開いていた。
すでに聖霊が待っているのだろう。
一階建ての広い部屋。
その部屋の中央に、聖霊はいた。
金の髪の、幼い少女の顔をした聖霊。
「待ってた。あたちは大地の聖霊グラニー。あんたが勇者シトラス?」
背が低く、喋り方まで子供のよう。
本人は至って真剣だが。
「ちょっと、馬鹿にしないでよ。あたちだって頑張ってるの。そりゃあ、魔王がここを焼いた時、護れなかったのは悪かったけどさ。その代わり、今こうして再生させてるの。分かる?」
「あ、あの……」
「う、また取り乱しちゃった。だからアクアリーゼやフレイルに子供だと言われるんだ。ん? 何よ。オーブ? ああ、これね」
呆れたみたいに見つめているシトラス達の視線に、グラニーはポイッと懐からオーブを出した。
黄色い光だ。
これで、三つ揃う。
「何よ。要らないの? 要るの?」
「要ります。ありがとうございます、グラニー」
シトラスがゆっくりと受け取った。
その微笑みに、グラニーは思わず顔を赤らめる。
「絶対に、勝ってもらわないと困るんだからね」
「はい」
プイって横を向く。
その様子が可愛い。
その時、
ダンッ。
黒い闇を放ちながら、そいつはシトラス達の下に現れた。




