真実
「それじゃ、旅立つのじゃな」
「ええ、ギー婆さん。お世話になりました」
「またおいで。わしはいつでも待っておるぞ」
「はい。ギー婆さんもお元気で」
ギー婆さんに見送られ、シトラス達は旅立った。
とりあえず、この道沿いに歩いてみよう。
元気になったシトラスは、ジェニファー、ロックと先に行く。ティナは少し離れてルナンと共に歩いていた。
「ご主人様。すっかり回復されて本当に良かったです。一時はどうなる事かと思いましたが、今はジェニファー様達と、あんなに楽しそうに笑ってらして」
「ああ、そうだね」
「ティナ様。お元気がありません。もしかして、ガルディス様の事でしょうか?」
「ああ。あんたも、シトラスとガルディスの真実を知っているんだよね」
「はい。わたくしもあの城でガルディス様にお仕えしていた時、いろいろお話を聞かせて頂きました。あなたの事も。しかし、ご主人様達は、ご存知無いんですよね」
「そう。だから悩んでいるの。真実を話すべきか」
「わたくしは、きちんとお話するべきだと思います」
「ルナン……」
「お伝えした上で、それをどう受け止めるかは、ご主人様達のご判断次第です。しかし今、危険な立場にあられるガルディス様をお救いする為には、必要な事だと考えています」
「ルナン。分かったよ。アタシから話してみる」
「はい」
その時、先に歩いていたシトラス達が立ち止まって、ティナ達を呼んだ。
「ティナさん、ルナン、何してるんですか? 早く早く」
「は、は〜いご主人様。ただいま参りま〜す」
彼らの向かう先にあったのは、焼けた切り株と黒焦げの太い木が数本。土も黒く、焦げた跡が残っている場所だった。
ルナンが悲しい顔になる。
「ここは、このままなのですね……」
「ルナン?」
「ご主人様。この場所はかつて、わたくし達が生活していた森だったのです。魔王の力により、このように変貌してしまいましたが」
「そんな、ここが……」
ルナンは膝を落とす。
切り株の側でうなだれた。
「何もかも、失ってしまいました」
顔を覆い涙を流す。
シトラス達も回りに来て、低い姿勢になり、彼女を慰めた。
「ルナン。まだ、失っていない物もあるよ」
「ジェニファー様……?」
「ほら」
ジェニファーが見つけた物。
それは荒れた大地に新しく咲いた小さな花だった。
「これは……」
「希望の種だよ。こんな所でも、ちゃんと花は咲く」
「そうですね。本当に……」
その小さな花を両手で囲み、いとおしそうに眺める。
新しい生命が生まれる。
それはルナンの心に、パッと光を灯した。
良く見ると、所々緑が出ている箇所がある。
草だ。そうか、生まれ変わろうとしているんだ。
どんなに摘まれても、地にしっかり根を張って。
ルナンは笑った。
シトラス達も大地に座る。
ティナが、口を開いた。
「シトラス。こんな時だけど、少しお話してもいいかな?」
「ティナさん、どうしたんですか?」
「ガルディスの事なんだ。ガルディスがあんたにトドメを刺さなかった本当の理由」
「それは、ガルディスにまだ心が残っていたから」
「そう、それもある。けど本当の理由は、シトラス、あんたがガルディスの弟だからだよ」
「……え!?」
「兄弟なんだ、あんたとガルディスは。同じ両親から生まれた、正真正銘のね。だからガルディスは、殺したく無かったんだよ。大切な、守るべき弟を」
「そんな、俺は……」
シトラスは動揺していた。
ロックとジェニファーも同じ。
しかし、よく考えればつじつまが合う。
同じ色の髪。どことなく似てる顔かたち。そして勇者の力。
兄と弟で分け合ったとしても不思議は無い。
「落ちついて聞いてね。ガルディスからは口止めされていたんだけど、あの時……」
ティナは詳しく話し出した。
魔王は、故郷の村を滅ぼした。
巨大な火の玉で、村を焼き尽くしたのだ。
勇者が生まれた村として。
避難したティナ達の船に、魔物が迫って来る。
「あ……」
シトラスの母親は、まだ赤子の彼を抱いていた。
魔物は何となく、シトラスが勇者だと気づいていたのだろう。迷わず、その爪を向けた。
我が子を守り、母が倒れる。
ガルディスの側にいた父も。
サララの両親が、シトラスを抱く。
魔物はしつこく狙っていた。
そこにガルディスが立ち塞がった。
シトラスは俺の弟。
母からも言われていた。
二人で紋章の力を受け継いだからには、兄弟仲良くして、立派な勇者になりなさいと。
だから可愛がった。と言うより、可愛くてしょうがなかった。
あやすと、ニコッと笑ってなついて来る。
それが愛しくて。
こいつは、俺が守る。
魔物に剣を向けた。
「俺が勇者だ! 連れて行くなら、俺を連れて行け!」
びっくりしたティナがガルディスの袖を掴む。
「が、ガルディス……」
「ティナ、俺は戻って来る。だから、シトラスを……」
ガルディスが闇に掴まれ、空中に上って行く。
ティナは必死に手を伸ばした。
が、届かない。
「ガルディス! 嫌だよ、ガルディス!」
「ティナ、約束だ!」
ガルディスは小指を立てて消えた。
ティナは涙で、それから何があったのかはよく覚えていない。
ただ、気がついたら夜になっていて、布団の中で寝かされていた。
シトラスがサララ一家の元に行った事と、故郷が無くなったという事は、翌朝、他の子供から聞かされた。
ティナはショックだった。
ガルディスも、シトラスも、両親もいない。
けど、ガルディスは言った。
戻って来るって。
だからアタシも、できる事をやる。
まずは、早く強くなる事。
そうすればシトラスが成長した時に、一緒に戦えるから。
そう、約束したから。
「ティナ様……」
「シトラス、アタシ馬鹿だよね。帰るから、戻って来るからって、そんな約束信じて、いつまでも待ってて。いつになるか分からないのに……。再会した時は敵で、アタシの事も分からないようだった。応戦したら、逃げて行ったけど。でもだんだん優しくなって、あの頃のガルディスになったんだ。そうか、ルナンがいたからなんだね……」
ティナはルナンとガルディスの仲を勘違いしているようで、涙ながらにポツリと呟いた。
ルナンは否定する。
「……! 違いますティナ様。わたくしとガルディス様は何もございません。ガルディス様は、いつも話して下さいました。あなたの事を。あなたは、優しくて、活発で、時々意地っ張りで、気が強くて、可愛い、だ、そうです。わたくしが、ガルディス様の洗脳を解くきっかけになったかもしれませんが、常にあの方の心の中にいたのは、ティナ様、あなたなのですよ」
「ガルディスが、アタシの事を……」
仲間達も励ます。
ティナの思いは、十分伝わったから。
「そうですよティナさん。あなたみたいなイイ女がいたら、男は惚れますよ」
「ジェニファー……」
「オレもそう思います。だから、ガルディスを救う為に頑張りましょう!」
「ロック、ありがとね」
「ティナさん……」
「シトラス……」
「ガルディスは……、兄さんは、俺の身代わりになったんですね。俺、何も知らなくて。けど、それを聞いたからには、ますます助けなきゃって思います」
「シトラス……」
「行きましょうティナさん。俺、兄さんに会いたい。会って話がしたい。諦めるには早いです」
「ああ……!」
勇者達は立ち上がる。
その目は真っ直ぐ、前を見ていた。




