謎のお婆さん
船内では新しい仲間ルナンを囲って、賑やかな話が続いていた。ルナンが魔王城にいたという事で、その話を詳しく聞きたかったが、魔王についてはルナンでも答えられなかった。魔王の素顔は謎に包まれており、その姿を見た者は、城の中でも限られているという。
では話題を変えよう。その魔王城についてだ。
一体何処にあるの?
「この世界の何処かに、としか申し上げられません。わたくしが連れていかれた時も、一瞬だったものですから。ガルディス様やドラモス様達は、テレポートが使えますから出入り自由です」
「待って。そのテレポートって、あたしと同じ魔法の?」
「いいえジェニファー様。その力は、魔王が与えてくれた物です。完全に魔王を裏切ると、その能力はもう使えません」
「それって、例えば、ジョセフィーヌのように?」
「はい。彼女は魔王城には、二度と戻る事はできませんでした。わたくしも同じです。皆さまと同じように、何とか行く方法を探さないといけません」
「分かったわ。ありがとう」
「いいえ。お役に立てず、申し訳ありません」
「そんな事ないよ。ルナンが仲間になってくれて、俺、嬉しい」
「オレも〜」
「ありがとうございます。ご主人様、ロック様」
そこへ、席を外していたティナがお茶を抱えて戻って来た。
「さあさあ、あまりルナンに質問攻めも悪いから、お茶にしようね」
「あ、ティナ様。お茶ならわたくしが……」
「いいのいいの。あなたはここにいて。シトラス達の目の保養になるから」
今のルナンは猫ではなく人間の姿だった。
そのプロポーションは、ティナと引けを取らない。いや、バストの大きさだけは負けるかな。
頭には、猫耳がぴょこんと生えていた。
白いシャツに短パンという出で立ち。
「あ〜。猫耳ならメイド姿の方が、俺、いいかなあ」
「まあ。ご主人様がそうおっしゃるのなら、街で買って来ましょうか?」
「あ、嘘、嘘。冗談だから」
シトラスは隣のジェニファーの視線を気にした。
良かった。怒ってないみたい。
それどころか、
「シトラスがメイドに興味あるんなら、あたし、頑張っちゃおうかな」
と、ほのめかした。
ティナも入って来る。
「あ〜ら、じゃあアタシはよりセクシーなバニーちゃんを披露しようかな」
「ふふっ。楽しいです。わたくし」
ルナンは心から楽しんでいた。
普段は人間の姿で、必要な時に猫の姿になってとシトラス達に頼まれた事も、嬉しかった。
人間に、戻りたかったから。
さて、そんな彼らが次に目指す場所。
魔王城にいたルナンがシトラス達の仲間になったから、魔王軍の攻撃が激しくなってくるだろう。そうなる前に、勇者の事を詳しく知っているらしい人に会いに行こう。そのルナンの提案に、シトラス達は乗った。
ルナンは一度だけ、その人物に会った事がある。
森に住んでいた時だ。
わたくしの記憶が確かなら、とルナンは地図を指さした。
その場所は、闘技場の島の北東に位置する大陸。
今はサウズランドから東の海にいるから、このまま北上して行こう。
時間はかかるだろうけど。
それにしても、地図の東側に描かれている二つの大陸。全部岩で囲まれている。
船で行けない場所らしい。
どうやって行くんだろう。
まあ、その時に考えればいいか。
「そう言えば俺、聞きたかったんだけど。いいかなルナン」
「はい。ご主人様」
「どうして、その喋り方なの? 仲間なんだから、リラックスすればいいのに」
「それは、ご主人様にお仕えしていますから。それに、ガルディス様とも、このような感じでしたよ。気になりますか?」
「何か、くすぐったいというか、変な感じなんだよな。言われた事ないから」
「慣れですよ、ご主人様。わたくしも、これは癖みたいな物です」
「何処かで、俺みたいに仕えてたの?」
「はい。ある大きなお屋敷に。ですから、抜けないんですよね。この癖が」
「分かったよ。ルナン。俺も気にしない事にする」
「はい!」
船が少し揺れた。
風が出て来たようだ。
様子を見に、甲板に昇る。
岩が、ゴロゴロしていた。
「魔の岩礁地帯ですね。ここを抜ければ、目指す大陸はもう少しなんですけど」
「え〜! こんな岩だらけの所、どうやって通るの〜?」
「ご安心下さいジェニファー様。ゆっくりと、岩と岩の間を通れば、突破できるはずです」
「じゃあ、オレが舵を握るよ」
「お願いいたしますロック様。 わたくしは、左側を見ましょう」
「じゃあ、アタシは右だね」
ロックが舵、ティナとルナンが左右の安全を確認しながら、船はスピードを落とし進んで行く。
やがて、岩礁を抜けた。
「さすがですロック様! 操縦、お上手ですね」
「そんな事ないよ。ルナンとティナさんがいてくれたからさ」
「まあ、わたくしの力など……」
「ロックの言う通りだよルナン。自信持ちなって。それより、あれが目指す大陸?」
「はいご主人様。そうでございます」
かなり広い大陸だ。
ルナンの指示通り、大陸の端の砂浜に船を停める。
浅瀬になっているから、流されにくいだろう。
錨もして来たけどね。
ルナンは真っ直ぐ歩いて行く。
ポツンと一軒、家があった。
家というより小屋みたい。
ドアを叩く。
「こんにちは。いらっしゃいますか?」
一見無愛想なお婆さんが出て来た。
ルナンの顔を見る。
「誰じゃい?」
「あの、わたくし森の中にいた者です。一回、お会いしましたよね?」
「森? おお、あの森か。覚えておるぞ。ワシが子供らに、勇者の本を読んだ時じゃな。じゃがあの森は、魔王に攻撃されたはず。まさか、生きておったとはな」
「ええ。事情がありまして。それで今日は、あなたにお聞きしたい事があって参ったのです」
「何じゃい? つまらない用事なら、帰ってもらうぞ」
「今わたくし達は、魔王を倒す為に旅をしております。魔王の攻撃は、これから本格化してくるはず。そうなる前に、ここにいらっしゃる勇者シトラス様に、あなたの知識をお聞かせ願いたいのです」
「何!? 勇者とな?」
お婆さんの目の色が変わった。
シトラスは、勇者の印を見せる。
怖そうなお婆さんが、笑った。
「さあ、何をしているのじゃ。狭いけど、中にお入り」
シトラス達を招く。
礼を言って、家の中に上がらせてもらった。




