届く声
ディーブルは薄目を開けて前を見る。
ぼんやりと、向こうの壁際に立つシトラスの姿が確認出来た。
自分は、気絶でもしていたのか。
大魔王である自分が。
ハッとして飛び起きる。
自分をここまで吹き飛ばした魂達はどうした?
許さん。
が、そこに居たのはダイロスとシトラスだけだった。
「あの魂どもは、どうした?」
ダイロスに聞く。
「帰った。そんな顔を見せるという事は、ロック達の一撃が効いたんだな」
「何を言う。たかが魂ではないか」
「たかが、じゃない。お前の部下の魔族達とも、立派にやり合った者達だ。それにわたしとスターティオスが呼び戻したのだから、そういう風に捉えて欲しくはないな」
「お前達の加護がついているという事か」
「それはどうかな。ただ、彼らの強さは保証する」
「……く」
ディーブルは唇を噛む。
ダイロスに言い負けるとは思わなかった。
ならばこちらは実力を見せるしかない。
床に落ちていた槍を拾う。
「そんな強い魂どもを、帰しても良かったのか?」
「魂になっても、シトラスを励ましたいという願いを叶えただけだ。彼らは充分良く戦ってくれたよ」
「ドラモス達に命を絶たれた存在だがな」
「それでもここへ来た。それがシトラスの心の励みになる」
「ならワシは、絶望に変えてやろうか」
槍を構える。
流光弾か。
ダイロスがシトラスの前に出た。
「ダイロス!」
「シトラス。さっき魔法を受けた事は気にするな。お前の盾くらいにはなれる」
「でも……」
「安心しろ。わたしはまだ死ぬ気はない」
ディーブルが槍を何度も突いて来る。
ダイロスもあの黒い拳を出して流光弾を一つずつ打ち砕いた。
槍と拳の応酬。
どっちが勝つんだ?
シトラスは唾を飲む。
ドバン。
拳がディーブルの胴体めがけ伸びて行く。
槍もあと一突き。
拳の脇を通った。
相討ちだ。
ディーブルとダイロス、同時に倒れる。
「ダイロス!」
シトラスはダイロスを抱き起こす。
肩を貫かれていた。
赤い血がポタポタ流れる。
ダイロスは笑った。
「大丈夫だシトラス。それより油断するな」
自分で傷口を押さえている。
手が光っているという事は、回復しているのか。
シトラスはホッとする。
ディーブルは?
立った。
大魔王と言われるだけあり、なかなかにタフだ。
「シトラス……」
「ダイロス。立って平気なんですか?」
「ああ。お前も」
ダイロスがシトラスを癒してくれた。
「悪いがわたしはこれで戻るが、お前は頑張れ」
「え?」
「大丈夫だ。わたしとスターティオスが用意したプレゼントは、ロック達だけじゃないから」
「それはどういう……」
聞いてる途中なのに、行っちゃった。
フレイルもグラニーもアクアリーゼも、精霊達はみんな途中退場しちゃう。
最後まで居てくれてもいいのに。
ま、怪我してるんだから仕方ないか。
一応大魔王に攻撃当ててくれたし。
それにしても、プレゼントって何だろう。
ロック達の姿を見ただけでも感激したのに。
それ以上のもの?
「ぼんやりと、考え事してる暇など無いぞ」
おっといけない。
ディーブルが蹴りを繰り出していた。
腹を蹴られる前に、シトラスは受け止める。
「ほう、止めたな」
「ああ、止めた。んでお前が何かしてくるかも知れないから逃げる」
シトラスはディーブルの足を持っている手を離し、横の方に走って逃げる。
「賢明な判断だ」
思った通り、ディーブルが槍を持って追いかける。
シトラスは振り向きざま飛んだ。
槍をバネにしてさらに上に行く。
リズの剣を構えた。
「飛翔斬!」
ディーブルの頭上から斬りかかる。
ディーブルは槍の端と端に手を持ち替え、シトラスの剣を止めた。
シトラスはそのまま軽く押され弾かれる。
「く」
当たらない。
黒衣を斬ったからか、なおさら槍のガードが固くなっている。
それだけディーブルが、恐れているという事にもなり得るが。
「終わりか?」
流光弾がまた来そうだ。
ダイロスが少し回復してくれたから、逃げる体力はある。
けど攻撃を当てなければ意味が無い。
流光弾を避けながら、タイミングを見て懐に飛び込むか。
「五月雨!」
流光弾の槍の動きに合わせて、剣撃を当てて行く。
槍が頭の上をかすめて行った。
「今だ」
滑り込むようにディーブルに近づく。
「甘い」
ディーブルはニッと笑うと、波動をシトラスにぶつけた。
シトラスは転がる。
「ダイロスは上手くワシに拳を当てたが、お前がそう上手に剣を当てられる訳がない」
「……っ」
胸を起こす。
(諦めてはいかんぞ、シトラス)
その時、何処からか声が響いた。
この声は、まさか。
荷物に急ぐ。
クリスタルを手に取った。
「神父さま!」
神父さまを中心に、アルズベルトの村人達全員が並んでいる。
(精霊王様がわしらに伝えて下さったのじゃ。シトラス。大魔王の所に居るのじゃろう? いよいよ勇者の使命を果たす時が来たのじゃな)
「……うん」
(頑張れ。みんな応援しておるぞ。ロック達の事は気にするな。彼らも、自分のすべき事を果たしただけじゃ。わしらの誇りじゃぞ)
「えっ、あ……」
場面が変わる。
次に現れたのは、
「アローナ姫!」
(精霊王様と闇の精霊様は、あなた方と関わった世界中の全ての人々と、通信を繋いで下さったようです。わたくしも、心からあなたの勝利をお祈りしておりますわ)
「あ、ありがとうございます」
もちろんアローナ姫だけではない。
国王様と王妃様もいらっしゃる。
そうか、ダイロスの言っていたプレゼントってこの事か。
感動しているシトラスの後ろに、ディーブルが近づきつつあった。
「ええい。鬱陶しいわ」
通信が来た事が気に入らなかったらしい。
槍を掲げた。




