命を賭してその2
ガルディスは自分の身体のすれすれに、ディーブルが槍を構えている事に気付いていたが、薄目を開けて見ているだけで、その場から離れようとはしなかった。
疲れているし、心が逃げようと思っていても、体がついていかないのだろう。
「兄さん、逃げて!」
シトラスの声も聞こえている。
しかしガルディスは目を閉じた。
もう少し、もう少し体が動いてくれれば……。
「フッ、フフフ」
ディーブルがさっきよりも高く笑った。
怒りは吹き飛んだか。
今は勇者の一人を倒せるという事で、嬉しさの方が勝っているようだ。
「兄さん!」
シトラスがもう一度叫ぶ。
ディーブルは意地悪くシトラスの方に振り向いた。
「どうだシトラス。兄の死を見るのは」
「……く」
「お前も、すぐに送ってやるがな」
なんて言い草。
シトラスは拳を握った。
ディーブルは顔をガルディスの方に戻し、槍を高く捧げる。
「ガルディス。なかなか楽しませてもらったぞ。この世界で出会うのは、これが最後かもな」
「止めろ!」
槍がガルディスの身体に向かって行く。
シトラスが怒りの波動を投げた。
ディーブルの背中に当たる。
「どわ」
シトラスが背中を押したおかげで、ディーブルの槍の軌道が変わり、槍はガルディスが伸ばしたままの右腕と脇腹の間の床に刺さる。
ガルディスの上に倒れるように転びかけたディーブルだが、槍を支えにバランスを保ち、シトラスを睨むように振り向いた。
「お前達兄弟は、そんなにワシに抗いたいのか?」
槍を抜き、今度はシトラスに近づこうとする。
しかし、
バッ。
槍が抜けない。
ガルディスが身体を横にして、両手で槍を掴んでいた。
ディーブルは彼を蹴る。
「ぐわっ」
「ガルディス離せ。ワシはシトラスを殺るのだ」
「そんな事……、俺がやらせる訳ないだろ」
「弟思いだな、お前は。だが……」
槍を離さないガルディスを何度も蹴る。
「ワシには関係ないのだ。そんな事は」
最終的には槍を通じ鬪気を当て、ガルディスを引き離す。
シトラスは、横座りの状態だった。
一応両手を足の脇に置き、床につけているって事は立ち上がろうとしているんだろうと想像出来るが、はあはあ息をしてうつむくその姿は、はた目から見ると辛そうにしか見えない。
「苦しそうだな、シトラスよ」
「大魔王……!」
ディーブルが目の前で止まったのを感じて、シトラスは顔を上げる。
「先にガルディスを殺ろうと思ったのだがな、お前の邪魔が入った。そんなに兄が居なくなるのが嫌か?」
「当たり前……、だ」
「しかし見ろ。ガルディスはあそこでぐったりしてしまっているぞ。お前の下にワシが行くのを止めようとしてな。愚かな奴だ」
「愚か? 兄さんは愚かなんかじゃない!」
「止めなければ、あんなに傷付く事もなかった。まあいい。ワシは今、お前の側に居る。順番が変わっただけだ」
「……く」
槍がシトラスを狙う。
シトラスは正面から、その槍を受け止めた。
「死にたくないか。みっともなく足掻くのだな。お前達勇者という奴は」
「足掻く? ああ、足掻くさ。何度だって足掻いてやる。みっともなくたって、罵られたって、何度だって立ち上がろってやるさ!」
「それが人間……。いや、勇者というものか」
「俺には勇者の定義なんて分からない。ただ、諦めたくないんだよ。それだけだ」
「フッ。が、その態勢では辛かろう」
シトラスの指の隙間から、槍が近づいて来る。
このままじゃ胸を刺されてしまう。
シトラスは槍を握る指先に力を入れた。
「無駄だ」
腕ごと持って行かれた。
心臓を貫かれてしまう。
その瞬間、
サッ。
ガルディスが槍の切っ先を掴んでいた。
手のひらから血が流れる。
シトラスは助かったけど、ガルディスがまた怪我をしてしまった。
「兄さん!」
「言ったぞ大魔王……! シトラスは、やらせないってな」
「フッ。しかしそのせいでお前がまた傷ついたぞ」
ディーブルは槍を引いた。
ガルディスは傷口を布で押さえるだけ。
「治療、出来ないんだったな。可哀想に」
「構わないさ。俺達は、命懸けで戦うだけだからな」
「フッ」
先端に血の付いた槍を、ディーブルは真っ直ぐに構えた。
「命懸け、か。いいぞ。それぞ戦いの醍醐味という物だ!」
流光弾が、シトラスとガルディスを襲った。




