シシカバブウ
シシカバブウが大きな口を開けた。
さすがライオンの口、立派な牙が生えている。
ウウウウウウ……。
四本の足が地面を蹴る準備をしている。
いざーー、
「ちょ〜っと待ったあ!」
シシカバブウはシトラスに突撃しようとしていたが、その彼の声にびっくりして、前にずっこけた。
泥だらけの顔を上げる。
「な、なんだよ。びっくりさせるなよ。ボク、こう見えてもデリケートなんだから」
「悪い悪い。聞いておきたい事があったんだ。牧場からさらった動物達は、何処にやった?」
「ああ、あの動物達? 食べちゃった」
「何っ!?」
「嘘、嘘。ボクの後ろ、この森を抜けた所にいるよ」
「本当なんだな」
「本当だよ」
「何故さらった?」
「仲良くなりたかったから。けどみんな、怯えてる」
「……そうか」
シトラスはそこで静かに剣を構えた。
じっとシシカバブウの目を見る。
「俺達は以前、ジョセフィーヌという魔物と仲良くなった」
「知ってるよ。ジョセフィーヌは人間になりたかった。けどボクは、人間が嫌いだ。なぜなら、この姿のボクを売ろうとしたから。珍しいって。お前らもきっと……!」
カッ。
牙がシトラスに迫る。
シトラスは剣で受け止め、弾き返した。
「シシカバブウ。俺達はジョセフィーヌと出会って分かった。モンスターにも、色んな思いを持つ者がいる。俺は少なくても、お前を売ろうとはしない。いや、ここにいるみんなもだ」
「売らなくても、倒すという事だろう? 魔王様が言っていた。人間の本性ほど、醜い物はないと。欲望のままに生き、裏切り、奪い合う。ボクは騙されないぞ」
シシカバブウは今度はシトラスではなく、ジェニファーに向かって行った。
「!!」
「ジェニファー!」
ロックがジェニファーの前に飛び込み、流れるように矢を放つ。
「飛天狩射!」
シシカバブウは華麗に避けた。
ロックの肩を噛む。
血が腕を伝いしたたり落ちる。
シシカバブウは離れない。
「……っ」
ロックは苦悶の表情。
ティナがそうっと後ろから近づき、シシカバブウのたてがみを引っ張った。
「わあっ」
シシカバブウがロックの腕から離れる。
ジェニファーがその隙に、すぐさまキュアリーをかけた。
「な、何するんだこの女! 痛いじゃないか」
「あ〜ら、ごめんなさいね〜。ふさふさしてるから、つい触りたくなっちゃって。それに、あなたがロックを離さないから」
「なっ、このお」
目の前にプルルンと揺れるティナの巨乳。
シシカバブウは思わず目が行く。
「くっ、このっ、ボクは……、見てない。見てないぞお。人間は、嫌いだあ」
「あら、欲しいの? このおっぱいが……」
何を思ったか、ティナは自分の胸をシシカバブウの顔に押し当てた。
シトラス達は目が点。
ツー。
鼻血を流しシシカバブウは横に倒れる。
その顔は、明らかに喜んでいた。
彼女の魅力って、モンスターにも通じるのか。
「ちょっと、ティナさん!」
ジェニファーがティナの腕を掴み、引っ張る。
「あら、どうしたのジェニファー?」
「何考えてるんですか。怪我したらどうするんです。胸を、押し当てるなんて……」
ジェニファーは心配して泣いている。
ティナは彼女の涙を指で拭った。
「ありがとね、心配してくれて。気をつけるわ。でもね」
「ん……」
「結果的に、オーライじゃない?」
ニッコリ笑って、ジェニファーの目の前でピースサイン。ジェニファーの涙は止まったけど、キョトンとしている。
「オーライって、ティナさん……」
「はいはい、突っ込み厳しいわね。ん? あら」
シシカバブウが起きた。
シトラス、ロック、ジェニファー、ティナが四方を囲む。
「う〜、お、女。喜んでなどいないぞ。油断しただけだ」
「はいはい、デリケートなシシカバブウさん。気持ち良かったでしょ?」
「うん! 良い気持ちだった! って違〜う」
シシカバブウの顔がプクッと膨れる。
赤くなってきた。
力を込めているようだ。
「もう、怒った。怒ったから必殺技を出す」
お尻を高くつき出す。
尻尾が、上に跳ねた。
そして、
ブウッ!
お尻から、強烈なガスが吹き出した。
臭い。
それを連続で発射する。
シトラス達は、鼻を詰まんで悶絶した。
「どうだ! これがボクの必殺技だ。効くだろ?」
シシカバブウのブウって、この事か。
あの男性が言いたくなかったのも分かる。
それにしても、凄い匂いだ。
目までくる。
奥で動物達の鳴き声が聞こえた。
「どうした。何で鳴く? ボクは君達と仲良くしたいだけなのに。ええい鳴くな! なら攻撃する!」
「止めなさい!」
ティナが怒った。
シシカバブウの攻撃にむせながら、睨む。
彼女は杖を地面に刺した。
「無理やりさらっておいて仲良くしようだなんて、そもそも根本的に間違ってるわ。仲良くするには、信頼が必要なのよ。このようにね」
聖獣を召喚する。
青いもふもふした獣、ラッピーが現れた。
その可愛らしさに、シシカバブウが近づこうとするが、ティナが止める。
「ラッピー、風を!」
ラッピーはティナの命令に応え、耳をばたつかせ風を送る。
臭い匂いが無くなった。
「良くやったわラッピー。いい子ね」
ラッピーは甘えようと肩に乗って来た。ティナは優しくナデナデする。
一方、シシカバブウは砂だらけ。
顔をブルルンと降って砂を落とす。
「くそ、女! よくも!」
「ラッピー。戻りなさい」
シシカバブウの狙いが自分だと理解していたティナは、ラッピーを魔法陣の中に帰した。
「ムッ、聖獣を帰した。何故だ。聖獣はお前の武器じゃないのか?」
「武器? 違うわ」
ティナは険しい目つきで語る。
「アタシは、聖獣を武器だとは一度も思った事が無い。彼らはお友達。一緒に、戦ってもらっているだけよ」
「お友達……?」
「そう。力を借りているだけ。だから今みたいに、危険を察知した時は一番に帰すの。傷つけたくないから」
「じゃあ、こいつらはどうだ? 友達なのか?」
シシカバブウはシトラス達に目線を送った。
ティナは迷わず答える。
「友達でもあるし、仲間でもあるわ。友達と違うのは、一緒に成長して行ける事。戦いながら、絆を深めていけるのよ」
「でもボクはモンスターだ。人間とは違う! できる事は奪う事。それが叶わないなら、殺す」
「……そう」
ティナは一瞬、悲しい顔で。でも強く、杖を握った。
「ウィル! 力を貸して!」
ピョンピョン跳ねて泳ぐウィル。波が、シシカバブウを包んだ。
「うわああああっ」
「シトラス、お願い」
「はい!」
波に飲まれてぐったりするシシカバブウに、シトラスがトドメを刺す。
「十字斬!」
魔物が石と化した後、森の迷路も消えた。
シシカバブウの力で、迷路になっていたのか。
動物達を無事に保護する。
嬉しそうに、なついてくる。
「こらこら、そんなに舐めるなよ。くすぐったいだろ」
「クーン」
「分かった。君達の主人の下へ帰ろう」
船に乗せて、牧場の男の人の所へ。
喜ぶ男性。
さらわれた動物達、一頭残らず無事に帰って来たのだ。
お礼に畑で取れた野菜と、搾りたての牛乳をもらった。
甲板で一人、落ち込んでいるティナ。
「ティナさん……」
ジェニファーが慰めに来る。
「ジェニファー……。分かってるの。上手くいかないものだなぁって」
「はい……」
モンスターも人間も、いろいろな人がいる。
分かり合える時もある。
喧嘩をする時もある。
人生の厳しさを、教えられた日だった。




