野望を止めろ
カツカツカツ。
地下への階段を降りる足音が響く。
写し出される影。
鉄の扉の前に立つ。
「さあ、国王様」
「うむ」
シトラスに促され、王様が取っ手に手をかける。
ゴクリ。
唾を飲み込んだ。
緊張している。
思い切って扉を横に開いた。
中は静かで、人の気配がない。
エルウィンもいないのか。
「エルウィン、余だ。いないのか?」
向こうの暗闇の中から人が歩いてくる。
エルウィンは挨拶をした。
「これは王様。ナジム王子様。勇者ご一行様まで。いかがなされました? このようなご時分に」
「実は先ほど、女官のエリスが襲われたのだ。どこからともなく現れた、魔物によってな」
「そうですか。それは、大変な事が起きましたね。それで、エリスさんは?」
「無事だ。シトラスが守ってくれてな。だがそれだけではない。お前と共に研究していた、科学者が現れたのだ。筋肉隆々でな。倒れる瞬間言っていた。お前に、実験台にされたと」
「そうですか」
王様の言葉にも、エルウィンは顔色を変えず、平然としていた。
エリスを心配するでもなく、死んだ科学者を気にかけるでもなく、いつもと同じ表情で。
それが不気味だった。
ナジム王子がたまらなくなって言った。
「エルウィン、ボクは、お前を信じたい。けど分からない。だから、本当の事を言ってくれ。人体実験なんて、嘘だよな? 魔物の事も、関係ないよな?」
「フッ」
「エルウィン!」
「王子様。わたしの実験を、信じてくださるというのですか。ありがたい。ならば、そこの奥の扉を開けてご覧なさい。わたしの研究の為に犠牲になってくれた、科学者の姿が、そこにあります」
「何っ?」
ナジム王子は慌てて扉を開いた。
シトラス達と王様も覗く。
「ウッ」
思わず口を塞ぐ。
目を背けたくなる光景だ。
バラバラに千切れた身体。
腹が膨れ、内臓が飛び出している。
目も飛び出し、口は半開き。
血の臭いが充満していた。
気持ちが悪くなり、ナジム王子は扉を閉めた。
「どうです王子。わたしの研究結果は。そこに転がっている者達は失敗ですが、エリスの部屋に行った科学者に関しては、多少成功したかなと思っています」
「お前……、一体彼らに、何をした?」
振り向きながら、エルウィンを睨む。
目が真っ赤だ。
エルウィンはニヤリとさげすむように言った。
「言ったでしょう。人体実験ですよ。筋肉を増幅させる薬を、体内に流すんです。後は魔法の力ですね。魔法が使えない者も、使えるように。最初は、急激な身体の変化に戸惑いますよ。けど、心を奪い、薬の量を調節すれば、最強の生物兵器ができますよ。どんな敵にも、負けないくらいのね」
「お前っ!」
「ああ。あとやってみたかったのは、魔物との融合ですね。そうすれば、わたしの理想とする兵器が完成するでしょう。でも心配要りませんね。この城には、材料となる人間が、一杯いるのですから」
「クッ!」
怒りで震えたナジム王子は、エルウィンに向かいビー玉を投げた。が、エルウィンはそのビー玉をヒョイと簡単に掴むと、投げ返してきた。
「わっ!」
床に当たり爆発する。
王様がナジムを庇い、伏せる。
さらにシトラス達が守った為、二人に怪我は無かった。
「エルウィン……っ」
脇にナジムを抱えた王様が立ち上がった。
シトラス達も前に立つ。
エルウィンは大砲に手をかけた。
ナジムが、それは自分の物だと叫ぶ。
「フッ、自分の物? あなたのような子供に、こんな物をあげるはず無いでしょう。これは最初からわたしの物です。あれは、あなたの気を引く為についた嘘なんですよ」
「クッ」
「悔しいですか? ならば、その悔しさを抱えたまま死になさい」
でかい砲弾が狙う。
シトラス達は王様とナジム王子の手を引いて横に逃げた。
地下に振動が走る。
爆発で壁に穴が開いた。
「あらあら、逃げましたね。でもこれ、動くんですよ」
グウィンと音を立て、キャタピラーが回転する。
走る大砲がシトラス達を狙った。
王様達とジェニファー、ロックを二手に分け、シトラスが矢面に立つ。
「シトラスッ!」
ジェニファーの声。
シトラスはポケットからナジムのビー玉を出す。
それを大砲の砲弾口に向かって投げた。
「なっ」
エルウィンが驚く。
ビー玉はスルッと吸い込まれた。
そして、
ドカアン!
暴発してバラバラになる。
轟音と煙が収まった。
エルウィンは、呆然としていた。
やがて、
「お〜。これはクレイジーな。あなたコントロールいいのですね。少し、びっくりしちゃいました、わたし」
動揺している心を落ち着かせるように、笑う。
白衣が破れた。
人の肌じゃない。
全身が、黒くなっていく。
羽が生えた。
腕と同化する。
足も鳥の足みたいになり、空に飛んだ。
その姿は、まるで、
「そう。わたしはコウモリの魔物なのです。エリスの部屋に行ったコウモリ達は、わたしの友達」
「エルウィンが、魔物……」
「驚きました? ナジム王子。この城に来たのは魔王様のご命令。この国の科学力を乗っ取り、魔王軍の力にする事こそ目的だったのです。あなたに目をつけたのは、この国を乗っ取りやすいと思ったから。あなたは、わたしの道具だったのですよ」
「貴様、ナジムを利用したのか!?」
「そう怒らないで頂きたい、国王。あなたがこの国に入れてくれたおかげで、生物兵器の元ができたのだから」
「クッ」
シトラス、ジェニファー、ロックは黙って武器を構える。
彼らは、静かに怒っていた。
許せない。
人の命を、おもちゃにする輩を。
シトラスは、後ろの王様に言った。
「王様。俺達がこの魔物を倒します! 王様達は、避難を」
「分かった」
ナジムをしっかりと抱えて、王様が鉄の扉に向かって走る。
「逃げられませんよ」
エルウィンの妖気で、鍵が閉められた。
引っ張っても開かない。
「わたしを倒さないと、その扉は開きませんよ」
「なら俺達が、お前を倒す!」
「ほう」
「エルウィン、お前を許さない!」
空に浮かぶエルウィンを見上げるシトラス達。
エルウィンが、息を吸った。




