村からの追放
シトラス達が麓に下りて来た時、その魔物は村の中を走り回っていた。普通の牛と違い、全体が黒くて大きい。その上俊敏だ。ただし、一頭しかいない。
神父さまがその姿を確認する。
「あれは、カウーか。一頭とは言え、厄介じゃな」
村の人達は悲鳴を上げて逃げ惑う。
サララが剣を握り、ワンピースの裾をたくしあげ、短く切る。
長い美脚があらわになった。
カウーから逃げていた村の男たちだが、その光景にデレッと鼻の下を伸ばす。
「オオ〜〜!」
サララの隣にいたシトラスは驚き、小声で言う。
「ちょ、ちょっと姉さん」
「あら、仕方ないじゃない。ワンピースを着替える暇がなかったんだから」
「それにしても……」
「とにかく、これで動きやすくなったわ」
サララは気にする様子もなく、カウーに剣を向けた。
「さあ、来なさい!」
カウーは真っ直ぐ、サララに向かって来る。
まさか、彼女の美脚に惹かれたのか。
サララは斬り込む準備をする。
その時、
クルッ。
カウーが突然、向きを変えた。
タイミングを逃したサララは、きょとんとしている。
カウーは村の男に向かって行った。
サララがボソッと呟く。
「え〜、わたしのお色気が効かなかった」
シトラスはずっこけながら突っ込む。
「姉さん、そんな事言ってる場合じゃないでしょ。あれを見てよ」
男は泣きながら逃げ惑う。
「わぁ〜〜。俺が何をしたんだ〜〜!」
見ると赤い上着を着ている。
それに気づいたロックは、自分のバンダナを外して振り回した。
「ほ〜ら。こっちだ。こっち!」
カウーは今度はロックの方へ。
カウーの立派な角が当たる瞬間に、ロックはサッと横へ避けた。
ジェニファーが合わせる。
「ファイヤーショット!」
カウーは倒れる。
神父さまが叫んだ。
「今じゃ、みんな、家の中へ!」
村人達は全員家の中に隠れた。
残ったシトラス達はカウーの様子を見るため、回りを囲む。
「ブルルルルル」
カウーは怒りの咆哮を上げ、起き上がる。
ロックがまたバンダナを振り回した。
が、今度は効かない。
カウーは暴れ、走り回る。
「まさか、学習したとでもいうのか?」
「神父さま、どうするんですか?」
「ウムムムム……」
シトラスの焦りに、神父さまは考える。
そして服の内ポケットから、赤い布を出した。
「本当は恥ずかしくて出したくなかったんじゃが、仕方ない、村人のためじゃ」
広げてみると、それは何と、
「わしの赤フンの予備じゃ。さあカウーよ。こっちじゃ!」
闘牛士がやるように赤フンを体の脇に持つ。
カウーは見つめているものの警戒していた。
「駄目か。ならば」
神父さまはカウーに背中を向け、赤フンを持って踊り出す。さらに、お尻を赤フンで包み、誘うみたいに腰をフリフリ振った。
「ほ〜らカウー。こっちへおいで〜。来ないとお尻ペンペンじゃ〜♪」
シトラス達は呆れ顔。
まさか神父さまがここまでやるなんて。
ただ、カウーは興味を惹かれたらしい。
脇目も振らず突進して来た。
「今じゃ! シトラス、サララ!」
「は、はい!」
二人の剣士が、カウーから逃げる神父さまの前に飛び出す。
そして、
ズバッ。
両脇からカウーを斬った。
カウーは最後の咆哮を上げ、煙になって消え去った。
この世界の魔物は、ほとんどがそう。
そして石を落として行く。
この石は、魔物の強さによって色が違う。
魔王の力で産み出された、ストーンモンスターと言われる魔物だ。
やがて物音が無くなり、家々から人々が出て来る。
神父さまは、素早く赤フンをしまった。
「神父さま……」
「おお、みんな。もう安心じゃ。あの魔物はシトラスが倒してくれたわい」
「そうですか。しかし、あの魔物がこの村に来たのは、そこにいる勇者のせいではないのですか?」
「何じゃと!?」
一体村人達は何を言っているんだ。
神父さまは憤った。
「お主達、何が言いたい」
「神父さま。われわれは今まで勇者がここにいる事で、魔王がこの村を襲うんじゃないかという不安と戦って来ました。神父さまは勇者を庇いますが、われわれは納得できません。実際、今日魔物が襲って来たじゃないですか。よって、この村から、勇者は出て行ってもらいます」
「そうだ、勇者は出て行け!」
「馬鹿シトラス!」
怒声が響き、シトラスは石を投げられる。
サララ、ジェニファー、ロックは、怒りの表情でぐっと拳を握った。
「黙らっしゃい!」
神父さまもよほど腹に据えかねたのだろう。
一言で、村人達を黙らせた。
「お主達、何を好き勝手な事を言っておるんじゃ! 魔物から村を守ってくれたのは、この子達なのじゃぞ。それを出て行けとは、何事じゃ!」
「しかし……」
「しかしもかかしも無い! シトラスが、お主達に何かしたか? 勇者という事で、威張って横暴な態度をとったか? そんな事はないはずじゃ。この子は優しい子。お主達には、それが分からんのか?」
「それは、そうなのですが……。とにかく、われわれはもう、怯えて暮らすのは嫌なのです。勇者さえ出て行ってくれたら、村は平穏になるのです」
「お主達は……!!」
神父さまが再びシトラスを庇おうとしたところに、当のシトラスがそれを止めた。
「神父さま。もういいのです。俺が村を出て行けば、それでいいのですから」
「シトラス……」
「ただし、覚えておいて下さい。俺がこの村を出るのは、村人達のためじゃない。魔王を、倒しに行くのです。それと、あとでどんなに懇願されても、俺はもう、二度とこの村には戻りません」
シトラスのその言葉を聞いて、村人達は安心したような顔をした。
「そうか。助かるよ。これで安心して眠れる。けど、われわれも鬼じゃない。今は暗くなってきたから、明日の朝まで待とう。朝になったら、出て行ってもらうよ」
村人達は、そのまま家に帰って行った。
納得できないのはジェニファー達。
何て無理解で、冷たくて、自分勝手な人達なんだろう。
その中に、自分達の親がいるのも、悲しかった。
シトラスが、何をしたっていうの。
こうなったら……。
ジェニファーとロックは、心に決めた。
その日の夜。
ジェニファーとロックは、シトラスの家に集まっていた。
荷物を抱えて。
もちろん神父さまも、その場にいた。
シトラスが言う。
「ジェニファー、ロック、本当にいいのか?」
ジェニファーはニッコリ笑った。
「ええ。あたし達、あなたと一緒に行くと決めたの。あなたは何も悪くない。なのに出て行けなんて、おかしいよ。だから、もうこの村にはいたくない。あなたを一人には、させない」
「オレも、ジェニファーと同じ気持ちだよ。情けない。両親があんな冷たいとは、思わなかった。それにオレ達、親友だろ?」
「ロック、ジェニファー……」
シトラスは涙が出てきた。
二人の気持ちが、嬉しい。
「しかし、今、こんな暗い夜中に出発か?朝の方がいいのではないかの?」
「いいえ、神父さま。両親が寝ている、今の方がいいのです。朝になったら、あたしもロックも、家から出してもらえません。それに、置き手紙を置いて来ましたから」
「そうか」
神父さまはもう、何も言わない。
サララが動きやすそうなズボンを履いて登場する。
「それじゃ、みんな、行きましょう」
「サララ、これを……」
神父さまが渡してくれたのは、手のひらサイズのクリスタルだった。
「わしも同じ物を持っておる。これを持っていれば、いつでも話ができるぞ。お守り代わりにな」
「ありがとうございます、神父さま」
「じゃあ、行っておいで。あとの事は任せるのじゃ」
「はい、お世話になりました」
「うむ」
シトラス、サララ、ジェニファー、ロック。四人の少年少女は、魔王を倒しに旅立って行った。
さよなら、アルズベルト村。