おばば様のお言葉
スカイラー王国。国王の間。
シトラス一行が城に到着したら、すぐに門の兵士が通してくれた。
王様は椅子に座って彼らを待っていた。
兵士が聖なる手鏡をユリハに渡す。
「ユリハ。本当はわたしも共に命の木の内部に行きたい所だが、国王としての仕事があっての。あまり城を抜けると、近衛兵に諌められてしまうのだ」
椅子の脇に佇んでいる兵士に目をやる。
兵士の方もチラリと王様を見て、大きく咳払いをした。
まさか、内緒で抜け出した事があるのだろうか。
「という訳だ。シトラス、ガルディス。ユリハを頼むぞ。大事な預言者に何かあっては困るからな」
「はい! 俺達にお任せ下さい!」
「うむ。ジェニファー達も、頼りにしているぞ」
「はい!」
「命の木から出たら、報告しに来ておくれ。わたしも気になるのでな」
「はい。では俺達、行きます」
「うむ。待っておるぞ」
門の兵士に挨拶し、命の木へ。
途中、ユリハが言った。
「そう言えば、サララさんは……。やはり、天に帰ってしまったのでしょうか?」
その答えは、ロックが告げた。
「ええ。光になって帰って行きましたよ。綺麗な笑顔でした」
「そうですか……」
「ユリハさん。そんな顔をしないで下さい。オレ達もサララさんも分かっていた事ですから。それにオレは、笑って別れようって、決めてましたから」
「ロックさん……。分かりました。私もお婆ちゃんに会う時は、笑っていようと決めました」
「ええ。それが良いです」
命の木の前。
ドラゴンが一声鳴く。
ユリハが聖なる手鏡を掲げた。
ハラッ。
入り口が開く。
シトラスはユリハの背中を押した。
ユリハはゴクッと唾を飲み込むと、一呼吸置いて中に入った。
シトラス一行も後に続く。
ここまでは順調だ。
「これが、核……」
白くツヤツヤした卵のような物体を、ユリハは触った。
核が光る。
ぼやっと、人影が揺らめいた。
「あ……」
「久しいな、ユリハ。元気じゃったか?」
「お、お婆ちゃん……!」
命の木に吸収されていた、リンお婆ちゃん、おばば様の魂が姿を見せた。
ユリハは大きな声で泣きながら抱きつく。
サララの魂と同じで、触れる事ができた。
命の木の奇跡か。
「おおユリハ。寂しい思いをさせたのお。シトラス達も、来てくれたのじゃな。ありがとの」
「おばば様、俺達……」
「分かっておるよ。ドラゴンの事じゃろう? それを伝えにわしは出て来たのじゃ。さぁユリハ。話をしても良いかの?」
「はい、お婆ちゃん!」
ユリハは最高の笑顔で笑った。
おばば様に会えて、嬉しかったのだろう。
「して、シトラスよ。ドラゴンはどこに?」
「はい、ここです」
シトラスはおばば様の前にドラゴンをはなした。
「キュイ?」
ドラゴンは不思議そうな顔でおばば様を見上げている。
「おお。ここまで小さくなっていたか。実は命の木の根も、枯れ始めておるのじゃ」
「なっ……! やっぱり、表面からは見えない所が冒されたのですね」
「そうじゃ。ユリハ始め、命の木の変化にはこの王国の人間は気づかなかったじゃろう。木と一体化したわしは知っておったが、なにぶん死んだ身ゆえ、知らせる事ができなかった。シトラス達が来てくれて、ユリハが能力を使って、初めて聞かせる事が出来たわ」
「お婆ちゃん……」
「ユリハ。泣かないで聞いておくれ。いいかい? 聖霊の意思を取り戻しても、スカイドラゴンは大きくならなかった。魔王はオーブで聖霊の力を奪った後、さらに命の木の根から養分を吸い取ったのじゃ。だからドラゴンに影響が出た。あのまま、聖霊の意思の欠片を見つけられずにいたら、根は腐り、やがて命の木も枯れたであろう。間に合って良かったわ」
「でもお婆ちゃん。まだこの木の根は……」
「そうじゃ。ゆっくりとじゃが、魔王の力が浸食しておる。吸い取られた養分を探さねば」
「その木の養分は、どこにあるかお分かりですか?」
シトラスの質問に、おばば様は一瞬口を閉じた。
「おばば様?」
瞑想しているように目をつむる。
やがて口を開いた。
「木の養分は、少なくともこの王国には無い。下の、地上に魔王が落とした。どこにあるかは、分からぬが」
「では、地上でその養分を見つければいいんですね」
「そうじゃ。それと、命の木が教えてくれた言葉がある。草の匂いがする緑の液体と、古い船じゃそうじゃ。緑の液体の方は、多分養分じゃろうが、古い船の方は見当がつかんのう」
「分かりましたお婆ちゃん。私が視てみます」
「じゃが、ユリハ……」
「心配しないで。私は大丈夫。皆さんの為に、私もお役に立ちたいの。それが預言者として、私に出来る事だから」
「そうか。分かった。強くなったのじゃなユリハ。では、わしは行くよ」
「ありがとうございました。おばば様」
「うむ。シトラス。みんなも気をつけるのじゃぞ。ではな」
笑って手を振るユリハに見送られ、おばば様は木の中に帰って行った。
「さて」
ユリハはハンカチでそっと目頭を拭うと、シトラス達に言った。
「それでは皆さま。参りましょうか」
王様に報告しに行く前に、神殿に寄って視てくれるという。
ここは彼女に頼るしかない。
祭壇に向かって、ユリハは目を閉じた。
ふわり。
体が浮く。
「緑の液体は……、男の子が目撃……。あれは、王子様……?」
そこまで呟いた途端、床に落ちるように倒れた。
「ユリハさん! 大丈夫ですか!? ユリハさん!」
シトラスの腕の中、ユリハの意識は途切れた。




