雨降りの日
心地良い船旅にも、ドラゴンはだんだん慣れて来た。
甲板の上で走り回ったり、跳んだり。
でもたまに強い風が吹いたり、波が揺れたりした時は、シトラスの服に隠れて小さくなっていた。
その様子が可愛くて可笑しい。
笑ってはいけないけど、思わず声が出てしまう。
「キュイイ!」
「ゴメンゴメン、ドラゴン。そんな怒るなよ」
シトラスの肩を足でドンドン叩く。
それでも何か余裕で笑っているから、ドラゴンのムッとした一撃が炸裂。
カプッ。
「痛ててて」
耳たぶを噛まれた。
これにはシトラスもびっくり。
ただそんなに強く噛まれていないようで、噛み跡が軽くついただけ。
ドラゴンも分かっている。
シトラスが黙った事で、ようやく収まった。
「あらら〜〜。災難だったわねシトラス。治療してあげようか?」
ティナが消毒液と綿棒を持って来た。
「うう、ドラゴン酷えよ。何で俺だけ……」
「まあまあ。それだけあなたになついてるって事じゃないの?」
「にしても……」
「はいはい、文句言わない。ん? どうしたのジェニファー。あなたがやる? あら、ゴメンね気が利かなくて」
ティナと交代してジェニファーが綿棒を持つ。
海の中の戦いの影響がまだ残っている。
少しでも魔法力を回復したい。
と、いう訳で、
「うう」
「しみるの? ゴメンねシトラス」
「い、いや、平気」
「じゃあ、もっと」
「ギャア!」
「やっぱり。でももう少しだからね」
薬を塗られる。
ドラゴンはロックの足元まで走っていた。
ロックが抱き上げる。
「お〜ドラゴン。笑われて嫌だったな。でもあんまりシトラスをイジメるなよ〜」
「キュ〜」
「そうそう。分かってくれたか。いい子だ。オレ達仲間だもんな」
「キュイ!」
その時、空からポツリポツリと、雨粒が落ちて来た。
ガルディスが見上げる。
雲が集まって来ていた。
「あちゃー。シトラス。このままだとどしゃ降りになりそうだ。自動操縦にして、俺達は部屋に戻ろう」
「うん。分かったよ兄さん」
急いでみんな甲板から引き上げる。
部屋の前の通路に着く頃には、雨脚はだいぶ強まっていた。
「まあ、突然降って来ましたね。ガルディス様」
「ああそうだな。みんなはこれから部屋に行くか?」
「ガルディス。アタシら髪が濡れちゃったし、お風呂に入って来ようかな。こんな時間だし」
時刻は夕方の17:00。
グラニーのいるセントミディアに着くまでは、後二日はかかる予定だ。
「そうか。それじゃ俺も汗を流そうか。シトラス、ロックはどうする?」
「俺達も行くよ。なあロック」
「ああ。アクアリーゼを元に戻すのに、体汚れちゃったしな」
「ふふっ。わたくしがお風呂を頂いた後、皆さまの服をお洗濯致しますね」
「じゃあ、後でね」
各部屋に支度を取りに行って、風呂場へ。
ドラコンは男性陣と一緒。
オスかメスかで言ったら、男の子らしい。
湯けむりが漂う中ーー、
体を洗う長い髪の人物。
濡れた髪をまとめ、湯船に。
先に二人の人物が入っていた。
「ガルディス。遅〜い」
「待たせたな。シトラス、ロック」
「兄さん、ちょうどいい湯加減だよ」
「そうだな。気持ちいいな。ドラコンも」
ドラゴンは大きい湯船に入れない為、桶の中にお湯を張ってもらって浸かっていた。
船の中に男と女に分かれた浴場があるなんて。
規模は小さめだけど贅沢。
グリンズム王国の王様に、改めて感謝しなきゃ。
ドラゴンも、シトラスに体を洗ってもらって気持ちよさそう。
「ドラゴン、熱くないか? 大丈夫か?」
「キュイ!」
「そうか。それは良かった」
お湯を水で調節して桶に入れてる。
ドラゴンは、ぬるめのお湯の方が好みらしい。
しっぽを振ってるって事は、満足してるって事かな。
「けどシトラス。ドラゴンが大きいままだったら、こうしてオレ達と風呂に入る事も無かっただろうな」
「そうだな。体を拭いてあげるのも大変だし」
「そういう場合は、池で水浴びをするらしいぜ」
「そうなの? 兄さん」
「ああ。聖霊王の所の本で呼んだ。なら、こういう体験も貴重だな。ドラコン」
「キュイ!」
「そうか。嬉しいか」
こうして三人と一匹は風呂場で雑談した。
「フフフフ〜ン」
食堂でティナの鼻歌が聞こえる。
ジェニファーとルナンも、忙しく手を動かしていた。
男性陣が上がって来る。
「わ〜、いい匂い〜」
「あ、シトラス。ちょっと待っててね。今あたしのスペシャルな料理を作ってあげるから」
「ジェニファーのスペシャルな料理っていうと、あれか、特製ベジタブルカレー」
「うん。だから座ってて」
「あ、その前に水を……」
コップに水を一杯貰う。
ガルディスとロックの分も。
ティナが話しかける。
「そういえばさ、シトラス達長風呂だったね。てっきりアタシ達より早く上がったと思ってたけど」
「あ。ドラゴンの体を洗っていたんです」
「そう。またロックと一緒に、覗きに来るのかと期待してたんだけど」
「なっ。ティナさん、それは……」
「お〜。シトラスとロックティナの裸を覗いたのか〜。誘ってくれれば俺も一緒に……」
「あら。ガルディスも見たいの? じゃあ、別の所で」
そこでジェニファーの一喝。
「もう! ティナさん妙な話してないで、こっちに来て下さい! それに、シトラス達が見たのは、あたし達の背中でしょう」
「はいはい。相変わらず、手厳しい事で。じゃあね、シトラス」
ティナはジェニファーの側に行く。
ルナンは笑って抜けるように、洗濯をやりに行った。
雨が降っているけど、風呂場の熱気を使えばある程度乾くんだそうだ。
色々知ってるんだな。
船は夜の闇の中、一旦止めた。




