海中散歩
レナン大陸、ギー婆さんの小屋から南に下った所にある岩礁地帯。
以前はここで、
「海の国、アクアリーゼ!」
と叫べば、聖霊の膜で船を包んでもらえたが、今日は違う。
棒で岩を叩いて人魚に来てもらわなきゃ。
「兄さん、メモの紙を」
「ああ。ジェニファー。ティナでもいい。その杖で俺の言う通り叩いてくれ」
「じゃあ、アタシが」
ティナは杖を持って身を乗り出す。
「ティナ様、船から落ちます。危ないですよ」
ルナンがティナの体を支えてくれた。
「あらルナン。押さえててくれるの? ありがとね」
「よしシトラス。まずはあの岩に船を近づけてくれ」
「うん。難しいけどやってみるね」
「シトラス。オレとジェニファーが左右を見る」
「頼む」
ガルディスがメモでシトラスとティナに指示し、シトラスはジェニファーとロックに周りを見てもらいながら操縦する。ティナはガルディスの言う通りに岩を叩いて行った。
チャララン♪
叩くたび綺麗なメロディーになっていく。
「よし、これで最後だ」
最後の岩を叩くと、船の回りの岩が一斉に避けた。
海の中から二〜三人人影が見える。
水面に顔を出した。
チャパン。
男性の人魚が一人と、女性の人魚が二人。
三人はシトラス一行の船を見上げた。
「僕らを呼んだのは、やっぱりキミ達だね。アクアリーゼ様をお助けに来た勇者達」
「待ってね。わたし達があなた達の船を海に潜れるようにしてあげる」
「じゃあ、アタイはこっちだ。せ〜〜の」
三方向に分かれて、口から泡を出す。
その泡が船の上空で重なり、大きなシャボン玉みたいな膜を作り出した。
船を包む。
「よし、これでキミ達は海に潜れるようになったよ。あ、礼はいいからね」
「そのシャボン玉は水に触れても割れないから。じゃ、わたし達は戻るね」
「ゆっくり海中散歩でも楽しみな。アタイらは先に行ってる。また会おう」
船の甲板にいるシトラス達に喋る時間を与えず、三人の人魚達はササッと水の中に消えた。
「何か、サッと来てサッと行っちゃいましたね」
「そうだね。でも、ああいうのもカッコいいのかもしれないね」
「……? ティナ様、わたくしには理解が出来ないのですが……」
「つまり、お礼の為にやってるんじゃないって事」
「無償という事ですか? 何か、わたくし達の旅に似ておりますね」
「そう? そう考えれば、そうかもね」
「それじゃ、船が潜れるようになりましたし、散歩も兼ねて意思の欠片を探しますか?」
「……そうだね、シトラス」
船はゆっくりと潜って行く。
澄んだ水の中、石になった二つのオーブをかざした。
珊瑚の隙間、魚の群れが通り過ぎる。
ガルディスとドラゴンは、その光景を珍しそうに見ていた。
「ガルディスは初めてだったよね。あたし達は二回目だけど。でも、やっぱり船で海に潜れるなんて凄いと思う」
「ああ、そうだな。それにこの海は澄んでいる。綺麗過ぎて、感激してしまうほどだ」
「キュイ!」
ジェニファーの言葉にガルディスとドラゴンは答えた。
シトラスはオーブを見ている。
今の所反応は無い。
と、船に何かが近づいて来る気配を感じた。
ドン。
船が揺れる。
ジェニファーとティナはひっくり返るが、シトラスとガルディスに助けられた。
「大丈夫か? ジェニファー」
「うん、ありがとう」
「ティナも平気だな?」
「ええ。それにしても、何事?」
船の前方に巨大な図体が現れる。
「あれは……」
白いツルツルの肌に三角の頭。
プツプツと吸盤の付いた足。
大きなイカのモンスターだ。
「おれはビッカーだ。勇者ども、覚悟!」
ビッカーはそう言って足を船に巻き付ける
吸盤がピタッと吸い付いた。
グルグルと船が回される。
「わあああああ」
目が廻る。
ビッカーはある程度回した所で、船をぶん投げた。
シトラス達は気持ち悪くて動けない。
海中に漂う船に向かい、ビッカーが狙いを定める。
「今そのシャボン玉を割ってやるぜ! そしたら貴様らは息が出来まい」
ギランと目を光らせる。
エンペラー、つまり頭の三角の部分を前に向けた。
「おれのこのエンペラーは、切れ味鋭いナイフだ。受けろ!」
ガルディスが操縦かんを握り、船を立て直そうと踏ん張る。
徐々にフラフラが治まって来た。
が、ビッカーはすぐそこ。
「くっ」
間に合わない。
その時、
「待ちな!」
助けに来てくれたのは、船をシャボン玉で包んでくれた人魚の女性の一人だった。
鍛え上げられた上半身が逞しい。
特に肩から腕にかけた筋肉は、美しいほどだった。
ビッカーを思い切り殴る。
「アタイがこいつの相手をする。あんたらはその間に船を戻しな」
「あ、ありがとう……、ございます……」
船を急いで直さなきゃ。
シトラスとガルディス協力して舵を取る。
ビッカーは口の血を拭い、女性を睨んだ。
「おのれ、邪魔をして!」
「勇者達は、アクアリーゼ様を助けに来てくれたんだ。その彼らを、死なせてたまるか! 来な、アタイはマリンだ!」
「馬鹿にするなあ!」
人魚マリンとビッカーの間に、火花が散った。




