ビグアックの港
「ああ、楽しかった」
花の感謝祭の踊りに飛び入り参加して、シトラス、ジェニファー、サララ、ロックは地べたに座り込んだ。
こんなに踊ったのは初めて。
疲れたけど、面白かった。
他の参加者の人達も、笑顔で帰って来る。
最初のゆったりした曲は、優雅な妖精達の踊りをイメージしていたけど、曲調が変わってからは、みんな自由に踊っていいという事だったので、自分をさらけ出すように踊る人もいて、それも見ていて面白かった。
笑わせ隊の音楽の力だろうか。
踊り子の皆さんの可憐さだろうか。
分からないけど、こうして第10回目の記念すべき感謝祭は、盛大に盛り上がり幕を閉じた。
「何だか、動いたら喉が乾いちゃったわね」
と、サララが言う。
シトラスが、香ばしい香りのする店を見つけた。
「あ、姉さんあそこ。コーヒーの店があるよ。あそこで休まない?」
「あらいいわね。そうしましょう」
「ねえシトラス。ケーキもあるかな?」
「ジェニファーはケーキ好きだもんな。あるかもよ」
「シトラス、オレはカフェオレで」
「おいおい、お金は自分で」
「クスクスクス」
笑い声の中、シトラス達はコーヒーの店に消えた。
それから一時間ほどたった頃、シトラス一行はハナノ村を出て道沿いを歩いていた。
本当ならハナノ村で一泊する予定だったけど、観光客の人達で宿は一杯で、入る余裕がなかった。そこで、この先にある港の宿に泊まろうという事にした。
日はまだ沈んでいない。
急がなくては。
が、そんな彼らの前に立ち塞がる男がいた。
「ガルディス!」
「勇者シトラス、久しぶりだな。少しは強くなったかと思ったが、クマッチを倒すのに、あんなにてこずるとはな」
「……! まさか、ずっと見ていたのか?」
「ああ。あれじゃまだ、俺と勝負はできんな」
「何っ!?」
ガルディスの挑発に乗り、剣を抜こうとしたシトラスを、サララが止めた。
「シトラス、落ち着いて。下手に挑発に乗っちゃ駄目よ。ガルディスも、シトラスの力を見極めたいなら、怒らせないで」
「ほう。冷静だな、サララ」
「ええ。あなたがわたし達を殺す気なら、クマッチを倒した時点で襲ってくるはず。なのにあなたはハナノ村にも来なかった。わたし達が入ったのにも関わらず、ね」
「あの村は祭が行われていたんだろう? 俺は他の魔物とは違う。関係無い人間を巻き込む気はない。俺の目的は、あくまでシトラスだ」
シトラスが剣を抜きガルディスを見る。
落ち着きを取り戻したようだ。
それを見たガルディスも剣を抜く。
「ガルディス。あんたが何故俺を狙うのか分からないけど、勝負なら受ける。その代わり……」
「安心しろ。お前の仲間には手を出さない。関係無い人間を巻き込む気はないと言ったはずだ。さあ始めよう」
「ああ!」
サララはシトラスの側から離れた。
ジェニファーとロックは何も言えない。
ガルディスは、魔王軍の使者と言いながら、どこか違う気がする。それに、シトラスが自分で決めた事だから、邪魔はできない。
「飛翔斬!」
先に仕掛けたのはシトラス。
真っ直ぐ突っ込んで行ったらかわされるかもしれない。なら、意表を突く。
「クマッチの時と同じ戦法か」
ガルディスは特に慌てる事もなく、落ち着いて跳んだ。
「何っ!?」
シトラスの上を行く。
落下しながら彼の背中をチョップした。
「グワッ!」
地面に落ちたシトラスにガルディスの剣が迫る。
横に転がって何とか避けた。
背中を押さえながら立ち上がる。
「シトラス!」
ジェニファーの声。
ガルディスが、猛スピードで迫る。
「クッ」
夢中でガルディスの剣を弾く。
が、そこで気を緩めたか。
彼に腹を蹴飛ばされ、飛ばされる。
体を擦りながら顔を上げると、ガルディスが剣先を心臓の位置に当てた。
冷や汗が流れる。
これで刺されたらおしまいだ。
やがて、ガルディスは剣をしまった。
「ガルディス……」
彼はフッと笑う。
刺されると思っていたシトラスの方が意表を突かれたようだ。
「シトラス。魔王を倒したいなら、まず俺を倒せ」
「えっ?」
「お前はまだ強くなる。次こそ、期待しているぞ」
「待って、ガルディス、あんたは……」
「じゃあな」
訳が分からない。
あくまで爽やかに、ガルディスは去った。
見守っていたサララ、ジェニファー、ロックが側に来る。
「あの人、まるで……」
シトラスの治療をしていたジェニファーが、フッと上を見て呟いた。
「ジェニファー?」
「シトラス。あの人まるで、あなたを導いているみたい」
「え?」
「う、ううん。あたしがそう思っただけだから。シトラスは気にしないで」
そうか。言われてみれば確かにそうかもしれない。だったら、今までのガルディスの態度も分かる。だけど、一つだけ引っかかる事が。何故、魔王軍の使者として現れたんだ? どう見ても、彼は人間。魔物じゃない。そこにいなければならない理由があるのか?
サララが、シトラスの肩を叩く。
「シトラス。答えは次会った時に聞いてみましょう」
「姉さん……」
「ガルディスを倒せば、真実を話してくれるかも。それまで、強くならなきゃね」
「うん!」
「それじゃあシトラス。急いで港に向かおうぜ。もう太陽が沈む頃だ」
「あっ、やっベー忘れてた。行くぞみんな!」
ロックに急かされ、シトラスは走り出す。
夕暮れの道は、赤く染まっていた。
タッタッタッ。
海の潮の香りがしてくる。
もう少しだ。
海に沈む夕日を脇に、港に到着する。
船乗りらしき人が来た。
「君達、今来たのか? もう今日の便は無いぞ」
息を切らしてハアハア言っているシトラス一行に、その人は教えてくれる。
「違うんです、俺達、ここに宿があるって聞いて……。ハア。あっ、船にも乗りたいですけど……ハアハア」
「だいぶ急いで来たようだな。宿ならそこにあるよ。ところで君達、旅人か?」
「はい、そうですけど……」
「そうか。この港から船で行くルートは二つある。一つは雪の国ノースエガリア。もう一つはグリンズム王国。行き先はどこだい?」
「行き先? う〜ん。まだ決めてないんです。早く行ける所はどちらですか?」
「それで言ったら、ノースエガリアだね」
「分かりました。そこにします」
「決まりだね。だったら今日は宿に泊まって、明日の朝ここにおいで。準備もあるから」
「準備?」
「雪の国に向かうんだ。その服じゃ寒いだろう」
「あっ、そうか」
「じゃ、明日な。ゆっくり休むといい」
船乗りの人と別れ、宿に向かう。
良かった。泊まれた。四人相部屋だったけど。
ご飯を頂き、お風呂に入り、布団に体を横たえる。
(雪の国、ノースエガリアって、どんな所だろう)
そんな事考えているうちに、眠くなってきた。
まぶたが重くなる。
月明かりが、眠る四人を照らしていた。




