花の感謝祭
シトラスは、広場のベンチに座って休んでいた。
この村は観光客がよく訪れるらしく、道にもちょっとした椅子が置かれている。
今日はイベントが開かれるという事で、人手も多かった。
ロックが、新鮮なジュースを買って来てくれた。
「ほらシトラス。これを飲め」
一緒に座っていたジェニファーにも手渡し、ベンチに座った。
「ありがとうロック。ゴメンね。あたし動かないで」
「いいさ。それより、シトラスの様子はどうだ?」
「頭が痛いのは、だいぶ良くなったみたい。ほら」
シトラスはジュースを半分飲んでいた。
「まぁ、そこまで飲めるなら、大丈夫か」
「ああ。ありがとな。ロック、ジェニファー」
「まぁ、ここに座りながら眠ってたし。本当は、あたしの膝枕でどうぞって言ったのに、シトラス逃げちゃった」
それを聞いたロックは、シトラスに突っ込んだ。
「何だもったいない。シトラス、いい機会なんだから、ジェニファーに甘えれば良かったのに」
「お、俺はジェニファーに悪いなと……」
「またそんな事言って。こんなチャンスめったに無いぞ。そのムチムチの太ももに触れるチャンスが……」
「ロック、あたしはシトラスだからいいの」
ジェニファーのミニスカからはみ出した足に触れようとしたロックに、彼女が軽く蹴りを入れた。
「イテッ。とにかく、こういう時くらい甘えろよ。オレにも、ジェニファーにも」
「俺は、ジェニファーが隣にいるだけでいいの」
「えっ!?」
「う、コホン。それよりロック、姉さんは?」
シトラスは話題を変える。
肝心な所で、いつもそう。
これは、もうちょっとオレの後押しが必要だな、とロックは思いながら、サララの居場所を話した。
「サララさんなら、コインの交換所に行ってるよ。ついでに、村の人に話を聞いて来るってさ」
「そうなんだ。今日のイベントの事かな」
「だろうな。あ、戻って来た」
遠くから、サララが駆けて来た。
嬉しそうに、息を切らして来る。
「お待たせ〜。みんな今回頑張ったから、2万7千コインになったよ」
「わぁ凄いですね。オレ達も実力がついてきたって事ですかね」
「ロック、調子に乗らないの。シトラスみたいになるわよ」
「姉さん、そんな言い方って……」
「あら? 油断してたから、ああいう事になるんでしょ。これに懲りたら、心配かけないように、もっと強くなりなさい」
「……はい」
サララにたしなめられ、シトラスはシュンとなる。まだまだ、サララの方が強い。口でも、冷静さでも。
ジェニファーが、シトラスをフォローした。
「まあまあサララさん。シトラスも頑張りましたよ。頭痛くても、トドメを差したのはシトラスですし」
「そうね。そこは褒めてあげる。それにしても、ジェニファーあなた、本当にいい子ね」
「え?」
「いつもシトラスを庇ってくれて。シトラスも、大事にしなきゃ駄目よ」
「う、うん……」
「さて、それじゃあみんな立って。いろいろ出店が出ているの。見て回りましょう!」
「はい!」
サララが聞いた話によると、この村は綺麗な花畑があるおかげで、様々な人々が訪れるそうだ。そこで毎年この時期に、花に感謝するために、村の娘達が踊り子として、音楽に合わせて花畑の回りで踊りを披露するらしい。
「姉さん、じゃあ笑わせ隊の人達がこの村に呼ばれた理由って……」
「うん。いつもは村の音楽隊が音楽を奏でるらしいんだけど、今回は感謝祭が始まって10回目の記念日なんだって。だから、特別ゲストとしてあの人達が呼ばれたみたい」
「そうなんですか。じゃあオレ達、いい日に来たんですね」
「まさに大ラッキーだね。シトラス」
「そうだな、ジェニファー」
隣にシトラスの笑顔がある。
良かった、元気になったみたい。
ジェニファーは嬉しく思った。
イベント開始は、午後一時。
サララはズボンのポケットから懐中時計を取り出す。
亡くなった父親が、いつも持っていた物。
「姉さん……」
「今、ちょうど12時ね。みんな、あそこの店でお昼ご飯にしない?」
サララが指差す方向に、サンドイッチの店があった。
クマッチとの戦闘で、お腹が空いていたメンバーは、すぐ賛成する。
椅子に座れないかと思ったけど、前の家族が食べ終わったので、すぐ席が空いた。
サララは人参のサンドイッチ。ロックはトマトサンドイッチ。シトラスとジェニファーは仲良くキュウリのサンドイッチを食べた。
パンが柔らかく、美味しい。中に挟んである野菜も、マヨネーズで和えてある。
お腹が満足した一行は、次の人達の為に席を譲った。
まだ少し時間がある。
他にどんな店があるのか、花畑に向かう途中で寄って見る。
アクセサリーの店に、ジェニファーは入った。
「何か、可愛い物でもあったのか?」
シトラスが気になって覗きに来る。
ジェニファーは、薄紅色の布で作られた花がついている、ヘアピンを持っていた。
彼女に似合いそう。
シトラスは咄嗟にそう思った。
「シトラス、あたし、これがいい」
せがむような、甘えたジェニファーの声。
シトラスは仕方ないなという顔で、彼女の手のヘアピンをもらい、店の人に渡す。
「すみません。これ下さい」
「あいよ。カノジョへのプレゼントかい?」
「え? まあ、似たようなものです」
曖昧なものの言い方だが、ジェニファーはシトラスが買ってくれた事が嬉しかった。
サララが交換したコインは、一応四人で分けている。一人で全てを持っているより、その方が安全なのだ。
ジェニファーは早速、そのヘアピンを髪につけて、サララとロックに見せに行った。二人供、良かったねと言ってくれた。
シトラスは少し離れてその様子を見ている。
ロックがニヤニヤしながらシトラスに近づいた。
肩に手を回し、耳元で囁く。
「シトラス、やればできるじゃん。ジェニファーにプレゼントなんて」
「だから違うって。ジェニファーにせがまれたから」
「またまた、素直になんなさい」
そこにサララの呼ぶ声。
そろそろイベントの時間なのだ。
四人は花畑に向かう。
人がいっぱいだ。
立ち見になったが、前の人達が座ってくれた為、踊りを見るのは問題ない。
村長の挨拶から、イベントは始まった。
「皆さんようこそ、ハナノ村へ! わたしが村長のコビンであります。この祭は花に感謝するために始まった祭でありまして、今年で10回目を迎えました。そこで今回は特別ゲストとして、この方々をお呼びしてあります。どうぞ〜!」
「こんにちはー! 通称笑わせ隊と呼ばれている、旅の音楽家の一団だよ〜。今回ミー達、このイベントの為にいっぱい練習してきたよ〜。それでは、いきましょうか。踊り子の皆さん、カモン!」
村娘達が、花畑の回りに集まる。
全員同じ衣装を身につけていた。
花の妖精を、イメージしたんだそうだ。
笑わせ隊の優雅なメロディーに合わせて、娘達が踊る。
一糸乱れぬ見事な動き。
ここまで合わせるの、大変だったろうな。
曲調がガラリと変わる。
楽しげな、テンポの早い曲。
「さぁ、ここからはみんなで踊るよ〜。飛び入り参加したい人、前に出て〜」
観客の中から、ぞくぞくと人が行く。
ジェニファーが手を引っ張った。
「シトラス、あたし達も行こ」
ロックとサララも続く。
楽しい音楽と踊りに包まれて、シトラス達は思い切り笑った。




