少年勇者
「ふわああああ」
大きく伸びをしながら家から出て来た少年シトラス・ハントは、まだ明るい太陽に目を細めながら景色を眺めた。
家の前は広い草むらだ。
風も吹いている。
そう、ここは山の上。
この山の上でシトラスは、17才の姉と二人で暮らしていた。
その姉、サララは今、村に買い物に行っている。
村の名はアルズベルト。山の麓にある。一応シトラス達の住む山もアルズベルトの領土なのだが、住んでいるのは彼ら二人だけだった。
山を登って来る音がする。
長いストレートの黒髪に花柄のワンピースを来た少女が、両手に荷物を抱えシトラスに笑いかける。
かなりの美人だ。
足が長く、スタイルがいい。
弟のシトラスは青みがかった髪を肩の下まで伸ばしている。癖毛なのか毛先が外側にピョンと跳ねていた。顔は可愛らしいイケメン。姉とはあまり似ていないが、本人は気にしていない。
「お帰り、姉さん」
シトラスが荷物を受け取り、家の中に戻る。
サララも入って来た。
「ただいま。シトラス、わたしがいない間ちゃんと剣の修行やってた?」
姉の指摘にシトラスはウッという顔をする。
彼は勇者として、姉から剣の指導を受けていた。
サララはまだ少女とはいえ、剣の腕は確かなものだ。
「あ〜、さてはまたサボっていたな〜。ようし、お昼はわたし一人で食べちゃおう。あなたの分は無しね」
買ってきた食材をてきぱきと片付けながらサララは言う。シトラスは、姉に懇願するようにすり寄った。
「ええ〜、そりゃないよ〜。ずーっと待っていたのに〜」
シトラスのお腹がグーッと鳴る。
サララは可哀想に思えてきた。
「分かったわ。今何か作ってあげる。そのかわり、お昼を食べたらみっちり仕込んであげるからね」
「はーい」
シトラスは嬉しそうな笑顔で、席に着いた。
まったく、こういうとこ、本当憎めないよね。
「相変わらず、シトラスに甘いですね。サララさんは」
ドアが開き、少年と少女が入って来た。
一人は村で魔法の修行をしている、目がクリッとして肩までのボブスタイルが可愛い女の子ジェニファー・マーチン。そしてもう一人は、頭に赤いバンダナを巻いている、弓が得意なシトラスの親友ロック・アーネスト。
二人共シトラスと同じ15才で、小さい時から仲良しの幼なじみだ。
「ジェニファー、ロック、いらっしゃい」
サララがにこやかに出迎える。
ジェニファーはサララの隣に来て、料理を手伝おうとする。
「ありがとね。いつも来てくれて。家の人に、何か言われてない?」
「サララさん。気にしないで下さい。あたし達、好きで来ているんです。シトラスの事を悪く言うのは、許さないんだから」
「あらあら、頼もしいわね」
シトラスは、勇者の力を持っている。が、村の人達は、彼がここにいる事で、魔王がこの村を襲い、滅ぼされる事を恐れていた。たまにシトラスが村に下りても、誰も目を合わせようとしない。悪口を言われ、石を投げられた事もある。シトラス自身が、何も悪い事をしていないのにも関わらず。
だが、ジェニファーとロックだけは違った。
彼女達も最初は、シトラスを嫌っていたが、魔物から助けてもらったのをきっかけに、彼の優しさを知り、話をするうちに仲良くなった。今では、親に何を言われても、毎日のようにシトラスとサララの様子を見に来てくれる。
サララを姉のように慕っているし、シトラスの事も好きなのだ。
食卓に四人分の食事が並ぶ。
「ジェニファー、ロック。あなた達も食べていきなさい。お昼まだなのよね」
「わ〜。ありがとうございますサララさん。サララさんの料理美味しくて好きです」
「良かったなジェニファー。これ目当てに来た事ちゃんと分かってもらえて」
「ロック、余計な事言わない!」
「ハハハハハハ……!」
なごやかで楽しい食卓だ。
両親のいないサララとシトラス姉弟にとって、友達が側にいてくれる事はこの上ない喜びだった。
食事が終わると、サララがシトラスに言う。
「シトラス。せっかくだから四人で散歩しない?」
「えっ!? 剣の稽古は?」
「いいのよ。天気もいいし、ジェニファーとロックも来てくれたんだから。二人共、いいわよね?」
「はい!」
サララの頼みを、断れるはずない。
四人は外に出た。
まだ日は明るい。
時間にして14時頃か。
シトラス達の家は山の中腹。
散歩を兼ねて、頂上まで行ってみる事にした。
頂上には今、色とりどりの花が咲いているだろう。
「わあ」
花の香りに誘われて、ジェニファーとサララが駆け出す。
その時、一陣の風が吹いた。
フワッ。
サララのワンピースの裾がめくれる。
ジェニファーも、ミニスカートを押さえていた。
シトラスとロックはというと、
「デヘヘへへへ」
ドスケベな顔で、二人のパンツを見ていた。
「見ろよシトラス、サララさん白だぞ」
「ジェニファーは、あ、ピンク……」
「も〜〜っ。シトラスったら!」
ここでジェニファーの魔法が炸裂。
「ファイヤーショット!」
火の玉が飛んで来る。
シトラスはひっくり返った。
その様子を隣で見て笑っていたロックにも、
「てや〜〜〜っ!」
サララの飛び蹴りが命中。
ロックは撃沈した。
やがて、
「あ〜、痛てて」
黒焦げのシトラスと、顔を押さえたロックが起き上がる。
強い女子二人は、腕組みをして怒っていた。
「もう、反省しなさい!」
「は〜い……」
シュンとする男子。
ああ、情けない。
「まあまあ。サララ、ジェニファー、そこまで怒らなくてもいいんではないかの」
山の頂上に、誰か登って来る。
「神父さま!」
村の大人の中で唯一、シトラスに優しくしてくれている、教会の神父さまがやって来た。
たまにシトラス達に勉強を教えてくれる。
ジェニファーが、不満げに言った。
「神父さま、でも……」
「まあジェニファー、落ち着いて。良いかな。そういう事をするのは、健全な男子の証拠なんじゃ。かくいうわしも、若い頃は……」
「えっ!? 神父さまも?」
「うん、まあ、この話は置いといて。そうじゃな、好きな子のものだと、余計気になるとか」
「えっ!?」
「あくまで噂じゃがな」
そこへシトラスが、話題を変えようと咳払いをする。
「う、コホン。ところで神父さま、よくここまで登って来ましたね」
「何を言うシトラス。わしはまだ65じゃ。それに、山というより丘みたいなものじゃろ。この低さじゃ」
「確かに……」
言われてみればそんなに高くない。
神父さまも姿勢が良く、シャキーンとしている。
と、そこにまた走って来る人が。
珍しいな。
村の人だ。
「神父さま、大変です。魔物が村に……!」
「何じゃと!?」
息を切らして来た村人の案内で、シトラス達は村へ。
そこにいたのは、牛の姿の魔物だった。