もらったチートがつかえねぇぇぇぇ!
アウトか、セーフか、それが問題だ。
浦木浩太郎は異世界人である。
彼は登山中に滑落した女性を助けたかわりに致命傷を負い、その短い一生を終えた。
その勇敢な行為に感動したとある異世界の神が彼の魂に尋ねる。
「君の勇敢な行動に感動した。 是非、私の世界に来てその崇高な魂の輝きを民たちに魅せて欲しい」
その言葉に浩太郎は戸惑いながら答える。
「私のような者でよければ。 ただ、ご覧のような非力の身の上です。 どれほどお役に立てるかどうか……」
なるほど、折角異世界より引き抜くという横紙破りな行いをするのに、簡単に死んでしまっては元も子もないではないか。
「確かに言うとりだね。 君の活動に支障が出ないよう、私の力で及ぶ範囲ないであれば能力を授けよう。 なにぶんこう言った事は初めてなのでね。 どんな能力が必要なのか教えて欲しい」
神の言葉に浩太郎はほくそ笑む。
「ならば……そちらの世界に存在する言語の読み書きを完璧にでき、世界の歴史から現在における各地域での一般常識をもつ知識を。 そちらの世界の病気や呪いなどにかからない健康で一般人よりも優れた肉体能力を。 一般平均的な生活基盤を持てるだけの資金と当面の衣類などの生活雑貨など……」
「お、おう……その程度ならば……」
神様若干ヒキ気味です。
「……が基本で」
「まだあるの!?」
「ここからが本命ですよ、神様。 浦木浩太郎として目立つと余計な軋轢を得たりするので、人助けをするときは変身出来るようにしてください!」
浩太郎、山登りできるなろう中毒者であった。
「変身? 変装じゃなくて? どうちがうのかな?」
「そう、変装じゃなくて変身です。 こう、アイテムや掛け声をかけると外見が変化したり、特殊な衣装を着たりして正体を隠すんですよ。 それで常人以上の身体能力が解放されて敵をバッタバッタと倒したり、高所から飛び降りても平気になったり、空を飛べたり、深海まで平気で潜れたりするんですよ!」
「な、なるほど……?」
「変身ヒーローってカッコいいじゃないですか! 男のロマンですよ! あ、巨大ロボットを呼び出して操縦できるでもいいです!」
浩太郎、かなりの特撮オタクであった。
「流石にロボットは無理だね。 こちらの文明的にオーバーテクノロジーすぎるし…… ちょっとその変身ヒーロー? よく分からないから君の記憶をのぞかせてもらうから、参考になりそうなものを思い浮かべてくれるかな?」
「はい、お願いします!」
「……うん、なんとなく理解したよ。 これならうちの世界観でも平気かな……たぶん。 飛び道具も魔法で再現できそうだし、なんとかなるかなー?」
「あ、魔法あるんですね」
「うん、あるよー。 じゃあこんな所かな。 君の能力は【完全言語理解】【完全民俗学】【無病息災】【屈強な肉体】【変身ヒーロー】と支援物資だね」
「追加で魔法が使えるようになるのと、鑑定できるようにしてください。 あと支援物資を運ぶための無限収納とかアイテムボックスみたいなのも下さい」
「きみ、だんだん遠慮がなくなってきたね?」
浩太郎、どこまでもなろう読者であった。
「さすがにそこまでは与えすぎだって私でも思うから、魔法は頑張って覚えなさい。 がんばれば誰でも使えるようになるからね。 鑑定も現地でがんばりなさい。 支援物資限定の収納箱を用意しよう」
神の人(?)の良さにつけこみ、貰えたらもうけものと言うだけ言ってみただけなので、浩太郎にたいした不満はない。 あこがれの変身ヒーローになれるのだ。 魔法は頑張って覚えるくらいが楽しみでいいじゃないか。
「では浦木浩太郎よ、わが民にその光をしめしたまえ!」
「はい、ありがとうございます!」
「……がんばってね?」
こうして、浦木浩太郎は異世界の地に降り立ったのだ!
そして彼は走り出す、まだみぬ助けを求める人を求めて。
□◇□◇□◇□
浩太郎が降り立ったのは膝下あたりまで繁った草原であった。
【完全民俗学】のお陰で自分がどこにいるのか、どちらへ向かえば人里にいけるか理解できた。
……地理関係って民俗学の範囲ないだったかなと思わないではないが、スキル名と内容が一致しない事はなろう作品ではよくある話だと、浩太郎は考えるのを止めた。
ひとまず自分の身体能力などを確認しながら、最寄りの街へと移動を開始する浩太郎。
目の前のなだらかな丘を越えれば遠望に街の防壁が見えるはずだと思っていると、絹を切り裂くような少女の声が聞こえた。丘の向こうから聞こえたその声に駆け出す浩太郎の目には、疾走する一台の馬車とそれを襲うように囲んだ十数の馬に乗った……恐らく野盗がみえた。
疾走する馬車と駆ける馬蹄の騒音の中で、どうやってか弱い少女の叫び声が聞こえるんだなどという考えが脳裏によぎるが、きっと己のヒーローとしての能力、ヒーローイヤーが拾ったに違いない。
全力で駆け出す浩太郎は、その口許に笑みを浮かべながら呟いた。
「へ・ん・しん!」
■◆■◆■◆■
浩太郎が異世界に降りたち初めて変身してから一ヶ月がたった。
あのあと浩太郎は街へたどり着くと教会を探して神に祈りを捧げて宿を取り休んだ。
翌日、交通手段も通信手段もろくに発達していないこの世界でなぜか全世界規模で展開し、各国にかならずあるという謎組織『冒険者ギルド』で冒険者登録をした。
なろうテンプレの登録時に絡まれるなどといったことはなく、すんなりと登録はできた。 ちなみに受付嬢は美人であった。 あと、おっぱいがすごかった。
なるべく目立つような行動はさけ、なろうお約束の薬草採取、ゴブリンやウルフなどといった低級のモンスターを倒しながら日銭を稼いでいた。
その日も浩太郎は依頼をこなし、宿代数日分の稼ぎをギルドカウンターで受けとると併設されている食堂に足を運ぶ。
すでに馴染みになった女給と他愛のない言葉をかわし、そこそこ食べれる「本日の一品」とポトフを頼む。 一時期酒も頼んでみたが、どれも元いた世界のものと比べてしまい飲むのをやめた。
笑顔で運ばれてきたのは緑色したハンバーグと拳大の白パンが二つ、ポトフには普段よりも一本ソーセージが多く入っていた。 あれっ? と女給を見るとはにかんだ笑顔で人差し指を口に当てて仕事に戻っていく。 「みんなにないしょだよ」って奴だろう。 もしかして自分に気があるのかななどと思いながら食事をしていると周りで同じように食事をしている冒険者達の話が嫌でも聞こえてくる。
「おい、聞いたか? カックヨーム伯爵が大規模討伐隊を編成してるってさ」
「まじか! 平和主義派のトップである伯爵がなんでまた……」
「ほら、ひと月くらい前の話だ。 この先の草原で貴族の馬車が護衛と襲っていたらしい野盗共々潰されていた事件があっただろう。 あれに伯爵の孫娘が乗ってたらしい」
「うわ……孫バカで有名だったからなあ……」
「ああ。 それでここの領主とひと悶着あってな。 さんざん言い争った挙げ句に、領主が手にかけたなんて陰謀説まででちまってなあ……。 下手したらここに仕掛けてくるやもしれん」
「勘弁してくれよ。 先月ようやく一軒家を手にいれたところなんだぜ……」
浩太郎の額に汗が浮かぶ。 今日のハンバーグはちょっと香辛料使いすぎだなと心を落ち着かせていると別の冒険者の話が聞こえてくる。
「なあ、最近アルカちゃんとディアちゃん見かけないけどしらね? 帝都のお土産渡したいんだが」
「……彼女達なら先週死んだよ」
「嘘だろ……?」
「東の森で採取中だったみたいでな、アルカは魔術かなにかで真っ二つにされて、ディアはその時切られた巨木に下半身を押し潰されてな……。 俺が見つけたときはすでに虫の息だったんだが、健気にも冒険者の務めをを果たして「巨人が」って伝えて逝ったよ。 ……ひでぇ死に様だったさ」
「巨人か。 フォレストジャイアントかトロールキングか? いや、どちらも力任せで魔法みたいなものはつかわないはずだし……」
「帝都に行っていたお前は知らんだろうが、ここひと月で頻繁に謎の巨人の目撃情報と……被害報告がでているんだ。 防壁から頭が見えたとか、森の木々の先に膝があったとか。 全体像をみた者がまだいねえんだ」
「なんだよそりゃ。 フォレストジャイアントの四倍どころか、下手したら五倍以上の大きさじゃねえか。 さすがにそんなモンスター聞いたことねえぞ」
「俺も嘘や冗談、幻の類いであって欲しいとは思っているがな。 なんにしろこのギルドの愛し子たるあいつらの仇を取るって息巻いてる奴等は多いぜ」
「……もちろんお前もだろ?」
「ああ、必ず殺してやる」
げふんげふん。 浩太郎の激しい咳き込みに食堂の会話が一時止まる。 どうやら気管にスープが入ったようだ。
「大丈夫ですか? コータローさん。 何か汗もスゴいですし、もしかしてどこか具合が悪いのですか?」
「ああ、うん。 ありがとねマグネートちゃん。 か、風邪でもひいたのかなあ、もう帰って寝るよ。 残しちゃってごめんね」
「そこは気にしないで下さいよ。 それより本当に大丈夫ですか? ちゃんと暖かくして寝てくださいね」
「ああ、うん。 じゃあこれで、またね」
浩太郎が帰宅しようと席を立ち上がったとき、入り口の扉が勢いよく開かれひとりの冒険者が入ってきた。
「おい、奴に懸賞金が掛かったぞ! しかも本部直轄の黒札だ」
「じゃあSランカー達がくるのか!」
「ああ、【黒の剣聖】【鉄壁の聖女】【裸の英雄】【筋肉幼女】【常闇の賢者】【紳士】に現時点で指名依頼が発行されたそうだ」
「おいおい、Sどころじゃねえ。 SSSランカーまではいってんじゃねえかよ」
「本部の本気をみた。 この面子だと国のひとつやふたつは落とせる規模だぞ」
【完全民俗学】のお陰ですべてが理解できる浩太郎の汗がとまらない。
Sランカー、人外ともいえる力を持った冒険者である。 全世界で二十数名しかおらず、その力は一軍に匹敵するといわれる。 しかも頂点を極めるSSSランカーは超越者とも呼ばれ、ひとりで国を落とすほどである。 そんなのが六人も来るのである。
そして黒札。 被害補填は全て依頼者持ちという冒険者がどんな手段を使おうが構わない、目標を確実に仕留めよという依頼書だ。 最悪、領地や都市ごと処理して構わないのであり、それを実行しても構わないほどに冒険者ギルドの本部は影響力を持っている。
元の世界でいえば「○ミサイルで焼き払っても問題ないよ! 殺っちゃえ殺っちゃえ!」というソンビ映画のラストシーンな規模である。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ」
「ちょっとコータローさん! お客様の中に神官様か衛生兵はおられませんかー!?」
「マグネートちゃん、うん、ボクモウカエルヨー」
心配する彼女の手を払い、注意散漫で店を出ようとしたのがいけなかった。
浩太郎が常人以上の力で押し開いた扉の向こう側には、今まさに入ろうとしていた少女がいて。
不意打ち気味に開いた扉に打ち付けられた少女は予想外の衝撃に見舞われ、受け身も取れずに通りまで弾き飛ばされた。
さらに不運が重なる事にふらつきながら起き上がる少女の目の前には荷馬車の蹄が今まさに降り下ろされるところであった。
その場にいた誰もが、少女の悲惨な運命を思い描いた。
もちろん、浩太郎も「助けないと」と思ってしまった。
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浩太郎がこの世界にきて変身したのは十数回である。
しかし、浩太郎自身の意思で変身したのは初日の一回のみである。
浩太郎が神よりもらった【変身ヒーロー】というチートスキルにはふたつの隠し機能がついていた。
ひとつは防衛機構。 浩太郎自身の命の危険を感じた時に自動で変身する機能である。
ひとつは救済機構。 浩太郎の知覚範囲内で助けを呼ぶ声がしたとき、浩太郎の思考で変身していては対象が助からないと本能が判断したときに自動で変身する機能である。
どちらも浩太郎の意思ではなく、なかば暴発に近い変身であり前者の防衛機構では四回ほど浩太郎は命を救われた。
後者の救済機構も、能力に今だなれない浩太郎を補助するという意味では遺憾無く発揮されていた。
しかし、浩太郎は今までひとりも救えていない。
あのとき神様が浩太郎の記憶を探ったとき、思い描いた変身ヒーローたち。
複数人で戦う戦隊ヒーロー物は人数と、巨大ロボットで神様はハネた。
仮面を被り孤高に戦うライダー物はその乗り物が現代すぎると神様はハネた。
全身を電子金属でまとった刑事物はちょっと科学的すぎると神様はハネた。
異世界からきた生体防具を纏った高校生ものは外見がモンスターぽかったので神様はハネた。
結局神様が選んだのは、銀色というちょっと見ない色をしたなめし革にも見える全身スーツで、戦い方も肉弾戦がメインで、魔法でも再現できそうな光を飛ばすヒーローだった。
そう、この異世界において違和感をあまり感じさせないという条件を見事にマッチしたヒーローだった。
……ただし、その全長が六十メートルを越す巨人でなければ。
そう、神様は知らなかった。
特撮ヒーローの変身シーン……バンクシーンというものを理解できなかった。
なので浩太郎が変身を望んだとき、すぐさま変身が終了する。
これが戦隊ヒーローや仮面ヒーローだったら問題なく浩太郎は活躍できただろう。
初めて浩太郎が変身したとき、彼は走りながら変身を望んだ。
変身前は一歩二メートルだったが、六十メートルの巨人の一歩は七十メートルにも及んだ。
人間、走り出したら急には止まれない。 一歩目は二メートルで瞬間的に変身した二歩目は七十メートルである。 距離感を図れなかった浩太郎。
結果として浩太郎は助けるべき少女を、その馬車ごと、護衛も野盗もろとも踏み潰した……。
靴裏に感じる、甲虫を踏んだような感触を浩太郎は今でも忘れられない。
それ以来、浩太郎が望んで変身しようとはしなかった。
変身しなくとも人より優れた身体能力があるのだから、それを伸ばしていけばいいんだと。
そう思い森で討伐依頼のゴブリンを倒しているときにイレギュラーが起きた。 野生の熊に襲われたのだ。
背後より一撃を食らい、振り向いた先にはその右腕を降り下ろす熊の形相に死の予感を抱いた。
次の瞬間、浩太郎は巨人に変身しており爪を防ごうと交差した腕からは光線が発せられ、熊を蒸発させるにとどまらず、直線上の木々を遠方まで斬り倒していた。 その途中でとある少女を両断し、切り裂いた大木で別の少女を死に追いやった事を知ったのは数日後であった。
そして浩太郎が身構える前に変身してしまう救済機構もまた……。
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今、浩太郎の目の前には自分が撥ね飛ばした少女が馬に踏まれる瞬間で。
無意識で助けようと少女へと伸ばした右手は届かなくて。
助けたいという深層心理が【変身ヒーロー】スキルの救済機構を発動させ。
……浩太郎は巨人に変身を終えていた。
三十倍に延びた右腕は馬も少女も擂り潰すだけに終わらず、延長上に立つ人々を巻き込み向かいの家屋を倒壊させる。
踏み込んだ左足も同じく三十倍で、後ろにいた冒険者たちをその建物ごとぶち潰した。 真後ろにいた、浩太郎にほのかな想いを寄せていた少女、マグネートもソレに漏れる事なくモノ言わぬ肉片へと変わり果てていた。
浩太郎は我に変えり現状を……惨状を把握すると立ち上がった。
すでに生き残った冒険者たちが十重二十重に取り囲んでいる。 防壁から衛兵が向かってくるのも時間の問題だろう。
もう、この街には居られない。 正体はバレてはいないだろう。 近場にいた目撃者は変身の影響で全員死んでいるだろうし。 この異世界にきて色々と世話をしてくれた優しい人たちを結果として自分は殺してしまった。
両手を腰にあて、深いため息をつく。 ……ため息が超音波攻撃になるのね。 前方を囲んでいた冒険者や駆けつけた衛兵の一部が物理的に弾けとんでいった。
ため息をつくことすらできず、浩太郎は失意のまま空を見上げる。
……神様。
…………せっかくもらったけど。
………………このチートスキルはさ。
「つかえねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
『Jheaaaaaaaaaaaaaaaaaache!』
浩太郎の心からの叫びは、マスクを通して意味不明な咆哮としか聞き取れなかったという。
一瞬の貯めから跳躍した巨人はそのまま上空へと飛び去り、小さな光となって消え去った。
この日、世界を震撼させることとなる【災厄の巨人】の全貌を初めて世に知らしめた事件であった。
頑張れ、浩太郎!
負けるな、浩太郎!
浩太郎の戦いはこれからだッ!!
たぶんセーフだと思いたい。