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ネコばあ

作者: mimi

俺は野良猫のドロン、孤独?野良ってーのは自由なんだよ。

でも俺たちに餌をくれていた「ネコばあ」の姿が見えない。冷徹なオレ様もちょっと心配になった…。

古ぼけたブランケットがノロノロ動いているような風情の猫婆。「ねこばあ」って読むんだ。「ねこばば」じゃない。俺たちノラに貴重な餌をくれる奇特な婆さんなんだ。だから「猫婆=ねこばば」じゃなくてリスペクトで「猫婆=ねこばあ」と呼んでいる。


猫婆はこの町に昔から住んでいるらしい。動物好き、と言いたいが、猫婆が好きなのは猫だけで、たまに猫に吠え掛かる犬を見かけると、杖で本気モードで犬をぶちのめそうとするから、猫以外の動物は嫌いと思われる。


ま、俺たちノラ軍団は猫婆のお陰で苦労せず毎日栄養ばっちりのキャットフードにありつけるから有難く思っている。残飯なんか漁っているノラは栄養不良で寿命も短い。家ネコの過保護な奴らが15年も20年も生きるってーのに、ノラの平均寿命なんてせいぜい3年だ。


栄養バランスのいい餌をもらっている俺たちは、ま、7年位は生きられるか。とにかく猫の世界にも生まれながらに「格差社会」があるんだよ。


さて俺たちには女神さまみたいな猫婆だが、近所では厄介者扱いされている。その原因の一番が俺たちにあるらしい。「野良猫に餌やりすると猫が増える」「庭に糞をするから野良猫は一掃しろ」など、結構キュートな見た目の俺たち猫も、人間様にとっては邪魔なモノでしかないらしい。


ある晩、俺がまだ小さい時、何やら美味しそうな臭いに釣られてついうっかり警戒心を忘れて捕獲籠で捕獲されてしまったことがある。金属の籠の奥にあるソーセージにたどり着いてニヤリとした途端、バシーン!と金属の蓋が大きな音を立ててギロチンみたいに下りた。


「ヤバい!」と思って網を思いっきり引っ掻いてもどうにもならない。ギャーギャーと発情期の猫みたいに叫んだが出られない。「保健所で安楽死か?それとも三味線の皮?いやもしかして動物実験業者に売られる?これだけは嫌だ~!」など檻の中でジタバタしていると何やら優しい女性の声がした。


「あ、捕まった♡」と優しい声はケージに顔を近づけにっこり微笑んだ。「え?悪徳実験動物業者じゃなさそうだな」とちょっと安心した。だいたい三味線やら動物実験で捕獲する奴らは中年のオッサンだからだ。


翌日俺は動物病院に連行され、色々検査され、突然麻酔を打たれ…。目が覚めたら俺はオスでなくなっていた。今度は金属の捕獲籠ではなく、ペットの猫ちゃんのようにプラスチックのケージに入れられ、捕獲された街角に無事解放された。俺は所謂「避妊去勢手術」ってーのを、この地域の猫保護団体によって受けさせられたってわけさ。


本人の同意もなく断種手術ってアリかよ。…でも、この町でノラとして生きていくには仕方がないってことぐらい俺らだって分かってるさ。この町のノラ軍団はみんなそうやって守られて生きていくしかない。

猫婆はそんな猫の保護団体とも距離を置いているようだ。いや保護団体もこの猫婆には迷惑しているらしい。とにかくあちこちにキャットフードを撒くので近所の猫嫌いの住民からこの団体にクレームが来ているという。


ノソノソと動く古いブランケットの猫婆の姿が遠くから見えると、俺たちは「しょうがねーな」みたいな態度で退屈な一日に飽きたように、伸びをしたあとノロノロと歩き出す。ノラ軍団は猫婆が腰を屈めて猫缶を開ける場所にあちこちから集まってくる。

オスとしてのアグレッシブなホルモンを出す器官を取られた俺たちは、餌や縄張りを争うこともなく従順な小犬のように猫婆の緩慢な動作を見守っている。そして猫婆はいつも一方的に話している。いや、会話しているつもりだろう。俺たちは早く餌が食べたくて「ミャ~ミャ~」言ってるだけなんだが、猫婆はそれを相槌だと思って延々と喋っている。


猫婆は俺を見てニッコリして言った。「ドロンちゃん、あなたはもうすぐ1歳のお誕生日ね。確か去年の11月最後の日、そう11月31日に生まれたのよ」

猫婆の切れ切れの話を統合すると、俺は11月最後のある雨の夕方、近所の薄汚いアパートの物置小屋の済みで発見されたらしい。母猫は餌を探しに行ったっきり戻ってこなかったらしく、俺と兄弟たちは餓死寸前だったらしい。


死にかけた俺たち兄弟を猫婆が保護してくれた。でも猫婆のボロアパートはペット禁止らしく、俺たちは「ノラ猫」よりステータスの高い「街猫」となった訳だ。「ドロン」と言う名前も「アラン・ドロン」の大ファンの猫婆がつけてくれた。


「ドロンちゃん、来週のあなたのお誕生日には特別にご馳走を持ってきてあげるわね!」猫婆は俺の目を見つめ楽しそうに言った。でも俺は「11月31日って存在しないだろーに?どーすんだ?」と思ったが、猫婆にはかなり進んだ認知症があることに気が付いていたので追及しなかった。それでも「猫命」の猫婆は俺にご馳走は持ってきてくれるだろう。かなり期待して猫婆のボロアパートが見渡せる向かいの屋根に上ってその日までを過ごしていた。


数日後、猫婆の家に2トントラックが1台横づけされた。作業服を着た男たちがマスクをしてドタドタと靴も脱がすに猫婆の部屋に入っていった。作業服の背には「〇〇市」とプリントしてあり市の職員らしい。

部屋からは中身が詰まったゴミ袋が持ち出されていた。まるで手品のように、大きく膨らんだゴミ袋がこれでもかこれでもかと言うように玄関のドアから出てきた。あっと言う間に2トントラックの荷台がゴミ袋でいっぱいになり、トラックは一旦ゴミを処分しに行った。


近所の人達も心配そうに、と言いたいところだがどちらかと言うと野次馬根性でチラホラ集まって来ていた。手を口に当ててボソボソと困ったような表情を作っているが、ツマラナイ日常に起こったイベントを楽しむように話していた。


猫婆に何か大変なことが起こったのは確かなようだ。この数日、猫婆が餌やりに現れないので俺たちノラ軍団は腹が減っていた。俺は高貴なドロン様だから、武士は食わねど高楊枝で、じっと屋根からご馳走を待っていたが、仲間たちは耐えきれず猫婆のアパートの周りをうろついていたらしい。


それに気が付いた「猫天敵」なご近所さんが役所に通報したらしい「野良猫をなんとかしてくれ!」と。駆け付けた役人に別のご近所さんがこの数日猫婆の餌やりの姿を見かけてないことを伝えた。・・・そしてゴミ屋敷の部屋で動かなくなっていた猫婆を見つけたのだった。


「おい猫婆、俺との約束はどうなるのかい?」俺は猫なのにペットの犬みたいに何だかとても悲しい気持ちになっていた。


夕方、腹が減ったので久しぶりに賑やかな街の方に出かけて行った。そろそろ残飯でも漁らないといけない。

久しぶりの商店街は相変わらずさびれていたが、それでもボツボツとクリスマスの飾り付けをする商店街のオヤジの姿や、コンビニのクリスマスケーキの予約のポスターなどが目に入った。


俺は気が付いた、今日から12月だった。




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