第76話 今後の方針
少し申し訳なさそうな表情を浮かべるフェリシア。
赤みがかった瞳の視線を下ろし、さらっと長い髪がそれにつられて揺れる。
言いたいことはあるのだけど、話していいのだろうか? という戸惑いと不安が伝わってきた。
今まで自由も何もなかったのだから、口にしてもいいのか迷っているのだろう。
それでも人は生きている限り望みは湧いてくる。
気長に考えてもいいだろう。
「今すぐ何かやり始めるって言っても難しいかな?」
「あっ・……、えっと……」
「まぁそんなに急いでるわけじゃないし、気持ちの整理がついてからでもいいよ」
たどたどしい言葉を発する少女。
やっぱり何か言いたいことはあるみたいだな。
ロイスも俺に続けてフェリシアのフォローする。
「フェリシア、焦ることはない。 今はゆっくり体を休める、これが第一だ」
「そうだな、ケガはもうないみたいだけど、心の疲れを癒すのも大事だ」
フェリシアはその言葉を聞いて、少し安堵するような表情を浮かべた。
焦ることはないんだ。
もう、辛い日々も、悲しい現実もなくなったのだから。
「ところで明日から如月はどうするのだ?」
「どうするとはなんのことだ?」
「なんのことだ? って、明日からまたダンジョンに行くのだろう? レベリングとアーティファクトの回収があるではないか!?」
「あー……、それは俺パスかな」
「パ、パス!? それはないぞ如月!?」
口をあんぐりとあける白銀の聖騎士。
俺がダンジョンへ行かないことに驚いたのだろう。
他のクラスメイトを守るとかそういう話であればもちろん行くべきだ。
だが、あのダンジョンから戻って来てからやりたいことができていた。
「ロイスからみてあのダンジョンはどうだった?」
「どうだった? とは、あの機械仕掛けのモンスターがうようよしていたところか?」
「そうだ、道中に現れる化け物は尋常じゃない強さだった。 いやそもそもちゃんと倒せていたわけじゃない。 あいつらが正規のルートで出てくると思うか?」
「私も確証はないが、ああいった類のモンスターは出てこないと思う」
「だろ? あのガブリエルっていう天使もどきも言っていたが、人が来たのは初めてだと言っていた。 つまり、あそこの空間は伝説のアーティファクトが設置されている最深部とはまったく別物だと思うんだ」
「なるどな……いや、だからどうしたというのだ!?」
「だから、俺は行く必要ないかなって」
「必要あるだろう!? 別ルートもちゃんと探索しておこう、とかならないのか!?」
「ならないけど」
「私はどうするのだ!? 聖騎士として勇者たちに同行せねばならんのだぞ!? 私はかよわいのだぞ!?」
「……ロイスさんかよわいんですか?」
「そうだぞ!?」
聞き捨てならない言葉を聞いた気がするが、あまり触れないでおこう。
恐らくだが、俺なんかいなくても何とかなってしまいそうな気がするんだ。
「正直なところ、実際どうなんだその正規ルートってやつは? アリオーシュってやつが途中で引き返したみたいなこと言っていた気がするんだが、そんなに危ないところなのか?」
「あぁ師匠ならたぶん最下層まで行けると思うな。 私もその時同行していたのだが、戦闘経験のない人を連れての探索だったのだ」
「つまり足手まといがいたから行けなかったわけか」
「うーむ、言い方は悪くなるがそういうことだな。 そもそも私たちはデモンズロードの防衛でそう長くはダンジョンへ潜っていられないのだ」
「……じゃあやっぱり俺は行かなくてもいいな」
「やはりそうなるのか!?」
「ロイスは気にせず行けばいいだろ? あんな地獄みたいなところへ行ってきたんだもう怖くもなんともないだろ?」
「それとこれとは別問題だ!」
「わがまま言うなよ!?」
うー、と唸りながら少し考えるそぶりを見せるロイス。
うわべだけで本当は何も考えていないのかもしれないが。
そうして彼女が出した答えはこうだった。
「よし、決めたぞ私もここに残る! ダンジョンへはいかんぞ!」
「いいのかよ!?」
「私のことは私が決める!」
「……それでいいなら別にいいんだが」
ロイスのことはあんまり気にしても仕方ない。
「だけど、ここに残って何するんだよ?」
「それは知らん! 如月のやろうとしてることを手伝うぞ!」
「手伝ってくれるんならありがたいけど、いいのか?」
「ああ、もちろんだ!」
「てゆうか、俺が何するか知らないよね?」
「そうだな、だが、手伝うぞ!」
「わ、私も手伝います!」
フェリシアからも声がかかる。
俺のやりたいこと、それはフェリシアみたいな人を助けてあげたいということだ。
言葉で言うのは簡単だけど、実行するのは難しい。
一人一人同じように救うわけには行かないし、自分だけの力ではやれることも限られる。
「二人ともありがとう……」
「フェリシアにも生きる目的が出来るし、丁度よかったのかもしれない」
「わ、わたし精一杯がんばります!」
人手が多いに越したことはない。
素直に二人の言葉に感謝する。
「じゃあ話すが、俺のやりたいことは、奴隷の人たちをなんとかしたいってことなんだ」
「ふぅむ? 奴隷の制度自体を無くしてしまうという感じか?」
「それが出来れば苦労はしないが、そういうこともできるのか? 今はそんなこともよくわかってないんだ」
「できなくはないだろうが、かなり難しいだろうな。 元々奴隷売買をしている組織があって世界中にネットワークを張り巡らせている。 逆らおうものなら一国を滅ぼすくらいワケないとも聞いているな」
「で、でも私のように救われる人がいるなら救ってあげたいです」
「じゃあまずやれることを、考えて行こう。 俺はまず……」
二人に自分の考えていることを話していく。
どこまで実行できるだろうか。
協力者がいるとやれることもだいぶ変わってくる。
期待を胸に秘めつつ時間が過ぎて行った。