第71話 灼熱の機構世界2
二刀流から一転。
今度は日本刀のような黄金色の剣が出現する。
機械兵はその剣を腰に帯刀した。
姿勢は低く、腰を落とす。
片方の腕で鞘を持ち、もう片方の手で柄を握ろうとしている。
その姿は剣豪と呼ぶにふさわしい。
機械であろうあの物体から気迫というものが感じられる。
とてつもなく重く、熱い剣をアイテム袋から取り出す。
今の状態でダメージを与える可能性があるのはこの剣だけ。
何をやっても傷一つつかなかった敵。
それと同じ材質で出来たものだ。
柄を掴むとジュっと焼けるような音が聞こえる。
感覚はすでになく、痛みはない。
エーテルは底を尽き、体力もほとんど残っていなかった。
左手も動かない。
今となっては重いただの金属だ。
動くための邪魔になるためその義手を外した。
今すぐに倒れて楽になりたい。
そんな信号が脳から全身に発信され続けている。
楽になれ、という悪魔のささやきが聞こえてきた。
甘い誘惑を気力だけでねじ伏せ、意識を無理やり覚醒させた。
掠れる視界にぼんやりと浮かぶ、黄金色の物体が動き出す。
時間の流れが遅くなるような気がした。
ただそれは走馬灯と似たようなものだと思う。
世界のあらゆるものがゆったりとながれ過ぎていく。
それは自分の体も同じだった。
魔法でもスキルでもなんでもない。
迫ってくる死というものを間近に感じることで人間に起こる現象だろう。
それでも俺は負けるわけには行かないんだ。
現実的には不可能でも、絶対に無理なことでも、俺はこいつを倒さなければならない。
もし負けてしまったのならロイスもフェリシアも同じ運命をたどってしまう。
それだけはなんとしてでも阻止しなければならないのだ。
親に見放されて一人で生きてきた自分に価値はない。
俺は世界に、世の中に必要な人間ではなかったのだ。
自分を慕うような人もいないし、自分が慕うような人もいない。
おそらくそれはこれからも変わらないだろう。
でも、最後にあの二人を救うことが出来たのなら俺の人生にも意味はあったのかもしれない。
国を一心に背負い慕われ、輝いている聖騎士のロイス。
奴隷として自身の運命を束縛されたフェリシア。
彼女たちは何としてでも生きなければいけない。
俺の命に代えても守らなければならない。
焼ける右手に力を込め、精一杯の力で剣を持ち上げる。
剣を構えるが到底振れるようなものではなかった。
もっと体を鍛えていればこの剣を扱うことが出来たのだろうか。
もっとエーテルを温存していれば対等に戦うことが出来たのだろうか。
そんなことを今考えても仕方がない。
泣き言なんか必要ない。
やれない理由を考える必要はない。
俺は今、この状況であいつを倒さなきゃならないんだ!
黄金の風が通り過ぎる。
刹那の時間に凝縮された自身の思考も気力もすべてが零れ落ちていく。
肌で感じる絶望的な戦力差。
通り過ぎた機械兵は鞘にそっと剣を納めた。
目の前に浮かんでいるのはなんだ?
真っ赤なしぶきが吹き上がる。
これは血……。
たぶん俺は斬られたのであろう。
俺は死ぬのだろうか?
疑問を抱くのもおこがましい。
俺が死ぬのは間違いない。
この出血量で生きている方がおかしい。
今はそれよりもどこまで斬られたのか、まだ動くことはできるのか。
それが重要だ。
俺が死ぬことはどうでもいい。
この命にたいして価値はないのだから。
脳内がクリアになっていく。
今あいつを倒すためだけにフル回転していく思考。
エーテルはない。
エーテルがあればたおせたのであろうか?
それはわからない。
でも戦うことはできるようになるはずだ。
じゃあそのエーテルに代替えできるようなものはないのだろうか?
考えろ。
今までがんばってきたのは恐らくこの時のため。
……そういえばこの世界にはスキルというものがあるんだな。
その中にはエーテルを必要としない能力もあったはずだ。
残念ながら俺にそう言った能力は追加されていないようだったけど。
……そうだ。
エーテルのほかに体力を使って発動するものもあると言っていた。
俺に残ってるもの、それは気力と数分後には全損してしまうであろう体力だ。
今こうして考えられているのもギリギリいきているから、ギリギリ体力が残っているからにほかならない。
体力をエーテルに変換することはできるのだろうか?
わからない。
わからないが、やるしかない。
魔法陣の式の構成を見直し、コンバートすればいい。
今までやってきた魔法の訓練も研究も総動員すれば絶対にできるはずだ。
自分でも今なにをやっているのかわからない。
脳内に写る魔法陣の構成を変質させ、式を組み立てていく。
膨大な情報量があるカグヅチの構成を組み替え適用する。
口から血が溢れ、頬を伝い地面へと落下する。
俺はできるはずだ。
今までだってやってきた。
努力は裏切らない。
それだけは絶対に言える。
無我夢中で改変していく。
再び機械兵は構えを取る。
神速の一刀は恐らく避けることはできない。
あいつよりも早く、この剣をぶち当てなければならない。
俺ならできるはずだ。
いや、やらなければならない。
黄金色の機械兵が消える。
来る。
ここで成功しなければ終わりだ。
体からあらゆるものが搾り取られていく。
視界が暗くなり、流れる血は溢れ続けている。
だが反対に感覚は研ぎ澄まされていった。
剣の振っている軌道がわかる。
恐ろしく速い居合抜き。
体よ動け……俺は……まだ、いけるはずだ。
相手の攻撃が見えている。
俺はその攻撃を上回る速度で一刀を振りぬかなければならない。
できるかできないかじゃない。
やるんだ。
精一杯の声を出し体力の残りカスを燃焼させる。
燃え上がる肉体。
連動して動く真っ黒な黒刀。
再び風が通り過ぎる。
圧縮された時間、空間が破裂し衝撃波が生み出される。
ガクんと膝をつく。
喉奥から血が噴き出してきた。
……俺は……やったのか?
朦朧とする意識。
自分でやったことも思い出せないくらいになっていた。
「ダークメタルによる斬撃を検……知……耐性を……ヲ……ヲヲ……」
動きが止まる機械兵。
ノイズのような音が数刻流れ、奴は崩れ落ちる。
輝いていた宝石もその光を失った。
部屋の中央に転送用の魔法陣が現れる。
……はぁ……あそこまで、二人を運ばなければ。
感覚のない体を無理やり奮い立たせ立ち上がる。
もう少しだ。
これでおわりのはずだ。
通路に寝かせていた二人を担ぎ、魔法陣まで運ぶ。
俺の歩いた後には血の道が出来ていた。
ギリギリ意識は保てているがたぶんもうすぐダメになるだろう。
せめて、ゴールまで……。
立っていることもできなくなった。
地面を這いつくばり、二人を引きずり移動する。
あとちょっとなんだ……。
……とどけ……。
魔法陣に手が触れる。
ふわりと体が持ち上がり、光に包まれた。
*
目の前の光景が目に焼き付く。
青く真っ白な空に、それを鏡のように映し出すどこまでも続くような水面が広がっている。
天国と言われればそう信じてしまう、そんなところだった。
ここがゴールであって欲しい。
そう願いつつ俺は床に身を委ねると、冷たい水が俺の体に染みわたる。
「……人間? いや少し違う……か。 いずれにせよ、よくぞここに参られた。 我が名はガブリエル」
薄れゆく意識の中、ロイスでもフェリシアでもない声が聞こえた。




