第70話 灼熱の機構世界1
体が焼けるように熱い。
前の階層での傷に加え、あとわずかにしか残っていないエーテル。
ほとんど満身創痍の状態といって過言ではないだろう。
こういう時こそ冷静になるべきだが、既にそう考えることさえできない状態になっている。
悲鳴を上げる筋肉と、軋む骨。
時折、意識がふっと消えそうになる。
どうしてこんなところを俺は歩いているのだろうか?
不意にそんな疑問が浮かび上がる。
一向に目覚めることのないロイスを背に背負い、左腕でフェリシアの小さな体を抱える。
二人の重さを感じ、成し遂げるべき目的を思い出す。
環境がガラっと変わった。
燃え盛る灼熱の世界、焼け焦げるような高熱で出来た空間だ。
地面は真っ黒な金属で埋め尽くされている。
そこを歩くとゴムで出来ている靴底が溶け始め、ネバっと糸を引いた。
あらゆる方面で赤熱した液体がドロドロと流れており、その液体が時々地面から噴出する。
謎の水に貫かれた傷跡から血がしたたり落ち、地面に落ちた瞬間ジュワッと音を出す。
なんという過酷な環境なのだろうか。
ただここにいるだけで体力が消耗し、ダメージを受けてしまうよう。
前の3階層と比較しても難易度が高いことは間違いない。
必要最低限のバリアを張り、魔法により生きていけるギリギリの温度を保つ。
恐らくこの魔法が溶けてしまうと一貫の終わりだ。
ロイスのMPも既にほとんどなく、マジックポーションを飲み干した。
意識障害を起こすと言われているアイテムだが、俺はエーテルがないと戦えない。
激しい頭痛が襲い掛かってくる。
しかし、感覚が麻痺しているのか不思議と耐えることが出来た。
出口はどこだ……?
熱波により空気が歪んでいる。
ゆらゆらとしているその先には塔が見えた。
あそこまでたどり着けば……。
……たどり着いたらどうなるだろうか?
またあの機械兵が出現するのだろうか?
俺はあいつと戦って勝てるのだろうか?
普通に戦って勝てるレベルを超えている。
カグヅチが効いていたのが唯一の救いだった。
もうこの魔法にかけるしかない……。
もしカグヅチまで無効化されたらどうなるか……。
そもそもエーテルを残したままあそこまで進めるだろうか?
疑問ばかりが頭をよぎるが、考えるほどの力も冷静さも失われている。
もしエーテルが無くなった場合は生身で戦うしかない。
勝てる確率は恐らくとてつもなく低くなるだろう。
……いや、それでも俺は勝たなくちゃいけない。
俺が失敗したらこの二人は死んでしまう。
そんなことは絶対に許されない。
俺を引き留めに来てくれたやさしいロイス。
この国のためにも尽力して、たくさんの人を助けてきたのだろう。
一時ではあるが心を病んでいたが、それももう大丈夫みたいだ。
生きる希望を見つけた彼女をこのまま死なせるわけには行かない。
奴隷として辛い人生を歩んできただろうフェリシア。
昔のことはわからないが、それでも俺にだってわかることがある。
彼女だって楽しく笑って自由に生きたかったはずだ。
それなのに足を切断され、死ぬ間際まで追い込まれた。
なんてひどい結末なのだろうか。
まだこんな小さいのに、人生はこれからだってのに……。
そんな彼女を俺は救ってやりたい!
だから、こんなとこで倒れるわけには行かないんだ!
歯を食いしばり、精一杯の気持ちを込め、歩みを進める。
血と汗が落下し、金属表面に接触するとジュワっ水分が蒸発する。
フラフラとする体を気合で立て直す。
削られていく体力と引き換えに塔まで約半分と言ったところまでたどり着いた。
案の定だが、敵が現れる。
真っ黒な金属光沢をした人型の物体。
地面の金属と酷似している。
目も鼻も口もなく、ただ人の形をしている何か。
動きはひどく緩慢で走れば振り切れそうな勢いだった。
だが、それが異様な不気味さを醸し出している。
もしかしたら急激にスピードを上げて襲ってくるかもしれない。
もしかしたら何か飛び道具を使うかもしれない。
心配をしたらきりがないが、進むしか俺にできることはない。
なけなしのエーテルを使ってあの黒い人形を切断しようと試みる。
だが、結果は芳しくなかった。
どうしてなのかわからないが、バリアによる切断が効かない。
何度も無効化されて感覚がマヒしてきているが、物理学的におかしい現象が起きているのだ。
ただ、今はそんなことを考えている暇はない。
無駄なことは考えるな、事実を受け止めろ。
効かないものは効かない。
今考えるべきことはダメージを与えられない敵に対して、どうやって攻撃を回避しあの塔に到達するかだ。
幸い相手の動きは遅いため、攻撃してくるまえに引き離すことができた。
するとまた同じ黒い人形が現れる。
今度は3体。
体と同じ色をした漆黒の剣を持っている。
ゆったりとした行動は先ほどの人形と同じだった。
動きはかなり遅いが、剣による攻撃を仕掛けてくる。
体力がかなりつらい。
息が乱れる。
魔法は効くのだろうか?
エーテルの攻撃が効かなかったんだ。
恐らく効かないと考えたほうがいいだろう。
それなら折れてはいるがミスリルの剣はどうだろうか。
回避したその流れで斬撃をお見舞いする。
腹に吸い込まれるように入ったミスリルの刀身。
しかし、黒い人形は微動だにしなかった。
変わりにミスリルの剣は粉々に砕け散り、まるで何事もなかったかのように動き始める。
攻撃がまったく効いていない。
それどころか剣撃による反動すら受けていないように見えた。
なんなんだ?
こいつにダメージを与えられるヴィジョンが見えない。
カグヅチなら行けるのか?
この灼熱の世界に存在しているこいつに炎が効くのか?
もし、効いたとしてもエーテルの残量が底を尽きる。
それだけは避けねばならない。
戦闘を回避し、前へ進む。
ゾロゾロと現れる黒い人形。
時折噴出する液体金属が真っ赤に光り、黒いボディが怪しく輝く。
ピュンと頬を何かが通り過ぎた。
背後の金属塊に突き刺さったのは矢だった。
遠距離攻撃を仕掛けてくるのか……。
しかもバリアを貫通してきている。
次第に動きも早く複雑化してきた。
飛び掛かってくる人形を回避し、眼前の敵に対して氷魔法を放つ。
周囲の熱を吸収しているのか、氷魔法でも瞬時に蒸発する。
くそっ! 無駄打ちだった!
やっぱりこいつは倒せない前提で動くしかない。
息が上がる。
意識が遠のく、血が足りない、喉が渇く。
筋肉が悲鳴を上げ、地面に倒れ込む。
熱い……。
いつのまにか靴底が抜け、ボロボロになっていた。
足裏はやけどでひどい状態に。
でも、俺がやらなきゃだめなんだ!
地面に掌をつき、焼けるような痛みに耐えながら起き上がる。
不意に地面に突き刺さっている剣を見つけた。
あれは……?
あいつらが持っていた剣だ。
もしかしてあの剣なら機械兵も倒せるんじゃないか?
剣に触れるとジュっと手に熱が伝わる。
とてもではないが持っていられない。
熱もそうだが、加えて尋常ではない重さをしている。
カグヅチの力で保護すれば持てないことはなさそうだが、常時使えるレベルではない。
ロイスのアイテム袋に入れることはできるだろうか?
試してみるとスッっと袋に取り込まれた。
足に激痛が走る。
くそっまた矢か……。
流れた血が地面に触れ、ジュワっと気体に変化する。
*
今までで一番長い時間だった気がする。
体中に突き刺さった矢。
斬りつけられた斬撃の跡。
自分でも立っているのが不思議なくらいだ。
目の前に聳え立つ巨大な塔を見て少し安堵する。
フェリシアとロイスはなんとか無事といったところ。
俺はもうすぐにでも死んでしまいそうなくらいだ。
気力も体力ももう限界。
我ながら人とは存外丈夫なものだなと感心するくらいだ。
塔の中に入りグラシアルウォールで蓋をする。
だが、氷なんてないような動きで黒い人形は歩みを進める。
攻撃してもビクともせず、重戦車のように突き進む。
「くそっ! こっちくるな!」
迫ってくる人形を背後に駆けだした。
このまま、あの機械兵と戦うなんて正気の沙汰ではない。
目の前に光が見える。
あそこは恐らく機械兵がいる広間。
どうすればいい!?
何をしても効かない、破壊も不可能、吹き飛ばすことも出来ない。
カグヅチなら……?
いや、エーテルが足りなくなる。
しかし、このまま挟み撃ちはまずい。
それこそゲームオーバーになる。
迷っている暇なんてない。
背後を振り返り魔法を発動する。
「燃え盛れ! カグヅチ!」
通路に行き渡る紅の炎。
あのビクともしなかった黒い人形に動きがあった。
やっぱりなぜかこいつだけは効いている。
液体と化した黒い人形はすぐに冷え固まり通路をふさいだ。
エーテルが底を付きた。
機械兵にぶつけるはずだったはずの分だ。
通路の壁にロイスとフェリシアをそっと座らせると、光が差す方に体を向けた。
「……きっと俺が倒してやるからな」
ドーム状の広い場所に出る。
円形状の一切無駄のないシンプルな構造。
もう見飽きている中央に佇む金色の機械兵。
「コード:プロテクション エーテル カッティング、ミスリル スラッシング、ディメンジョン マジック、セイント アトリビュート、アイス アトリビュート、グラヴィティ アトリビュート、ヴァイブレーション アトリビュート、フィジック アトリビュート、ファイア アトリビュート、ウォーター アトリビュート、ウィンド アトリビュート、サンダー アトリビュート、アース アトリビュート。 近接攻撃への最上級対応。 コード:スーパーラティブ マスター フェンサー。 オフェンスブースト:コード ブレイク マジック コンプリート。 その他、未発見能力であるカグヅチへの完全耐性を獲得します」