第41話 撤退
「あら? レグルスも遊びに来たのかしら?」
「バカなことを言わないでください。 デネブのように遊んでばかりいられません」
「ふふ、連れないわね」
音速を超える砲弾を容易く切り裂いた漆黒の剣。
それを鞘に納める。
額には同じく漆黒の角のようなものが生えていた。
レグルスと呼ばれた男は落ち着いた様子で話を続ける。
「カノープス様からの伝言です」
「……何かしら?」
「なんでも面白いことを発見したそうなので早く戻ってくるようにと」
「面白いことですって?」
「はい。 デネブの力が必要なのだとか」
「ああ! カノープス様が私を必要としている!?」
レグルスからの一言でデネブの様子が一変する。
体をクネクネさせ感極まった表情に。
「早く戻るわよレグルス!」
「早く戻るのはいいのですが、このままでよろしいのですか? カノープス様に無用な破壊は慎むよう言われていたはずですが」
「私としたことが!? 安心して! 抜かりないわ!」
空を仰ぎ天空に掲げる手。
それと同時にズタズタに破壊された世界が揺らぎ始めた。
「インアクティベイト、ドリームワールド」
揺らぎがさらに加速する。
世界が両断された破壊の痕跡。
地平の果てまで続いているその傷跡が無くなっていく。
ボロボロに崩れた建物。
それすらも時を巻き戻したかのように修復されていった。
巨大な万力によってぺしゃんこになった冒険者。
白銀の化け物によって切り刻まれた冒険者。
彼らもまた元の姿に戻っていく。
デネブによって出現したアーティファクトも同様。
すべてが消え去っていく。
これもアーティファクトの力だっていうのだろうか。
奴らは魔法というものに驚いていた。
だが、現実世界をこんな形で作り変えたり、修復することができる。
魔法なんかよりも数倍すごいことをやっているのではないか?
「あ、あれ? 私死んだはずじゃ……?」
「俺は……確かに斬られて……?」
「俺もだ、一体どうしたんだ?」
彼らは確実に死んでいた。
急に生き返った? のだから困惑するのも頷ける。
「さあ元通りになりました。 帰りましょうかレグルス」
「いつ見てもあなたのアーティファクトは不思議なものです」
「お褒めの言葉として預かっておくわ」
空間がねじ切れ謎の扉が開かれる。
振り向きざまにデネブはこう伝えてきた。
「ではまた会いましょう。 期待の新星さん」
できれば二度と会いたくない。
レグルスはこちらを一瞥する。
興味のないおもちゃを見るような眼。
その凍えるような視線は恐怖を抱かせる。
「あなたではカノープス様に届くわけがありません。 精々足掻いてみてください」
彼もまたデネブの作った空間に入り消えていった。
嵐のようなやつらがいなくなり、辺りに静寂が訪れる。
今のは現実だったのか?
そう自答自問する冒険者たち。
彼らは互いに顔を見合わせていた。
生き残った喜びというよりも、この世界が現実だったのかあいまいになっているに違いない。
「お疲れ様です」
「あ、ああ」
遅れて出現した男が声をかけてくれた。
俺も事態の急変に頭が追い付いていない。
いきなりやってきて、いきなり攻撃を仕掛けてきて周囲をむちゃくちゃにされた。
でも、終わってみるとすべて元通り。
デネブの言っていた通り、力量を確かめに来たという話が濃厚ではある。
しかし、それが事実だとすると迷惑この上ないことだ。
恐ろしいほどの手練れの部下たちが複数存在している可能性があるという事実。
先ほどの剣を携えた剣士も只者ではない。
デネブに至っては、もはやわけのわからない効果がありすぎて笑いが起きるレベルだ。
「私はアークトゥルスと言います。 あなたのお名前は?」
「俺は如月潤です」
「如月さんですか。 見事な戦いぶりでした。 なぜあのような化け物が戦闘を仕掛けて来たのかわかりませんが、こうして無事だったことに感謝しましょう」
「まぁ……そうですね」
ひとまずは無事だったことに安堵する。
クロノスブレイカーというものにバリアを破壊されたときは焦ったがしっかり対応できた。
恐らくあのまま戦っていたとしてもこちらが優勢だったことだろう。
とりあえず城に行って状況を話したほうがいいだろうか?
本来、錬金術師のところへ行って腕を作ってもらう予定だった。
だけど事態が変わったのなら仕方がないかな。
まぁそれはそれとしてこの男は何者なのだろうか?
戦闘方法は独特だがこの世界ではかなり強い部類に入る気がする。
ダンジョンで探す予定だったワールドスレイヤーにも詳しいようだった。
「ところでアークトゥルスさんって何者ですか? 先ほどの攻撃にしたって見たことないものでした」
「もしかして如月君は錬金術を知らないのかな? まぁ私の錬金術は少し特殊ではあるけど」
「今のが錬金術ですかなるほど。 ちょっと事情があってこの世界にあんまり詳しくないんですよ」
「元々錬金術師自体が少ないものですからねぇ~興味がない人にはあまりなじみがないものかもしれません」
「い、いえ錬金術というものがあることは知っていたんですが、見るのが初めてだったもので驚きました」
この人が錬金術師だというならば腕のことも聞いてもいいかもしれない。
恐らく実力は申し分ない人だ。
「丁度今、左腕を作ってもらおうと錬金術師のところへ行こうとしていたところなんですよね」
「左腕ですか……なるほどなるほど。 ここの近くにある錬金術師の工房となるとヘンリーさんのところですね。 まぁ腕は悪くないんですが……」
「なんかまずいところでもあるんですか?」
「いえ、そういうわけではありません」
うーむと少し考えている素振りを見せるアークトゥルス。
「化け物を追い払ったかどうかはよくわかりませんが、一緒に撃退してくれたよしみです。 私があなたの腕を作りましょう」
彼はヘンリーさんよりは上手に作れる自信がありますので、と付け加えた。