第40話 時空を司りし剣
消滅していくバリア。
力の均衡が崩れ、障壁を挟んでいた鋼色の万力が襲い掛かる。
完全に想定外。
なぜ壊れた?
いや、今そんなこと考えている場合じゃない。
瞬時に力を解放しその場から離脱する。
ブゥンと怪しい音を残した緑色の剣。
それは俺のいた位置を通り過ぎる。
大質量を持った金属の塊が剣に触れ消滅する。
やはり触れたという表現は適切ではない。
あの剣の周囲に存在する物体が消滅していく。
金属ですら無へと帰る。
「フォローします!」
彼は地面に手を当てると地面が隆起する。
組成を変形させて天然の槍を作ったというところだろうか?
その矛は白銀の化け物の体へ突き刺ささった。
無論、傷すらつかなかったが衝撃により数歩距離を開けることに成功した。
「懸命な判断ですね」
あらゆる物理攻撃をはねのける高圧縮の障壁。
それがきれいさっぱりかき消された。
いくつか可能性はあるが……。
「どんどん行きますよ!」
ワールドスレイヤーによる直線上を淘汰する斬撃。
致死レベルの拘束技デモニックヴァイス。
防御不能のクロノスブレイカー。
さらにミスティックエンジェルという謎の天使。
あいつが存在している限りデネブは無敵の状態にある。
足元から出現する万力を避け。
延長線をすべて破壊する斬撃はバリアを用いて防御する。
バリアで対応できない攻撃は躱す。
時々途中から現れた謎の男が化け物への牽制を掛ける。
一進一退の攻防だ。
そしてまた一つデネブが剣を振るう。
そのたびにザンッと世界が切り裂かれる。
ガキンとあらゆるものを粉砕する万力が閉じる。
白銀の化け物によるクロノスブレイカーの乱舞も止まらない。
圧倒的制圧力。
その一言に尽きる。
しかしわかってきたこともあった。
デネブ自体はあまり戦闘向きというわけではないようだ。
あの武器がすごいだけで、剣を振るう様は若干ではあるがぎこちなさが垣間見えた。
恐らくこの化け物のほうが剣の腕は上な気がする。
……振るうだけでこの破壊力はおかしいからあまり関係ないのだが。
守るばかりでは一向に盤面が進まない。
この局面を打開するにはまずこの猛攻を止めなければならない。
幸い俺にはいくつか手段がある。
まずはあいつの攻撃を止めるところから始めようか。
俺のバリアを消し去るほどの攻撃をするためには二つ方法がある。
一つ目は俺の要領と同じように力を高め、攻撃側が俺の防御力を超えればいいだけのことだ。
しかし、これには高い技術力が必要になる。
俺のバリアは単純に言えば高圧縮されたエネルギーを面として構成し堅牢な障壁を張っているに過ぎない。
つまり俺以上に高精度に圧縮されたエネルギーを矛や刃としてぶつけられると砕けてしまう。
だが、そんなことができるやつはいない。
少なくとも元の世界ではそうだった。
いなかった……という方が正しいか。
二つ目はズバリ空間ごとねじり切る方法だ。
これは防御力が高い低いという話が意味をなさなくなる。
この世界に存在しているという概念そのものを消し去るということなのだから。
あの恐ろしい剣は恐らく後者。
触れるものを空間ごと消滅させているに違いない。
それならば話は簡単だ。
あらゆるものごとには正と負の概念が存在している。
プラスとマイナス、同じ物量でも方向性が異なれば互いに打ち消しあう。
魔法でも同様だ。
起動式を逆転させれば順方向の力を消滅させることができる。
つまり時空属性を反転した起動式をバリアに埋め込めば防御が可能となるはずである。
時空属性の魔法はほとんど使う人がいなかった。
だから防御をする、ということ自体がなかったからな。
まぁ今の話は魔法に限った話である。
あの剣は魔法とは異なる概念による時空属性攻撃だ……たぶん。
果たしてそれが反転起動式で防御可能なのか不明確なところはある。
となればいきなりバリアに付与して試すのは危険だろう。
手に握りしめるミスリルの剣。
こいつに反転起動式を埋め込んでみよう。
あの化け物の攻撃を読んで刃を交差させればそれだけでわかるはず。
幸いこの剣は魔法との相性が素晴らしい。
俺の思い通りに付与することが可能だろう。
白銀の化け物がクロノスブレイカーを水平に薙ぐ。
振り切った瞬間、ここが絶好のチャンスだ。
起動式は完璧。
これでだめなら再思考するしかない。
手首を曲げ緑色の剣の刀身だけを狙う。
絶好のタイミング。
剣と剣が交わる音が響いた。
「……その剣に触れることができるのですね」
「からくりがわかればこっちのもんだ」
「そうでしょうか? 触れられただけであなたが防御できるとは思えませんが?」
世界を切り裂く斬撃が通過する。
バリアを張りその斬撃を防御する。
「複製」
空に浮かぶ銀色のプールに化け物が吸い込まれる。
……まさかあの化け物もコピーできるとかそんなわけないよな。
数秒経過し恐ろしい光景が広がる。
プールから現れたのは同じ姿、同じ武器を持った白銀の化け物たち。
一体、また一体と増えていく。
御大層に剣まで……。
「いきなさいお前たち!」
「ギャアアア!」
化け物が唸り声を上げる。
恐らく二十体ほど。
少し焦ったがネタはわかった。
これならば何体来ようが問題ない。
反転起動式をバリアに付与。
先んじて攻撃を仕掛けてきた三体。
それをバリアで受け止める。
先ほどまで分解されていた障壁は微動だにしなかった。
「……やはり素晴らしいですね。 そのバリアにも同じようなことができるのですか」
「俺は魔術師だからな。 原理がわかれば対処法はいくらでも思いつく」
デネブの猛攻が止む。
その隙を彼は逃さなかった。
両手を大地に翳し不思議な物体が現れる。
金属の円筒だ。
一種の大砲のような形状をしている。
なんだあれは?
そう思っていると金属塊に稲妻がほとばしる。
「あなたが誰だかわかりませんがここで確実に仕留めておく必要があります! 覚悟してください!」
凄まじいエネルギーを感じる。
まさかとは思うがレールガンか?
文明の発達具合からみてもおおよそオーバーテクノロジーの類に入るだろう。
なぜあいつが使えるんだ?
そう思っていたもの束の間。
砲弾が解き放たれる。
加速する力は留まるところを知らない。
音速を遥かに超える弾速。
轟く大音響をまき散らし、ソニックブームが生まれた。
衝撃波は周囲へ伝わり、作りの弱い建物は倒壊していった。
だが、デネブは避ける気すらさらさら無い。
なにせあいつはあの天使を壊さないとダメージを与えることすらできないのだから。
「何をあそんでいるのですかデネブ?」
浅黒い肌に茶髪の碧眼。
真っ黒なロングコートを身にまとう不気味な姿をした男。
人知を超える弾速、それを容易く切り裂いた。
真っ二つに割れた砲弾が空を斬る。
あとに続いて衝撃波を振りまき、空の彼方へと消えていった。