第39話 ワールドスレイヤー
輝く白銀の化け物。
淀みのない力の結晶を秘めた剣が二つ。
一つはまぎれもなくアリオーシュが言っていたアーティファクトだろう。
「あの剣を振るわせてはいけません! 止めてください!」
攻撃が放たれるその寸前、どこからともなく声が聞こえてきた。
白髪のくせっ毛に整った顔立ちの男だった。
瞳の色は紫色、白い魔術師のようなローブに身を包んだ姿は清潔感を際立たせる。
誰だかわからないが、彼を信じて止めるべきだ。
あの剣がやばいことはわかりきっている。
想像を絶するプレッシャーは留まるところを知らない。
おそらくバリアを張れば自分自身は助かるだろう。
しかし、あの力が解き放たれた場合、この街がどうなるか……。
声の主は遥か後方。
で、あるならば俺が動かざるを得ない。
先ほどと同じ要領で化け物へ急接近。
振るわれる剣を受け止めるようとミスリルの剣を交わす。
高速と高速がぶつかりあい火花が舞い落ちる。
……思った以上にパワーが上がっている。
やむを得ないな。
相手の腕を切断するか。
そう思った瞬間だった。
地面が隆起し、化け物の腕へと襲い掛かる。
押されかけていた体勢が一気に優勢に転じた。
「はあっ!」
腰を入れて思い切りワールドスレイヤーを弾き飛ばす。
キンッ! っと音を立て宙を舞う剣。
くるくるとまわり放物線を描いて飛んで行く。
それは、デネブが佇んでいる建物の壁に突き刺さった。
「よくやりました!」
白髪の男が一言。
俺は油断なく剣を構えなおす。
1本は無くなったがまだ1本残っている。
一息つくと同時に例の男も俺の横に到着した。
「ところであの化け物は一体なんなのですか?」
「俺が知りたいところだよ!」
「まぁそれもそうですよね。 しかしワールドスレイヤーを持っているとは……」
こいつワールドスレイヤーのことを知っているのか。
ダンジョンの奥底に封印されているはずの剣。
それを口にできるものは少ないだろう。
なんせ古い伝記にしか記載されていない代物だ。
そんじょそこらの人が知っているとは考えにくい。
誰だかわからないが、ひとまず戦力として使えそうだ。
しかし、こいつもまた奇妙なことをやる。
魔法の痕跡がない。
これもスキルというものか?
数が多くて把握しきれないぞ。
「ワールドスレイヤーの対処法を知っているとは驚きですね」
「それがどうゆうものなのか知って使おうとしていたのですか!?」
「わけのわからないことを言うお人ですね。 無論、こうやって使うものですよ?」
デネブが剣を引き抜き。
実にあっさりと、その絶望の刃が振るわれる。
息をすって吐くように自然な流れだった。
刃を向けられた空間が軋み断裂する。
延長線上を等しく切り裂く容赦のない斬撃。
空気が割れ、建物がずれ、地層がずれる。
何気ない一振りだったが、破壊力は絶大。
まぎれもなく世界を切り裂く剣というものに他ならない。
そしてそれをこともなげに扱うあいつが恐ろしい。
「……!!」
水平線まで切り裂かれた世界。
周囲への無駄な破壊を一切せず切り裂く一刀。
へんな笑いがこぼれてくる。
「あれがワールドスレイヤー?」
「そうですよ。 その子みたいに仰々しく振るう必要はないんです」
「……そ、それは私の知っている剣では……」
白髪の男が息を飲む。
滴る冷や汗が如実に彼の心境を伝えてくる。
「ワールドスレイヤーとは周囲を荒野に変えてしまうほど制御が難しいもののはずです……。 それは使用者にとっても同様、振るったら最後、命はないはず……」
「ああ、もしかしてこれのことかもしれませんね。 アクティベイト、ミラープール」
デネブの頭上に現れた奇怪な光景。
重力に反して並々と注がれた液体が満たされている。
銀色に波打つプール。
それに向かってワールドスレイヤーを投げ込んだ。
「複製」
銀幕に覆われたプールからいくつもの剣が地上へ降り注ぐ。
そのすべてが同じ形、同じ色をしている。
つまりは剣をコピーしたというのか?
「あ、ありえません」
「ありえないといわれましても、ありえているのですよ?」
現実をしっかり把握してください。 と、デネブは続ける。
「それは原型の複製品。 コピーの元になった武器よりもランクが低くなるのは欠点ですが本物とほぼ等しい性能を持っています。 たとえばワールドスレイヤーだとあなたのおっしゃった通りです。 力の制御ができず、周囲をすべて薙ぎ払うような性能になっていますね。 まったくの出来損ないです」
「では、私の知っていたものは……」
「恐らくですが私が複製したものでしょうね。 元々こちらの剣は私が作ったものなのですから」
「……!?」
アリオーシュが探してた剣がこうもポンポンでてくるとはな。
そもそもあいつらの性能おかしくないだろうか?
カノープスだけならまだしも、それに匹敵するやつがこう簡単にでてこられてはたまらない。
「ふふっ。 あなたも面白いお人ですね。 報告する案件が増えて喜ばしいことですよ」
銀色の液面から本体であろうワールドスレイヤーを取り出す。
そして、ふたたび軽く薙ぎ払う。
防ぎようがない破壊の力。
だからこそ俺も絶対無敵の守りを発動する。
高密度に圧縮されたエーテルによるバリア。
あらゆる攻撃をはじく、堅牢な障壁である。
ザンッと大地が裂け、建物が割れる。
世界を切り裂く剣。
やはり圧倒的な力であることは間違いない。
しかし、俺のバリアはその上を行く!
「やっとみせていただけましたか」
破壊の爪痕を残す直線上に1点、その痕跡が途切れる。
無論、俺のいた場所だ。
「なるほどなるほど、この武器ではだめですね。 アクティベイト、デモニックヴァイス!」
冒険者の彼女が押しつぶされたアーティファクトだ。
地面が瓦解し、2枚の鋼が口を開ける。
分厚い鋼に痛々しい図太い針。
だが、そんなもの俺の努力の結晶の前には無駄!
ガキィンと大きな音を立て、その大きな万力の動きがとまる。
ギシギシと締め付けられているがこのぐらい問題ない。
「いまですよ。 やってください」
「ギィヤヤアアアアーー!」
化け物の声が響く。
右手に煌めく緑色の剣。
あの剣も相当やばそうだとは思っていたが、よけてしまえば……。
……あれ。
バリアが挟まれてて身動きができないぞ。
……まぁいい。
所詮この防御を破壊することなんてできないのだから。
踏み込まれて放たれる攻撃。
余裕でそれを迎え撃つ。
しかし、その判断は間違っていた。
バリアに触れた瞬間だった。
いや正確には触れてすらいない。
あの緑色の剣の周囲の物体が分解され消えていく。
バリアも例外ではなかったのだ。
まずい!