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落ちこぼれ現代魔法使いの異世界召喚  作者: 雲珠
第二章 奴隷少女と異世界最深部編
39/95

第37話 ガーディアン

 西洋風の甲冑を着込んだ化け物。

 その姿はヤギと人間の骨格を合わせて割ったようだった。

 紫色のオーラを発し、窪んだ眼から真っ赤に輝く瞳が浮かび上がる。

 生きるものを畏怖させる唸り声。

 それが、辺り一面に木霊した。

 心の奥底へ叩き落す絶望の旋律は、人々を恐怖に駆り立てる。

 いや、恐怖を感じている者には救いがあったのかもしれない。

 既にその声に取り込まれ、泡を吹き、倒れ込んでいる者もいた。

 悪というものをそのまま具現化したような、そんな存在だ。


 人々はただ本能のままに逃げ惑う。

 対して緩慢に動くヤギの化け物。

 それは、ゆっくりと自らの責務を理解する。


 生あるものには死を。

 それがやつに与えられた使命だろう。

 獲物を見つけたヤギの化け物は、図太い足を上げ、歩みを進める。

 徐々に低くなっていく体勢。

 比例して化け物の速度が上がっていく。


「一般人は逃げていろ! 巻き添えを食うぞ!」


 一人の青年が声を張る。

 小綺麗な鎧に身を包んだ戦士。

 その右腕には凛と美しい剣が光る。

 いわゆる冒険者という者だろう。

 場慣れしていると言えばそうなのかもしれない。

 突発的に訪れた危険に対して、何をすべきか心得ている。

 こんなことは普通の人間にはできない芸当だ。


 しかし、そんなことは些末な問題だ。

 こと化け物と呼ばれる存在には。

 加速した巨体はそのスピードを乗せ、右手の湾曲刀を振るう。


 金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響く。

 本当にあっけない幕切れだった。

 先ほどまで勇み、戦おうとしていた戦士は、防御すら間に合わない。

 腹部から滴り落ちる鮮血は、時間を思い出したかのようにあふれ出す。


 左手に携える湾曲刀。

 化け物は流れ作業のように光の残響を浮かべる。

 彼の仲間であろうか。

 その軌跡に存在していた人物は胴をザックリ切り裂かれ真っ赤な血が舞い落ちる。


 心臓を穿つ鋭い突き。

 巨体から放たれる剣撃は攻撃が通り過ぎた後も勢い衰えず石畳へと深く刺さる。

 そうして瞬時に3人の命が刈り取られた。


 化け物の攻撃は終わらない。

 石畳を駆ける巨体は、深く地面に突き立てられた湾曲刀をものともせず地面を抉り切っていく。

 延長線上にいた戦士が、地面と同じ末路を辿る。

 加速する乱舞により、砕かれた岩石や土くれが突風のように吹き荒れた。


 地面から抜き放たれる瞬間さらにもう一人、あの刃の餌食となる。

 一連の流れるような動きは凄まじいという他ないだろう。

 恐怖を形どった背中は、周囲の人々に戦慄を覚えさせる。

 ゆらゆらと揺れる紫色の鬣。

 一呼吸置いたあと、化け物はこちらに振り返る。

 真っ赤な瞳が瞬き、不気味な咆哮。


「……嘘」


 微かな声が聞こえた。

 起きてしまった現実にただ茫然と立ち尽くす少女。

 信じて疑いようのなかった現実が零れ落ちていく。

 恐らく彼女は先ほど散っていった冒険者の仲間なのだろう。

 苦楽を共にしてきた何よりも大切なもの。

 それが今、崩壊したのだ。

 彼女の心中は、想像したくもない。


 世の中に絶望した彼女。

 体中の力が抜けきり、両手に抱えていた金属製の杖が地面にカランと落下する。

 

 ……やはり俺が戦うしかない。

 ミスリル剣のグリップを強く握りしめ加速する。

 あの化け物のように剣術が得意なわけではない。

 むしろ覚えたてのつけ焼き刃といったところだろう。

 だが、俺には魔法がある。

 落ちこぼれと罵られても、家を追い出されようとも追及し続けてきた日々。

 努力し、研鑽してきた技術は俺を裏切らない。


 物理行動を加速させるアクセラレイト。

 純粋なパワーを向上させるブルートフォース。

 思考能力を上昇させるブレインストーム。

 防御能力を高めるイージスオブヘブン。

 魔法攻撃力を強めるプライミーヴァルフォース。

 支援魔法を唱えるたびに体が活性化していく。


 ここは人気が多い。

 だから、できるだけバリアを使わず仕留めたいところ。

 現代の世界でも、この世界でも圧倒的な力は身を亡ぼす。

 まだ、この世界の人間を信じていないということもある。

 しかし、本来、魔法使いというのは力を秘匿し、秘密裏に世界を救う者のことを言う。


 陽光を反射し煌めくミスリル。

 つたない剣士のまねごとをした平凡な突き。

 しかし、多重に支援された肉体が、精神が、それを遥かな頂きへと押し上げる。

 風を切り、風を纏う剣。

 切っ先が化け物の懐へ吸い込まれていく。


 肋骨と思しき骨を穿つ。

 思った以上に固い……が、対応しきれない程ではない。

 しかし、一癖も二癖もある化け物だ。

 切り上げられた湾曲刀により、追撃を防がれる。


 化け物の手数は俺の2倍。

 打ち上げられた腕と、脇腹に空いた大きな隙。

 それを逃すほど相手は甘くない。

 もう片方の湾曲刀が振るわれる。

 このままいけば上半身と下半身がきれいに真っ二つ。

 だが、俺も易々死んでやるつもりはない。


 これでもいくつもの修羅場をくぐってきた。

 いくつもの死線を超えてきた。

 だから、俺はこんな時の対処法を知っている。

 敵の行動を遅らせるディレイ。

 さらなる加速を生むエクスペデイト。

 通常、同じ魔法の重ね掛けは不可能だ。

 しかし、系統が異なるに似通った魔法は重複発動することで飛躍的に効果が上昇する。


 恐らくタイミング的に回避は不可能な攻撃。

 だが、それはスピードが間に合っていないだけなのだ。

 つまり、俺がそれ以上の動きを再現すればいい。


 弾かれたミスリル剣。

 それを横っ腹に添え、激しい火花が咲き誇る。

 鍔迫り合いをするような光景となるが、それも一瞬だけだった。

 

 力を込めると追撃の一撃を跳ね飛ばす。

 反対に化け物のガードががら空きとなった。

 無論、この隙を逃さない。

 縦に閃く銀閃。

 肋骨と思しき骨を切断する。

 ……この調子なら行ける。


「やはりおかしいですね」


 そう、デネブがつぶやいた。

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